祖父はまだ広間にいた。先ほどまでいた男たちはもう家路についたようで 誰もいない。祖父は裕樹からことの次第を聞くと、 二人を置いて男の子の様子を見に行った。障子の隙間から覗くと、 男の子は物珍しげに部屋の様子を見回していた。 その男の子には、やはり耳と尻尾がついていた。 祖父はその子の事をさやの母親に任せ、広間へと戻って来た。 「やはりあれはキツネじゃな。」 「爺さんには見えるのか?母さんには見えていなかったんだろ?」 祖父の言葉を受けたのは裕樹の方だった。さやは泣き止んではいたものの、 まだ満足に喋れる状態ではなかった。 「あいつはこの家の血筋の者ではない。隣村から嫁に来た者だ。  だから見えなかったのだろう。恐らく裕樹も見れば分かるはずだ。」 「で爺さん、あの子供どうすればいいかな?」 裕樹は、さやの代わりに聞いた。 「―――しばらくうちで預かるしかないだろうな。  明日の朝、手の空いている猟師…おそらく六郎あたりになるな。  そいつを山に向かわせる。まだ崖から落ちたキツネが  まだ生きているかも知れない。」 おそらく六郎爺さんでなければ引き受けないだろうと思った。 山になれた猟師ではあるがキツネに化かされれば神隠しに遇うかもしれない。 この件に負い目のある六郎爺さんに頼むのが一番良い。 不安ではあるが、犬を連れて行けばキツネは恐れて近寄らないだろう。 「私が行く。」 それまで黙りこくっていたさやが口を開く。 「―――そうじゃな。お前しか場所を知っているものがおらんからな。 お前も一緒に着いて行って案内をしてやれ。」 「そうじゃなくて!」 じれったさに強い口調になる。 「ん?」 「私一人で行く!」 その言葉に祖父と裕樹は驚いて目を見開いた。正気の沙汰ではないと思った。 「何を言っているんじゃ!キツネを見くびるんでない。  万が一あのキツネが無傷で生きていたとて  お前が祭りの期間にキツネを罠にかけたことに変わりはない。  キツネの怒りを買って神隠しにあうのが落ちじゃ。  キツネに食われてしまうんじゃぞ。」 「でも、私のせいだもん。私のせいであの子のお母さんが  罠にかかったんだもの。もしその祟りで誰かが神隠しに遭うとしたら、  私がそうなるのが一番いいと思う。」 それを聞いた祭主は驚いて腰が抜ける思いだった。 さやは全て分かって本気で言っているのだ。自分が犠牲になるというのだ。 祭主は自分を落ち着かせようと大きな溜息をついた。 そして、さやをなんとか懐柔しようと思った。 「―――わしが昼間きつい言い方をしたから拗ねているんだな。  わしはただ、お前にしきたりを守るという事がどれほど大切な事か  分かって欲しかっただけだ。お前が責任を感じてくれるのは嬉しいが、  お前にそこまで期待している訳じゃない。」 さやはまだ子供だ。そんな大きな責任を負う必要はない。 優しい言い方をすれば、大人しくそれに従うと思った。しかし、 「私、おじいちゃんの言いなりにはならないもん!ベーだ。」 さやがアカンベをしてみせる。 「なっ…!」 祭主が顔を真っ赤にする。孫娘が一家の主である自分にアカンベをするなど 夢にも思わなかったからだ。しかし彼を怒らせたのはそれだけではない。 二人を見ていた裕樹が、これは痛快とばかりに大笑いをしたのだ。 「ははは…爺さんフられてやんの。さや、爺さんはな、  お前に男の友達が出来たから妬いてるんだ。」 「裕樹!!」 そのせいで、頂点に達した祖父の怒りは、さやではなく裕樹へと向かった。 裕樹の頭に拳骨が落とされる。裕樹は、痛くて痛くて、頭を抱えて座り込んだ。 「大丈夫だって爺さん。さやはちゃんと帰ってきて、将来必ず大物になるよ。」 裕樹はしゃがみこんだまま祖父に言った。 「“勘”か?」 祭主の家の者にとってその言葉は単なる“勘”だけを意味するものではない。 