逝け の アイドル30年史  70年代

 

1970年  該当なし

いわゆる ヤングアイドル といえるような人はまだ登場してこない。ヒットチャートはいわゆる
大人?が占領している。(年間1位は皆川おさむ だが これはアイドルというよりガキ)

 

1971年  

小柳ルミ子  わたしの城下町

新人にしてこの年の年間売上第1位。文句のつけようのない実績だし
30年近くたった現在も芸能界に残っている(イメージは悪くなったが)
歌唱力に問題の多いこの時期のアイドルのなかでは安心して聞けた

 天地真理  水色の恋

 南沙織 17才 

など70年代前半をリードする人たちが次々デビューした。
ただいずれも年上か同年代なので いわゆる ”萌え”にはいたらなかった

 

1972年

  森昌子  せんせい

ルックスを重視する人には問題外かもしれないが
 歌唱力ではいわゆる中3トリオのなかでダントツだった

 麻丘めぐみ  芽生え
ある意味で最初に ”萌え” や ”ときめき”の対象になったかも
手ごろに年下(藁)だったわけだし
 

 

1973年

 アグネスチャン ひなげしの花

アイドル史のなかで大きな位置を占めているのがこの人
年齢の割には幼く 現在の加護亜依に近い雰囲気を持っていた
ここらへんから TOPアイドルが カワイイ系にシフトしてくる

 桜田淳子 天使も夢見る 

 山口百恵 としごろ 

浅田美代子 赤い風船

あべ静江 コーヒーショップで

キャンディーズ あなたに夢中


とつぎつぎとヤングアイドルがデビューし
アイドルポップスの第1期黄金時代といえるかもしれない

 

1974年 

逃避行 麻生よう子

この年は 出揃ってしまったせいか新人不作 そんななかでじわじわと
曲のよさで売れ ついに最優秀新人賞をとってしまいました

小林麻美  初恋のメロディー

自動車事故は不運でした

 

 

1975年

 岩崎宏美 ニ重唱 

歌唱力のあるアイドルとして評価が高かった。

 太田裕美 (雨だれ)

アイドルとアーティストの中間路線で成功した数少ない人のひとり
結局アルバムは11枚目まで連続して買いました
 

 

1976年 

ピンクレディ ペッパー警部

意外にも年間50位以内に入っていない!
2曲目の SOS が次の年にはいってブレイクし、この曲も77年の14位
しかし そのあとはものすごいことになった。
77年から79年まで他のアイドルが出てこれない

ある意味では 日本の音楽文化を破壊したのかもしれない。
これ以後 音楽そのものよりも 衣装や振り付けといった
視覚的要素のほうが重要視されていくのである
 

というわけで70年代後半は新人アイドルにとっては氷河期になってしまう
(80年代後半のほうがまだマシかもしれない)

 

1977年 

 高田みづえ 硝子坂

 

1978年   該当者なし

 

1979年    該当者なし  

 

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2000年3月22日  いけ

2001年12月27日  逝け  加筆

2002年 7月18日 逝け 加筆

 

まだまだ忘れている人がいると思うので随時加筆していきます