那央は上の学校を卒業後、何でも屋の手伝いをしていた。 もともとその何でも屋というのは 博隆が住んでいる長屋の大家がやっていたものだ。 大家というのは店子の面倒をみる以外はとくにやることもない。 土地持ち家持ちにのみ許される気ままな職業なのだ。 だがその大家の爺さんは、暇である事が苦になる性質らしく、 なにかと近所の者の世話を焼くうちに、それが副業となった。 那央は今その爺さん、重爺さんの下で働いている。 今回の仕事は失せ物探し。 ある旧家の娘さんからの依頼で、土蔵の鍵を探して欲しいと言う物だ。 この夏に祖母が亡くなり、在り処を知る者が誰もいなくなった。 依頼を受け、もう三日も探しているが見つからない。 そこで草太は那央に屋敷を一度見てみたいと言った。 那央はあまり気が進まないようだったが、結局それを承諾した。 「先輩、おはようございます。今日もよろしくお願いします。そちらの子は?」 玄関で俺たちを迎えた娘は那央を先輩と呼んだ。 艶やかな着物を着た品のよい娘だった。 「俺の友人だ。少し手伝ってもらおうと思って。一応俺と同級だ。お前より年上だよ。」 「まあ、そうなの?それは失礼しました。妙と申します。よろしくね。」 娘は目をぱちくりさせた。 草太の姿はどう多めに見積もったところで十五に満たない子供だ。 片目も隠している。何かの病気なのかもしれない。 どちらにしろ深く触れるべきではないと思った。 「お婆様が遺言で土蔵に仕舞って欲しいものがあるって言ってね。 その通りにしようとしたのだけれど、家族の誰も鍵の在り処を知らないの。」 「その鍵というのはどんな形なんだ?」 「それが、わたしも見たことはないのよ。あの土蔵にはほとんど入ったことは無いけれど、 入るときはいつもお婆様と一緒で、お婆様が鍵を持っていたから。」 大きいのに、やけにがらんとした家だった。 後で那央に聞いたところによると、父親は事業に忙しくて滅多に帰らず、 母親は家を出て行ったきり帰って来ないという。 この家にいるのは、お手伝いの女性と妙の兄弟ばかりだった。 そんな子供たちをずっと面倒見続けてきたのは、祖母だった。 仕事は至って単純で、昨日はここの部屋、今日はここの部屋と 端から順に探していくだけだ。 探すこと自体が仕事であり、見つからなくても報酬は受け取れる。 とはいえ、見つかったのとそうでないのとでは、その金額に雲泥の差がある。 なんとしてでも見つけたいところなのだ。 「那央、その土蔵って言うのは何処なんだ?」 探し物は土蔵の鍵。ならばその土蔵の扉をまず最初に見てみたいと思っていた。 「こっちだ。」 案内された先。そこには古びた土蔵があった。 ここ十年くらい、一度も開いたことのない密室。 「なんか見えるか?」 「霊的なものは感じない。元より中を見てもしょうがないしな。 この扉自体が何か訴えかけて来てくれればありがたいんだが・・・。」 「草太、これ使ってみろ。」 そう言って那央が渡したのはあの鏡だった。草太の家の神社に祀られている御神体の鏡。 「これ・・・!?」 「何か使うときがあるだろうと思って持ってきたんだ。 今お前の家の神社に祀られているのは偽物だよ。」 正直、唖然とした。尊敬すると同時と小さな反感を抱く。 偽者を祀っている祖父が哀れにも思うのだ。 「どうした?」 「いや・・・」 余計なことを心配するのは止め、鏡に集中する。 懐かしい感覚。気のせいか、あの頃よりよく見えるような気がする。 扉の記憶が流れ込んでくる。 土蔵の中から人が出てくる。格子柄に菖蒲の着物を着た女。 女は袖の袂から鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。 回すと、微かに軋んだ音がする。 女は扉が閉まったことを確認し、立ち去っていった。 印象的だったのは、あの着物。あれには見覚えがある。 さっき妙が着ていた着物。なんのことはない。依頼者本人ではないか。 そう言えば体つきや顔もそんな感じだった。 しかし彼女は鍵を見たことはないと言っていた。 嘘をついているのだろうか?一体なんのために? 「なんか見えたか?」 もしかしたら那央目当てかもしれない。 育ての親である祖母を亡くして寄る辺ない時期。 