予知能力を意味するものでもある。 「おう。村中の男を手玉に取るようになるんだ。」 どうやらそういう意味での“大物”という意味らしい。裕樹がへらっと笑う。 再び裕樹の頭に祖父の拳骨が落とされた。 「勝手にせい。」 そう言って祖父は自室に去っていった。 「許可がおりたみたいだな。」 「うん。」  客間に戻ると、もうそこには布団が二組敷いてあった。 そして、母親が男の子と他愛もない話をしていた。 さやが戻って来ると、母親はもう寝なさいと言って部屋を出て行った。 「じゃあもう寝よっか。」 男の子が頷く。さやはその子が布団に入ったのを見て明かりを消し、 自分も布団に入った。布団はまだ冷たかったが、しばらくじっとしていると だんだん暖かくなってきた。 「あのね、私昨日山へ行ったの。」 男の子がこっちを向いて目をあける。さやは、ゆっくりと話を続けた。 「お祭りのために山に残っている獣捕りの罠を取ってくるためよ。  でも、山を歩いていて日が暮れて、足が痛くて、途中で帰ってきたの。  それで、今日、気になって山にいってみたら、  キツネが虎バサミにかかってたの。」 さやはこれまでのいきさつを一つ一つ男の子に話して聞かせた。 その子は目を丸くしながら、声も出せずに聞いていた。 「助けなくちゃと思って虎バサミを外したら、連れて行った犬が吠えて、  そのキツネは慌てて茂みの中に飛び込んだの。でも、その先は  高い崖だったの。そのキツネは、そこから滑り落ちてしまったの。  私、とても下まで降りられそうになかったからそのまま帰ってきたの。」 さやは、その子がキツネであることは気づいていない振りをした。 「おじいちゃんが言ってた。ハレの日にキツネを捕ったら、  キツネが怒って、人を攫って行くって。だから、あなたのお母さんが  帰ってこないのはあたしのせいかもしれない。」 「そのキツネ…死んじゃったの?」 「わからない。崖の下を覗き込んだけど藪が茂ってて分からなかった。  私、明日夜が明けたらすぐ、そのキツネを探しに行く。  川のほうから回り込めば、なんとか崖の下にもいけるかもしれない。」 「ボクも行く!」 男の子は泣き出しそうな顔をしていた。 「うん…。一緒に行こう…。」 その夜は二人とも眠れたものではなかった。こうしている間にも あのキツネが死んでしまったらと思うと気が気ではなかった。  翌日、さやは日の出と共に起きて空が白み始める頃家を出た。 二人とも真っ赤な目をしていた。家の者は皆まだ寝ていた。 二人が玄関で靴をはいていると、裕樹が寝巻きのまま玄関まで出てきた。 「お前ら、面忘れてるぞ。探してて日が暮れるかもしれないから持って行け。」 「あ、ありがと、お兄ちゃん」 二人が面を受け取る。 「さや、今夜は緊張しないで楽しんで踊れ。お前才能あるからな。  絶対に村一番の舞い手になれるぞ。」 寝ぼけ眼でそう言い捨て、裕樹は奥へ引っ込んでいった。 裕樹に言われてさやは今夜舞を舞うことを今更のように思い出した。 「そっか…今日なんだ…。」 昨日のキツネのことで頭がいっぱいだった。 夜までに帰って来れるとも分からない。舞など踊れるかどうかもわからない。 だからもうどうでもよくなっていた。なんとも妙な事を言う兄だと思った。  さやと男の子が森の中へキツネを探しに行く。川沿いに細い道を上っていく。 犬は連れて行かなかった。その子は山の道に詳しかったし、 キツネだけによく鼻も利いた。道を塞ぐ蔦を潜り抜け、水溜りを飛び越え、 草を掻き分けて進む。  目指す崖の下まで来た時、太陽はもう一番高いところに近づいていた。 見上げた崖には確かに見覚えがある。ならばきっとあのキツネは あの下の藪の中に落ちたに違いない。さやが藪に近づこうとすると、 男の子が急に駆け出した。そして、迷いもなく藪の中にずんずん入っていく。 