村の守り神  ここは、山に囲まれた小さな村。村の西には池があって、その池には竜がすんでいる。 村人たちは竜を守り神として丁寧に祭ってきた。 ある日、この村に大きな地震が起こった。家の柱が折れ、屋根が傾き、火事が起こった。 村の火事は山に燃え移った。村の御神木である大柳の木も倒れた。 そして、この地震で一人の女が死んだ。 そしてあくる日、後揺れの中で女の通夜が行われた。さらに次の日には、葬式が行われた。 女には夫と一人の息子がいた。子供は、名を椰央といった。 残された親子は沈痛な面持ちでその二日を過ごした。 その後、竜を諌めるための祈りの儀式が行われた。 「こんなひどい地震がおきたのは私たちの信心が足りないからに違いない。  竜神様がお怒りになっておられるのだ。」 村人はみんなそう考えていた。儀式には、村のものが全員集まることになっている。 その中に椰央の姿もあった。 儀式を司ったのは、祭主と呼ばれる村の呪術者だった。 祭主は、広場の中央に結界を張って幣を振るった。その隣には、祭主を補佐する子供がいた。 子供は草太といって、祭主の家系の跡取息子だった。そして、椰央とは友達だった。 儀式が終わった後、草太は、椰央の所にきた。草太は、椰央を慰めたいと思った。 しかし、なんと言って慰めてよいか分からなかった。 いろいろ考えた末に出たのはこんな言葉だった。 「椰央、お前の母親は竜の怒りの生贄として選ばれた。仕方ないと思ってくれ。」 しかし、椰央にはその言葉がひどく冷たいものに感じた。 「なにが仕方ないだ。母さんは竜神様のせいで死んだんだ。  竜神様がちゃんと村を守ってくれないから死んだんだ。  この村は竜神様をちゃんと崇めていた。季節の節目ごとに竜神様をお祭りしている。  それなのに地震が起きた。地震だけじゃない。台風だって雷だってやってくる。  どんなにしたって災害は避けられない。  これは信心が足りないからじゃなくて竜神様自身が無力だからだ。」 草太はこの時やんわりと椰央をしかってやらなければならなかった。 しかし草太は子供である。しかも草太は、次の祭主として 精霊たちに敬意を払うことを叩き込まれている。草太は、その無礼な言葉に、 火がついたように怒った。 「村を守っている竜神様に対してお前はなんということを言うんだ。 これでわかった。お前の母親が選ばれたのは、お前の信心が足りなかったからだ。 お前の母親が死んだのは、お前が悪かったからだ。親不孝な自分を反省しろ。」 その後はお互いに一歩も譲らず、言い合い、終いには取っ組み合いの喧嘩になった。 椰央はもともと力が強い。祭主の跡取として勉強ばかりしている草太に 負けるわけはなかった。しかし、その様子を村の大人に見つけられた。 彼は、草太をかばい、椰央に思い切り拳骨を落とした。  次の日、椰央はふてくされて池のほとりを歩いていた。 池は、地震などなかったかのように静かだった。 椰央は、もう少し足をのばして、山の洞窟の方に行ってみる事にした。 洞窟の入り口は、注連縄が張ってあり、大人から、ここには 入ってはいけないといわれている。しかし、椰央は一度ここを 探検したことがあった。この山の洞窟は、北の山につながっていて、 行き止まりには、小さな畑ほどの広さの水溜りがある。 その水溜りは、地下で池とつながっている。竜は、よくその水溜りに 遊びにくる。  さて洞窟の奥にいってみると、水溜りから竜が長い首を表に出して眠っていた。 椰央が恐る恐る近づくが、竜は動かない。見ると、竜は首に怪我をしていた。 おそらく、地震のせいで、天井から落ちてきた岩にあたったのだろう。 上をみると、前来たときとちょっと違っている気もした。 椰央は、急いで表に行って、怪我によく効くと言われている草をたくさん摘んで そこに持ってきた。そして、石でつぶして傷口に塗ってやった。 自分の服を引きちぎって竜の首に巻きつけた。竜は、とても喜んだ。 そして、聞き取りづらい言葉でアリガトウといった。 椰央は、竜が喋ったのでびっくりした。 「竜神様、昨日はごめんなさい。俺だって竜神様が嫌いなわけじゃないんだ。  