再婚  草太とケンカをすることは今でもよくある。 でもそれは言い合いでしかなく、取っ組み合いになったりとかは、しない。 自分は、もともと気性の荒い性分で、昔はよく草太を泣かしていたらしい。 物心がついて、すぐの頃、草太とケンカをして、草太を思い切り殴った。 場所は、草太の家、神社の境内だった。ケンカの原因は、よく覚えていない。 草太も、覚えていないと言っていた。 でも、殴ったとき、自分の手がすごく痛かったのは覚えてる。 幼児のやる事だから狙ってやった訳じゃない。 でも、俺の手は、草太の右目に当たっていた。 草太はすごく痛がって、泣き出した。 草太の家族がいっぱい集まってきて、草太を取り囲んで、病院に連れて行った。 俺はそのまま家に帰らされた。 知らせを受けた俺の両親は、草太のいる病院に駆けつけたらしい。 次の日、両親から、草太の目が見えなくなったことを聞いた。 そして、病院まで、両親と三人でお見舞いに行き、一緒に平謝りした。 頭に包帯を巻いた草太を見て、俺は何も言えなかった。 高い場所に立っているような、言いようのない恐ろしさを感じ、泣き出してしまった。  昨日、草太の母が、椰央の家に呼び出されて行った。 草太の母は、あの家の遠縁に当たる娘で、父とは見合いで結ばれた。 椰央の家では、親戚一同を集めて、なにやら話し合いがあったらしい。 母親自身も、よく事情は聞かされないままに呼び出されたようだ。 帰って来た母親の言うところによると、椰央の父親が再婚をするという話だった。 昨日、椰央の父親は、親戚を集めて、その相手を紹介したのだ。  椰央が草太の家である神社に来ていた。 神社の裏には、ご神木として大銀杏の木が祭られている。 椰央は、その木に登って草太を待っていた。 「椰央、」 椰央が下を見る。そして、上って来いと合図する。 草太が木をよじ登り、椰央の隣に腰掛ける。 左には湖。後ろに社殿。前方は、小高い丘の上に墓地が広がる。 その後ろに、村を囲む坂東の山々。 「草太、俺の親父が再婚するって話、もう聞いてるよな?」 「ああ。今、村でそれを知らない奴はいないさ。 …でも、驚いたよ。あまりにも唐突だったから。 それに、お前の母親が死んで、一年と経ってないってのに…」 「俺も驚いた。…本当に唐突だったよ。 俺がそれを聞いたのもつい一昨日だったんだ。」 「一昨日?」 「ああ。多分、もう親戚中に召集命令かけた後。 その時に、新しい母親がどんな人か聞かされて、式の日取り教えられて、 昨日始めて会ったんだ。」 「お前、それまでな何も聞かされてなかったのか?」 椰央が頷く。 「お前、これ、どう思う?」 「え?…どうって言われても…」 「俺はな、こう思うんだ。 前もって俺に知らせておくと、俺が反対するかもしれない。 だから、もう全てが決まった時点で俺に言おうと決めていたんだ、ってな。」 「…お前…、この再婚、反対なのか?」 「…そういう訳じゃない。…けど、なんか、母さんがかわいそうな気がする。」 「…そうだな。淋しがるだろうな。」 「お前の親父の再婚相手ってどんな人なんだ?」 「向こうもバツイチだって。離婚して、子供二人抱えてて。 杉本の叔父さんたちは、金目当てなんじゃないかって影で言ってた。」 “杉本”とは椰央の父親の弟夫婦だ。 村の一本杉の近くに住んでいるのでそう呼ばれている。 「連れ子がいるのか?それじゃ、相続はどうなるんだ?」 「連れ子は、上が男で下が女。上の子は俺と同い年だけど、 生まれ月で俺のほうが上なんだ。後継ぎは今と変わらず俺のままだって。 まあ、そうでもなけりゃそんな話、爺さんが許すはずないんだけどな。」 「子供たちには会ったのか?」 「昨日会った。名前は、公太と翔子。今日はもう母親に連れられて家に帰った。 式の日に村に引っ越してくるって。」  しばらくし、二人の結婚式が行われた。 この村の結婚式と言うのは、いたって簡素で、 神社で幸福を祈り、厄払いを受け、その後親戚を集めて飲み会をするだけだ。 しかし、村の有力者の式ともなると、村中でお祝いをする。 その日は、親族一同と共に椰央の家に集まって、朝まで歌い、飲んだ。  次の日、椰央は二人の新しく出来た兄妹に村の案内をしてやろうとした。 しかし公太は体調が悪いらしく、椰央の申し出を断った。 椰央は、翔子だけを連れて行くことにした。  