さやは、縦横に茂る木の枝を折って道を作った。 しばらくして、男の子が藪の中から傷ついたキツネを見つけた。 男の子がキツネをさやに渡す。さやはキツネを受け取り、 川の近くの少し開けた場所へと連れて行った。  明るい場所でよくよくそのキツネを見てみる。 口元に手を近づけ、呼吸を見る。胸のあたりを触って鼓動を見る。 最初は自分の方がドキドキしていて鼓動も何も分からなかった。 深呼吸をして、手の感触に集中する。指の下で、微かになにかが動いている。 「まだ―――まだ生きてるよ!」 男の子の顔が微かに明るくなる。 「でも、このままじゃ死んじゃうかも…。どうしよう。  治してあげたいけど…何をすればいいか…。」 「ぼくに着いてきて!」 男の子は更に川の上流の方にさやを連れて行った。 さやは傷ついたキツネを抱えてその子の後を追っていった。 男の子は、一箇所だけ辛うじて崖を上れるところを知っていた。 そこは崖の中途から何本も木が茂っていて、キツネを抱えたままでも なんとかよじ昇れそうだった。  崖を上って森に入り、獣道を這うようにして進む。さやはこの頃には もうなんとなく気づいていた。そうだ、自分はこの子の村に 連れて行かれるのだ。キツネの村だ。だが、その時にはあまり怖いとは 思わなかった。もしかしたら、帰れないかもしれない。 食べられてしまうかもしれない。そうは分かっていたが、 あまり気にならなかった。このキツネを助けたい。その想いの方が強くて、 男の子を追う事に夢中だった。  男の子は、茂みを抜けて洞穴に入っていく。 洞穴は腰を屈めて抜けれるほどの大きさだ。暗い闇の奥に光が見える。 洞穴を抜けると、そこには5軒の木の家が立ち並ぶ集落になっていた。 「どうした、ゴン?」 奥から老翁と老婆が出てくる。二人とも耳と尻尾がついている。キツネだ。 彼らは男の子をゴンと呼んだ。 「母さんが―――」 老人はさやの手に抱かれているキツネを見ると、射るような目でさやを睨んだ。 「爺さん、早く母さんを!」 「…分かった。ギンさんの家に連れて行け。」 そして老婆に目配せをする。老婆は、さやがさっき来た洞穴の方へ 歩いていった。後で知ったことだが、このときこの老婆は さやが逃げないように洞穴を術で隠しに行ったのだという。 しかし、この時さやはそんなことは気にせず、 ゴンについて一軒の家に入って行った。  家の中は、村の家となんら変わりはなかった。 人間のような家で人間のような暮らしをしている。 もしかしたらそれはさやが化かされているだけで、 本当はここはただの洞穴の中なのかもしれない。  この村には留守番をしていたキツネが5人いた。その多くは年老いたもので、 後はみんな、さやの村の村祭りに遊びに行っているのだという。 医者という職業の者は初めからこの村にはいないらしい。 だが、老人たちはある程度の治療法を知っていて、傷口を洗ったり 薬草を塗ったりした。さやは見ていることしかできないのが辛くて 何度も手伝うといった。だが、その度に拒否された。 キツネたちは人間のさやを警戒していたのだ。  傷口に包帯を巻いて額に濡らした布を当てると、 後は回復を待つしかなかった。 「ゴンのお母さん、これでよくなるの?」 一人の老婆に聞いたが、老婆は渋い顔をするだけで何も答えてはくれなかった。 それでさやはキツネが決して楽観できる容態ではないのだとわかった。 「ゴン、ちょっとこっちへおいで。」 村人の内、三人がゴンを外へ連れ出す。 恐らく、ゴンに事情を聞くつもりなのだろうと思った。 ゴンは村の人たちにさやのことをなんと言って説明するだろう。 それによっては、さやはもう家に帰れないかもしれない。 いや、もうそんな事を考えている場合ではない。昨日決心したのだ。 帰って来れなくても仕方ないと、そう言って家を出てきたのだ。 