地震だって本当は仕方のない事だってわかってるんだ。  ただ、母さんにもう会えないと思ったら悲しくて悲しくて。」 そこで竜は、この子をもう一度母親に会わせてあげようと思った。 「ソコデ・マッテテ。」 「どうしたんですか?」 「オカアサンヲ・ツレテクル」 そして、椰央をおいていったん水の中に潜った。  椰央はどきどきしながら竜を待った。母親にもう一度会わせてくれるというのだ。 椰央は、何を言うべきかをずっと考えていた。 しかし、何を言えばよいか、考えれば考えるほどわからなくなった。 水溜りの中に竜の影が見えてくる頃になってもそれを整理することはできなかった。  竜の影がだんだん大きくなってくる。よく見ると、竜は、何かをくわえていた。 そして、竜が水面に現れた。その口にくわえられた物が何か、すぐにはわからなかった。 池の藻が絡まっている白かったり赤かったりする何やらぐちゃぐちゃした物。広がる異臭。 椰央が目をこらす。その目に、藻に絡まった手が見えた。骨が剥き出しになった指が見えた。 目の玉のない顔が、椰央を見た。 「ひゃっ」 椰央は腰を抜かした。そう、それは、変わり果てた椰央の母親だった。 このあたりでは、死んだ人間は焼かないでそのまま埋められる。 この村では、葬式は祭主によって行われ、葬式の後死体は、祭主の手で池に流される。 親族は、流すことは知っていても、実際にその場に立ち会う訳ではない。 椰央は、この池の中に母親の死体があることを忘れていたのだ。 竜が、不思議そうな目で椰央を見る。 椰央は足をもつれさせながら、一目散に洞窟の外へ走っていった。 竜は土の上を歩けないので、椰央を追うことができなかった。 竜は、その死体をくわえたまま、椰央がもう一度ここに戻ってくるのを待っていた。 しかしその日、椰央はここに戻ってこなかった。 椰央が転がり込むように家に戻る。家の前には、草太がいた。 椰央は興奮して、洞窟で見たことを全部草太にぶちまけた。 あまりに椰央が興奮していて、話はすぐには飲み込めなかった。 草太は、何度も聞きなおして事の顛末を理解した。 草太は、洞窟のことを知っていた。そして、竜の事も知っていた。 そもそもあの洞窟の秘密は、祭主の家系の者たちが守ってきたものなのだ。 「まったくお前という奴は・・・。とにかくもう二度とあの洞窟には近づくなよ。」 草太は、呆れていた。 「どうしてだ?俺は竜神様に悪さなんてしないよ。」 「そんなことは分かっている。  でも、竜神様は・・・何しろああいう、俺たちとはまったく違う考え方を 持っているから…」 椰央はなるほどと思った。また竜に会って話ができたら素晴らしい事だとは思ったが、 自分と話すことであの竜の純粋さが失われてしまうような気がした。 人間の価値観を竜に植え付けてしまうような気がしたのだ。 ともあれ、草太に全部話したことで、椰央は幾分落ち着いた。 そしてやっと、最初に聞くはずだった事に思い至った。 「そうだ、ところで草太、なんでお前ここに来たんだ?」 草太は、あわてて視線をそらした。そして、小さな声で言った。 「昨日の事を謝りに来たんだ。」 昨日、草太は椰央と喧嘩をした。それは、椰央からしかけたものだった。 しかし、途中で割り込んできたあの男は草太をかばった。 そのせいで椰央一人が悪者になってしまった。草太は、そのことを詫びにきたのだ。 「昨日は悪かった。俺は、お前の気持ちを考えていなかった。  母親に会いたければ俺に言ってくれ。  俺は、呪術によってこの身体に霊を降ろすことができるから。」 椰央はそれをありがたいと思った。しかし、椰央はそれを断った。 「どうしてだ?アレを見て、怖くなったのか?」 椰央は首を横に振った。 「怖くなんかない。母さんを思う気持ちも変わらない。 でも、アレを見て、母さんはもう死んだんだって理解できた気がする。」 そう、母親に会うことはできても、母親は帰ってはこない。 これから自分は、母親なしで生きていかなければならない。 自分は、その苦を想い、その事実から目を逸らしていただけなのだ。 「草太、昨日は俺も悪かった。俺はもう、竜神様を恨んでなんかいないよ。」