村は、山と隣接している。山に入ると、荷車が一台通れるほどの道が続く。 道は、何度か枝分かれしながら、山に這いつくばるようにして続く。 椰央は翔子の手を取りながらその道を歩いていった。 翔子は、町育ちなせいか、五分も歩くとゼイゼイ言い出した。 「ちょっと待ってよ!もうやだ!休む!」 本人なりに頑張っていたつもりらしいが、 山道を飛ぶように歩く椰央に、かなうはずもなかった。 「お前根性ないな…。」 「しょうがないじゃない。あたしは女の子なんだから!」 仕方なく、翔子のペースにあわせて歩く。 そのせいで、谷まで行くのにたっぷり二十分はかかった。 「なにか、聞こえてくる…。」 「たぶん草太が来てるんだ。もうすぐ祭りが近いから舞の練習をしてるんだ。」 釣り橋の手前で川原に下りると、白い着物を着た草太がいた。 「草太!」 歌の声が止まる。草太が二人に気づく。 「こいつ、草太。村の祭主の家の子供。結婚式の日もいたけど…覚えてる?」 「覚えてない。」 「…まあ、あれだけ人がうじゃうじゃいればしょうがないか。」 草太が、小さくよろしくという。翔子は、物珍しそうに草太を見ている。 「あなた、なんでこんな髪伸ばしてるの?」 翔子が、無遠慮に草太の前髪をかき上げる。 濁ってもう光を放たない草太の右目が露になる。 翔子が草太の右目を凝視する。 「何コレ…気持ち悪い…」 椰央が、翔子の手を払う。 「触んな!」 不気味な静けさが訪れる。 「な…なにするのよ!」 「初対面の人間に対して失礼だろ!草太に謝れ!」 「だからっていきなり叩く事ないじゃない!」 「お前だって何も言わずにいきなり草太に触ったじゃないか!」 「だって気になるじゃない。なんか顔半分隠してるし。 別にいいでしょ見るくらい。そんなの隠しとくほうがおかしいのよ。 根暗なんじゃない?」 「それ以上言うな!」 椰央が翔子の髪を引っ張る。翔子が痛いと悲鳴をあげる。 「やめろ椰央!」 草太が割って入り、椰央を引き離す。 椰央が草太を睨みつける。草太は困ったような顔で見返して、首を横に振る。 椰央は、拗ねたように草太から目を逸らす。 「草太、帰ろう!」 椰央が草太の腕をぐいと引っ張る。草太は、引きずられるようにして椰央についていった。  二人は、そのまま神社まで帰ってきた。 椰央は、普段よりだいぶ口数が少ない。草太には、椰央の怒った理由がよくわかっていた。 草太が片目なのを一番気にしているのは椰央なのだ。 「椰央…あの子帰る道分かるのかな…?」 「…平気だよ。来た道戻れば村なんてすぐじゃん。」 「でも、初めての場所だし…。」 いいようのない不安が胸の中から消えない。 「…お前それ、もしかして、予知…か?」 「…かもしれない。…な、もう一度あの場所に戻ってみようぜ。」 「分かった。急ごう。」  急いで元の谷まで戻ってみたが翔子はいなかった。 翔子と一緒に歩いた道を逆行してみるが、やはり見つからない。 ためしに椰央の家に戻ってみたが、帰っていなかった。 「…翔子がいなくなった!?」 「うん。」 「わかった。近所の人にも手分けして探してもらおう。」 「…もう暗くなるな…山奥の方まで行っていないといいけど…」 椰央の父親も、探すのに協力すると言った。 公太と義母はまだ村に慣れておらず、 逆に迷ってしまうかもしれない、と辞退した。 「俺、もう一度あの道に行ってみるよ。」 椰央が言う。草太は、タロウを連れて行くことを提案した。 猟犬だから、こういうことは得意なはずだ。椰央は、即座に同意した。  タロウに翔子の臭いをたどらせ、山道を歩く。 翔子は、道を間違え、湖の北側の方まで行っていた。 暗い道を泣きながら歩く翔子。 タロウがいち早くそれに気づいて吠えながら駆け寄る。 「翔子!」 椰央が声をかける。提灯で照らされた翔子の顔は、半べそをかいていた。 椰央が、翔子の顔を隠すように上着をかけてやる。 「…置いてきて悪かった。」 翔子が小さく頷く。 「帰るぞ。」 翔子は、また小さく頷き、椰央の服の袖を握った。  次の日、草太はまたあのつり橋の下で舞の練習をしていた。 「草太くん!」 翔子が声をかける。草太が気づいて駆け寄ってくる。 「どうした?」 「神社で聞いたら、こっちに居るって言われたから。」 翔子が持っていた包みを差し出す。 「差し入れ。」 