卒業してから会えなくなった憧れの先輩に会いたいと思っても不思議ではない。 そんな考えが脳裏を過ぎった。 「・・・いや、何も。」 だとしたらなんとも馬鹿らしい。 見つける必要などないじゃないか。 とはいえ来た以上は格好だけでも探さない訳にはいかない。 「俺は炊事場の方をやるよ。お前はあっちを頼む。」 「ああ。」 那央が指差したのは物置代わりとなっている奥の間。 しかたなく草太もその部屋を探し始めた。 金をもらってやる以上、それなりの事をやらねばならない。 箪笥の引き出しは一度全ての物を出し、 家具は一度どかして下を調べ、果ては畳も上げてみる。 その度に埃が舞い飛び、隠れていた虫が這い出した。 納戸に仕舞われていた箱の中を開けると、中に沢山の写真があった。 写真の間に挟まっていないか、ぱらぱらと捲って確認する。 その中の一枚。見覚えのある着物の柄。 「これは・・・」 古びた写真。子供を連れた女性があの着物を着ていた。 妙じゃない。この写真はどう見てももっと前のものだ。 女性の連れている女の子。そうだこの女の子こそ、妙にちがいない。 あの着物を着ているのは妙の母親だろうか。 きっと妙は母親から着物を受け継いだのだ。 だとしたら鍵の在り処を知っているのは母親だ。 そういえばあの時見た扉の記憶。着物の女性ばかりに目が行っていたが 回りの景色はどうだったろう。 そうだ、あの後ろに生えていた庭木。 今ここで見るものより随分細かったではないか。 早く那央に知らせなければ。 だがさっき、那央には何も見ていないと言ってしまった。 今更、なんと言って説明しよう。 なぜあんな意味のない嘘をついたのだろう。 自作自演だと思ったから。 いや。浅ましいと思ったんだ。妙の事を。 勝手に自分で決め付けて腹を立てていた。 悩んでいてもしょうがないので鍵探しを続ける。 そして見つけたのは年賀状の束。 「あけましておめでとう。  母さんはもうしばらくそちらには帰れないけれど  お婆様と仲良くして元気で過ごしてください。  今年も良い年でありますように。」 母親から娘への年賀状だった。その表書きにある住所に目が止まった。 そんなに遠い場所ではない。ここに住んでいるのだろうか。 そして翌日。 那央は今日もあの屋敷へ鍵探しをしに行った。 草太も一応誘われはしたが、那央はさほど来て欲しそうではなかった。 何故だか、そう感じたのだ。 だったらわざわざ行って邪魔をすることもないだろう。 それより、あの母親のところへ行ってみようと思った。 住所は、昨日見つけた年賀状のものを紙に書き写してある。 調べてみると、汽車で1時間、バスで三十分の道のり。一人で行けない事はない。 金は小遣いといって那央から渡されている分から出した。 バスに揺られながらやはり那央と一緒に来ればよかったと思った。 寂れかけた商店街。その隙間を埋めるように建つ家。 そこがあの年賀状に書かれていた住所だった。 「それでわざわざこんな遠いところまできてくれたの?」 突然の訪問だったが、家人は快く迎えてくれた。 幾分年を重ねてはいるが、間違いなくあの写真に映っていた女性。 すれ違いざま、化粧の匂いが鼻を掠める。服の感じや喋り方。水商売の女性だと思った。 「ご苦労様。確かにあの鍵は私が持っているわ。 そうね。婆さんがなくなったのなら私が持っている意味もないわね。 あの家に戻しましょうか。」 「だったら俺が持って行きます。」 「それは駄目よ。いくらあなたが妙の依頼を受けた人と言っても 本当にそうかどうかわかんないでしょ。 あんたみたいな子供に預けらんないわよ。」 子供。確かに、そうなのだろう。 村では違った。村では草太を知らないものなどいなかった。 だから自分を証明する必要なんてなかった。 この町で、草太は余所者だった。 「わかりました。今日はこれで失礼します。」 外はパラパラと雨が降ってきていた。長居をすれば更に強くなりそうだ。 「今行かない方がいいわよ。風が強いし、これから嵐になるわ。 風が止むまでゆっくりしていきなさい。」 どうしよう。雨がやむまで一時間くらいはかかるだろうか。 だが今日は風が強い。ただの雨で済んではくれなさそうだった。 