仙波東照宮データファイル

仙波東照宮の見どころ


 喜多院の山内の一角には,それほど立派・豪華とは云えないが東照宮がある. 立派な見かけの東照宮は全国各地に存在すると思うが,ここ川越の東照宮(仙波 東照宮という)は日本三大東照宮の一つなのである.残る二つは日光の東照宮と 静岡久能山東照宮である.私が高校生のころは自由に出入りができたような記憶がある が,その後修復され一時期山門が閉ざされていたが見学ができるようにもなった.可能 であれば見学を推奨したい.

仙波東照宮のスナップ.
東照宮随身門
石段下から見た東照宮
東照宮門扉の三つ葉葵
東照宮随身門 石段下から見た東照宮 東照宮門扉の三つ葉葵
仙波東照宮本殿
東照宮本殿と石灯篭
仙波東照宮
仙波東照宮本殿 東照宮本殿と石灯篭 仙波東照宮


 喜多院に向かって左側の路地を奥へ回る.喜多院の南側の小高いところ,右 側に仙波東照宮が見えてくる.左側には東照宮山門の随身門(写真左上)があ る.仙波東照宮の仙波とは,昔このあたりを仙波村といっていたかららしい, その後合併により現在の川越市となる.東照宮は写真をみてもらうとわかると おり,日光東照宮や久能山東照宮に比べると,豪華とはいえない.しかし,日 本三大東照宮の一つなのである.その由来は以下のようなものである.
 徳川家康没後,久能山に埋葬された遺骸をその遺言により,日光へ埋葬する 途中,徳川家と強い関わりのある川越に立ち寄った.この折,天海僧正が喜多 院において4日間の法要を行った.後に,日光,久能山と並ぶ仙波東照宮が寛永 10年(1633) に建立され,現在の建物は,1640年(寛永17年)に再建された.
 正面の石段を上ると,三つ葉葵の紋の付いた門があり,奥に社殿がある.社 殿の正面には,石灯篭があり,向かって右側が松平吉保(柳沢吉保?)が元禄 15年12月16日に寄進したものらしい.赤穂浪士が吉良邸に討ち入った翌日らし い.
 中央下の写真の石灯篭に刻まれた寄進者の名前は,従四位下美濃守源(?) 朝臣松平吉保と読める.日付は,東照宮元禄十五年壬午(みずのえ)十二月十 六日と読める?





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