「…ありがと。」 「昨日のお礼を言いに来たの。 それと、椰央兄ちゃんに"謝って来い"って言われたから…」 「椰央に?」 翔子が頷く。 「そっか…。」  川岸の崖には、草に埋もれて、崖を這うように階段が続いている。 その先に、釣りをする人が、道具を置くのに使っている小屋がある。 「ついて来いよ。」 草太が階段を上っていく。翔子がそれに続く。 きしむ戸をあけて、薄暗い小屋の中に入る。 草太は、棚を漁って、裁縫箱を取り出した。 「何をするの?」 それには答えず、鋏を取り出す。 そして、片手で前髪を掴んで、ばっさりと切った。 「草太くん…?」 「お前、こないだ印象悪くなるから切れって言っただろ?」 「うん、言った。けど…。」 翔子を半ば無視して、草太が無造作に鋏を動かす。 そして、右目がすっかり露になったところで手を止める。 翔子が、その目に見入る。 「なんか…気持ち悪い。」 今そこには、ガラスで出来た偽物の目玉が入っている。 白いところは真っ白で、黒いところは不自然に透き通っている。 嵌っているだけなので、右にも左にも動かない。 「俺も、いつもそう思う。」 板の節目を通って来た光が、草太の目を照らす。 ガラスの目玉は、光を通し、微妙にその色を変えた。 「…でも、なんか不思議な感じ…。奇妙なのに、怖いのに、目が離せないような…」 「椰央は、"吸い寄せられるみたいだ"って言ってた。」 「うん、そんな感じ。」 「椰央から聞いた?これ、椰央に殴られたときに潰れた、って。」 「え…椰央兄ちゃんが!?」 「聞いてないか…。うん、昔、椰央とケンカしたとき。 俺が、椰央にすごくひどい事言って、殴られた。 でも、椰央は自分のせいだと思って、ずっと気にしてるんだよ。」 「そうだったの…。」 草太が頷く。 「…鋏貸して。」 「なに?」 「今のままじゃガタガタだからあたしが切ってあげる。 あたし上手なのよ。いつも自分でやってるから。」 草太が鋏を渡す。翔子は、草太を座らせて、鋏を使い始めた。 「ついて来いよ。椰央がお前に見せようとした場所に案内してやる。」 川にかかるつり橋を、手をつないで渡る。 山道を暫く歩き、湿り気の多い洞窟に入っていく。 暗く細い道を奥へ奥へと歩く。仄かに蝋燭の灯りが見える。 行き止まりにある水溜りに、椰央と公太が来ている。 「兄さん?」 「俺が連れてきたんだ。」 「ここは?」 子供たちが勝手に置いていた蝋燭と火打石。 蝋燭の明かりに照らされ、鍾乳石が透き通る。 子供らが水の中に溜めたガラスの欠片がきらきら光る。 「ここは村の子供の秘密基地みたいな場所だ。」 綺麗な水の湧き出す泉。 「大人たちには言うなよ。」  そのあと二人は、翔子と公太をしっかりと家まで送り届けた。 あの時椰央は翔子のほうが村に馴染めないのではないかと感じたが、 むしろ馴染めなかったのは引っ込み思案な公太のほうだった。 翔子は、ずけずけものをいうところが女の子たちには好評らしい。 「草太、お前やっぱまたこれ伸ばせ。」 「…やっぱ、不気味かな?」 「なんていうか、やっぱり…すごく人目を引く。 お前だって周りからじろじろ見られんのやだろ?」 「別に…もう慣れたけど…。」 「…俺が嫌なんだよ。」 椰央にしても、自分の残した傷をじろじろ見られるのは、少し胸が痛む。 「…椰央、お前、俺を殴った時の事、 なんでケンカしたか俺に聞いたことあったよな?」 「え…あ、うん。」 「俺、あの時お前に覚えてないって言ったけど、あれ、嘘なんだ。」 「嘘?」 草太が頷く。 「あの時、俺たち将来の事話してた。お前は、商売を始めたいって言ってた。 お前、今よりずっと金持ちになって母親に楽させてやるって言ってた。 その時、俺言ったんだ。お前が大きくなる頃には、お前の母親は死んでる…って。」 椰央は、しばし言葉を失った。 その思考が、ぼんやりとした幼い日の出来事へと飛ぶ。 しかし、なにも浮かばない。思い出されるのは、その次の日の病院での事。 頭に包帯を巻いた草太の前で、泣きじゃくったこと。 「俺あの後、爺さんにさんざ言い聞かされた。 皆は、お前みたく未来のことが分かったりしないって。 だから、滅多にその分かった事を話しちゃいけないって。」 「…だからお前…覚えてないって言ったのか…。」 「ごめん。」 「別に…謝るほどの事でもないだろ。」