そうだ。もう、このキツネの命が助かればそれでいいではないか。 それ以上に何も望んではいけない。  しばらくしてゴンと3人の村人はまた家の中に戻ってきた。 誰も何も語ろうとはしなかった。時折、額の布を水に濡らして絞る音だけが 家の中に響いた。家の中に赤い西日が差し込んでいた。 夕日はすぐに山へ落ち、闇がそれに取って代わった。 闇となった空には、月が昇って闇夜を照らし始めた。  さやは背中にしょった面のことを今更のように思い出した。 裕樹が日が暮れたときのためにと持たせてくれた物だ。 今日は、この面をつけて村祭りの舞台で舞いをする予定だった。 練習もして、ある程度はきちんと踊れるようになっていた。 使わなかった面、踊らなかった舞。       ―――無駄になっちゃったな…―――  ゴンの母であるキツネは、まだ頼りない呼吸を繰り返している。 そのヒューヒューという微かな音が聞こえる。 「そうだ!私、踊る。ゴン君、手拍子とって。」 「え・・・」 一同は呆気に取られた。さやは、村人たちに構わず、 背中にくくりつけていた風呂敷を解いて面を取り出した。 「何を言ってるんじゃ!お前のせいでこいつがこんなに苦しんでいるんだぞ。  それなのにのんきに踊りか!?ふざけるな!」 一人のキツネが痺れを切らしたようにさやを怒鳴りつける。 それを受けて、他のキツネたちも騒ぎ始める。 「そうじゃ!お前がこの娘を崖から落としたんだぞ!」 全員が鋭くさやを睨みつけ、口々に罵る。それでもさやは怯まなかった。 「私、祭主の家の者なの。」 さやはやおら立ち上がって家の戸をいっぱいに開ける。 外に飛び出て月の光を浴びる。軽くステップを踏み、高らかに謡い始める。    ―――毎年この時期に祭りをして、          人間の側からもキツネの妖力を高めてやる。       キツネを元気にして祭りで遊ばせてやるんだ――― いつか、舞の練習の時に兄様が言っていた。 これは、キツネたちを元気にするための舞だ、と。 ならば、自分の舞であのキツネが元気になるかもしれない。       ススキたなびく草の原 青灯篭は数えて九       眠る爺様太鼓で起こし 神輿担いでたたら踏む       今宵は満月ノーエノエ 歌えや歌えノーエノエ       道は続けど村はなし 夜は続けど月はなし       丘の上から見下ろせば なんとも小さな箱庭か       今宵は満月ノーエノエ 踊れや踊れノーエノエ       不作豊作天変地異 水の底には届きゃせぬ       行って来いやと笑顔で送り 帰り告げるは竜の声       今宵は満月ノーエノエ 笑えや笑えノーエノエ  上手く踊れていたとは思わない。でも、何故だか 勝手に身体が動いていくような不思議な気持ちだった。 身体もいつもよりずっと軽く感じた。声も、いつもよりずっと よく響いている。まるで、キツネの鳴き声のように。  キツネたちの見守る前で、次第にさやの表情は なにか別のものとなっていった。女の子のあどけない笑顔となにかが重なる。 つぶらな瞳に妖しい輝きが加わる。何より驚いたのはその臭い。 キツネたちの敏感な鼻がその臭いの変化に気づかないわけはなかった。 キツネたちがざわめき出す。  さやの背中に陽炎のようになにかが揺らめく。それはだんだんと 形を露にしていく。黄金色に光をはじき、舞にあわせて揺れ動く。 さやがくるりと宙返りをする。さやの背中を飾るように たくさんの尻尾が揺らめいている。キツネたちには数えなくても分かった。 恐らくその尾は九本。あれこそは、祭主の家の先祖に封印されたキツネ神。 九尾の狐に間違いない。  キツネ神は、謡いながら小屋の中へ入ってくる。村人たちは慌てて席を空け、 それを招きいれた。さやが座ったのはあの傷ついたキツネの前。 