「じゃあ風が少し収まるまで・・・。」 だが風は激しさを増すばかりだった。 辺りが暗くなっても、まだそれは収まらない。 「そんな辛気臭い顔よしなさい。明日になったら、一緒についてってあげるから。」 「来てくれるんですか?」 「折角来たのに鍵を持って帰れないんじゃ、あんたも格好が付かないでしょ。」 結局草太は、勧められるままにその家で一晩を過ごしてしまった。 翌日は朝一番の汽車に乗った。目的の駅に着くまで一時間。 那央に会ったらなんと言い訳をしようかと、そんなことばかり考えていた。 「ほら、もう駅に着いたわよ。」 戸惑いながらも、彼女に付いて改札を抜ける。その肩を強い力で引かれた。 「草太!」 声に驚いて振り返る。草太を見下ろす強い瞳。 「那央・・・なんでここに?」 「なんでじゃないだろう。探していたからだ。 町中探しても見つからないから汽車に乗ったかもしれないと思って 汽車がつく時間に合わせてここに着ていたんだ。」 ということは、那央は昨日から何度もここに来ていたのだろうか。 その度に、草太の姿を探して。 「ごめん。」 そうだ。連絡くらいしていけばよかった。 つまらない意地を張っていた。どれだけ心配をかけただろう。 自分が情けなくて、泣きたいような気分だった。 「ごめんって・・・」 口元を噛み締めて俯かれ、那央は怒ることが出来なくなってしまった。 言いたいことは沢山あった筈なのに、何も言えなくなってしまった。 出て行ってしまったのかと思った。または、誰かに連れて行かれたのかと。 誰か、あの村の連中に。 「別にいいじゃない。反抗期なんて誰にでもあるわ。」 重苦しい空気を吹き飛ばすように、あっけらかんと笑ってみせる。 「その人は?」 妙の母親を伴って屋敷に行く。 「母さん、何でここにいるの?」 久々に会った母親を前に、妙は顔を強張らせた。 「何言っていんの。離婚したわけじゃないんだし、ここも私の家よ。」 土蔵の前。 皆が見ている前で妙の母親が、その着物の袂から古びた鍵を取り出す。 それはあの時草太が見た景色にそっくりだった。 土蔵は、長く会わなかった恋人を迎えるかのように、その重い口をあけた。 誇り臭い空気の中、古びた箪笥や机、家財道具などが一同を迎える。 「ここにある物はね、私がこの家に置いていった物よ。嫁入り道具とかも沢山あるわ。 私の母、つまり妙の祖母は病気がちでね。 私には兄弟も居なかったから、私が看病をするために実家に帰っていたのだけれど、 あの婆さんはそれが気に入らなかったの。 一度嫁に来た者が家を留守にするんじゃないってね。 だから私が出て行くときは半ば家出のようなものだったの。 それでも旦那と別れるつもりはなかったから 家に残して行く大きい荷物は、全部この土蔵にしまったの。 そうでもしないと婆さんに全部捨てられちまうからね。」 「お婆様も同じこと言ってたわ。 放っておいたら戻ってきたあなたに捨てられてしまうってね。 だから自分の物を土蔵に隠してくれって遺言を残したのよ。」 呆れたものだ。人の場所を奪った者が、自分の場所を奪われることを恐れるなんて。 しかも、自分はもう死ぬという時に。 「お婆様の物、捨てないで。 母さんには憎い姑でも、私にとっては育ての親なの。」 「分かっているわ。」 結局妙の祖母が遺した物は、土蔵に仕舞われる事なく、家に置き続ける事にした。 妙の母にも、子供の世話を放り出して郷里に戻っているという負い目が有ったからだ。 「なんで俺に黙ってたんだ?」 二人きりの帰り道。遠慮がちに聞かれ、どう答えたものか迷った。 今、その理由をなんと言葉にしても、やはりそれとは違うような気がした。 「迷惑そうな顔をしてただろ。俺があの家に行くの。」 一番それらしく聞こえることを答えてみたが、やはりそれとも違う気がした。 だが、それも一つの理由ではあったと思う。 溜息を付き、助けを求めるように那央の顔を見上げる。 「そんな顔してたか。そうだな。妙は・・・あいつはお前の事、変な目で見るから。」 ああそうか。言われて思い出した。 那央は以前も、俺がそういう目で見られるのを気にしていた。 その度に自分を責めていた。 忘れていたのはこっちだ。 那央は大人になっただけで、何も変わってはいないのだ。