村人とゴンが不安げに見守る。さやの手に青白い炎が灯る。 それをゴンの母に近づける。炎は一瞬の内にその包帯だけを焼き切った。 そしてキツネ神は、さやの身体を借りて傷ついたキツネの傷を舐めた。 するとどういうことだろう。見る見るうちにキツネの傷が消えていく。 そればかりではない。あんなにぐったりとしていたキツネがぱちりと目を開け、 その上立ち上がったではないか。  村人たちはただひたすら驚いてあんぐりと口を開けていたが、 ゴンが“ありがとうございます!”と言うと皆こぞってキツネ神に頭を下げた。 「ありがとうございます!キツネ神様!」 「ありがとうございます!キツネ神様!」 キツネ神は、再び立ち上がって、皆を見渡して言った。 「騒げ。飲め。歌え。踊れ。今宵はハレの日。大いに遊べ。」 村人たちが歓声をあげる。ゴンも、その母も目いっぱい歓声をあげた。 さやが表に出ると、皆がこぞって表に出て月を仰ぐ。 そして、鳴き声を山中に響かせて歌い、思い思いに踊り出した。  それは、数十分ほどだった気もするし、一晩中騒いだ気もする。 そのあたりの記憶はおぼろげでさやは良く覚えていない。 だが、自分の身体にキツネ神が降りてきたのは誰にも言われなくても なんとなく分かっていた。キツネ神となにかを話した気さえするのだ。  さやが目覚めた時にも、そこにまだ村はあった。そこは茅葺の民家で、 さやは温かい布団の上で昨日の男の子と一緒に寝ていた。 奥の土間の方から朝ごはんのいい臭いがしていた。 「あら、もう起きたのね。おはよう。」 その人はもうすっかり元気で、きのうあんなに苦しんでいたのが 嘘のようだった。さやは朝ごはんをご馳走になって家に帰る事にした。  ゴンはさやを村のすぐ近くまで案内した。その間にゴンは 何度もさやに礼を言った。そしてゴンは別れ際にこんな事を言い残した。 「右手の甲に痣ができてるでしょ。それはボクラとの友達の印だよ。」 言われて見てみると、さやの右手の甲に、小さなキツネの足跡のような 痣が出来ていた。 「山で困った時は助けてあげる。」 そう言ってゴンは山に帰っていった。 「早苗姉ちゃん、おはよう。」 さやがお隣の早苗姉ちゃんの家を訪ね、庭の垣根越しに挨拶をする。 アキが一つ大きく吠えてさやを迎えた。 「あ、さやちゃん。無事に帰って来れたのね。」 「うん。キツネさん、ちゃんと生きてたよ。手当てしたら元気になった。」 「おー。帰って来れたんだな。よかったよかった。」 「…てあれ?お兄ちゃんもいたんだ。」 さやの声を聞きつけ、廊下から出てきたのはなんと裕樹だった。 「いちゃ悪いか。なんだお前、家族である俺より先に早苗に挨拶に来てんのか。」 「だってお祖父ちゃんに言われたんだもん。早苗姉ちゃんに  お礼言いに行きなさいって。」 「裕樹は妬いてるのよ。まったく、裕樹ったらいつまでたっても  妹離れしないんだから。」 「黙れ。」 さやが村に下りてくると、村の外れで祖父が首を長くしてさやを待っていた。 祖父は、さやの頭に手を置いて『もうこんなことがないようにな』と言った。 いつもえばってる祖父が、この時はなんだか可愛くみえた。 その後聞いたのだが、昨夜の舞台は早苗姉ちゃんがさやの代役として 踊ったらしい。 「私、あの舞好きだからお祭り見てて大体振りを覚えてたの。」 「まったく立派だよな。さやは結局ちゃんと覚えられなかったのに。」 裕樹が得意げにさやをからかう。生意気なその言葉もどこか滑稽に聞こえる。 そうだ。裕樹はまだ何も知らないのだ。さやが昨日、なにを見てきたか。 「そんなことないもん。私、昨日ちゃんと踊れたよ。」 二人が「え?」と揃って聞き返す。さやは昨日舞台には立たなかった。 だから早苗が代役を務めたのではないか。そんな二人を見てクスクスと笑った。 「実はね…」