masquerade.2



 第二王子生誕祭の当日がやってきた。
 あれから、王室より正式に仮面舞踏会の開催が発表され、元々が収穫祭や奉納祭などで祭慣れしている明るい国民気質も手伝って、あれよあれよと言う間の1ヶ月余に驚くべきスピードで準備が整ってしまった。
 無論、王宮で開かれる舞踏会へは招待された人物以外出席することは叶わないが、国内の至る所で仮面舞踏会は開かれる。街中に仮装の為の衣裳屋が出店し、他国からも観光客が殺到する。

 当日の天気は、快晴。
 昼過ぎには王宮のバルコニーから第二王子が姿を現して、国民の寿ぎムードは更に加熱した。
 花で飾られる市街地、リボンが乱舞して金と青の敷布が山車を覆う。金は王室、青は第二王子を示す色だ。
 そういえば彼の王子が生まれた時も、そうやって国民は寿いだのだったか。

 他愛の無い菓子や玩具を手に露店をひやかして歩くのは、誰にとっても楽しいものだ。
湯気の立ち昇る屋台が繁盛して、子供たちが笑い走りながら大人たちの足元をすり抜けて行く。
 大通りでは踊り子達のパレエドがあるらしい。太鼓と笛と囃子の音が近付いて来ると、皆が一斉に喝采を贈った。

 誰もが仮面を付け、ある者は仮装し、ある者は化粧を施し、誰が誰だかわからない一種異様な雰囲気を纏いつつも、誰もが笑っていて。
 華やかに夜はやってきた。



 篝火がはぜる匂いと楽団の演奏に包まれ、ルーキウスに連なる王族、他国から招かれた貴族、次々と賓客が王宮に到着する。王家の紋章の透かしが入った招待状には只、無礼講、と。
 煌びやかな各位の衣裳、仮面に隠される素性は誰のものなのかようとして知れない。実は王宮の警備にあたる近衛の面々も、地味ながら仮装を仰せつかっている。
 贅を尽くした酒肴が用意されいよいよ宴が始まろうとしている中、第二王子の従者セレストは、大汗をかいていた。



 一体、何がどうなっているのか解らない。支度が済んだら迎えに来てくれ、とカナンからの伝言を貰って部屋へ参上すると、中はもぬけの空。

 抜け出されたか、との考えがちらりと頭を翳めた。
 冗談ではない。常日頃ならともかく
いやそれも問題だが)本日の主役は、カナンなのだ。いらっしゃいません、で済むことではない。それは当人であるカナンも勿論、承知していることだ。
 更に
騎士団の本隊は今、市街各地の警備に配属されていて王宮にはない。多少に拘わらずカナンの風体を知る騎士団員が数多く市街に出回るこの夜、自ら城を抜け出すということはまず無いと見ていい。
 
 そして、抜け出すならそれとなく、必ず、痕跡を残して行くものだ。彼の人ならば。

 開けられた窓、置手紙、脱いだ上着だったこともある。どれもこれも、たったひとりの従者への悪戯めいた伝言。探して、見つけて、と金色の残像が見えるような。

 しかし、いま見渡した限りのカナンの部屋はしんと冷えていて、綺麗に整った室内からはどんな密やかな痕跡をも見出すことは出来ない。

 これは・・・団長の叱責を覚悟で近衛騎士隊に召集をかけるか。いや叱責を恐れるわけではなく、むしろ怖いのは、カナンの身に何かが起こったのかもしれないということ。
 そこまでを一瞬で考えて、ぞくりとセレストは背筋を凍らせた。らしくもなく、手指が震える。
 しかしそれもまた一瞬で打ち消して思い直し、セレストは冷静さを取り戻す。素早く室内と窓の状態、施錠を確認し、くるりと踵を返す。各国各地から来賓のある今夜、騎士団による警備は万端整っている。賊の侵入した形跡も当然の如く無い。
 ・・・となれば、まずは王宮内を隈なくお探しするまでだ。



 思い返されるのは、これまでのカナンの様子。
 1
ヶ月前、生誕祭の企画を聞かされたあの日、あまりのカナンの可愛らしさについ我を忘れて抱きしめてしまったが、それが子供扱いと取られたのか、はたまたついうっかり禁句を言ってしまった所為かいや確実に後者であろう彼は気にいらなかったらしい。殴られた。グーで。
 不承不承、折角の申し出だが自分は当日も王子警護の任にあたらねばならない為、やはり公の場で手を繋いだり、などということは出来かねると固辞したところ、若干気落ちした様子を見せたものの、まあ仕方ないかと微笑みもした。
 あれからしばらく、カナンは何かと物思いに耽っていて、しかしそれを表には決してあらわさず兄王子や姉姫に、常と変らぬ穏やかな笑顔を見せていて。
 けれどセレストの目には。

 表面上は何も変らないように見受けられた。毎日午後の時間に参上する時も。おやつの時間にも。     閨の中でさえ。
 だが、その蒼の瞳の中、微かに隠された思いに自分は気付かなかったか。微かな、そう、本当に微かな揺らぎに違和感を覚えたりはしなかったか。

 欲望に堪えかねて強く腰を動かすと、その瞳はすぐに閉じられてほろほろと涙を零した。何かを見逃した気がしてもう一度瞳の色が見たくて、掬うように目元に口付けても、その蒼はいよいよ開くことはなく、ただセレストの耳元で絶え絶えの高い喘ぎと共にもっと、と呟かれて理性が弾け飛んだ。
 白い四肢と金の髪が自分の下でふるえる様が愛しくて、その晩は彼が気を失うまで離すことが出来なかった。それでついに、最中に感じた違和感の元を追求することはできなかったけれど。

 どうやらその後、何かの考えに到ったらしい。
 彼の王子が考えることは、時にセレストの想像を遥かに超えていたりするものだから、いつも振り回される羽目になる。
 振り回されている実感があるからといって、振り回されないわけにはいかないのだ。
 彼が王子だから、・・・否、彼が大切なひとだから、それがどんなに困難な事であっても、いつもすぐ傍に。
 ただ、そんなセレストの困苦を当のカナンは知っているのか知らないのか。
 どちらにしても罪の深いことである。

 「まったく・・・あの方は本当に・・・」
 弱りきった息と共に吐き出された従者の独白を聞くものは、いない。



 王城の隅々までを、それこそ倉庫から厨房から探しに探して途方に暮れたセレストは、まさかと思っていた大広間に辿り付いた。招待客でごった返す中に主役が居れば、必ず大勢に捕まって持て囃されることになるからだ。
 カナンがそういったことを好まない性質であることは、他の誰でもなくセレストが一番良く知っている。

 だが、しかし。
 ここに来て、セレストは肝心なことに思い至った。
 カナンの扮装を、自分は全く知らないのだ。
 確か、何日か前に衣装について訊ねてみたことがある。何気なく訊いたのではあるが、その時のカナンはにっこりと、完璧なまでの笑顔を見せてこう答えたのだ。細い人差し指をすいと頬の横に出して。
 「ふふふ、ひみつだ」
 と。
 
その時は特に気にも留めていなかった。騎士団の仕事が祭の準備で慌しくなったこともあるし、何より当日舞踏会の前には会えるからと、そう思っていたからだ。
 なのに今、カナンを探して走り回る有様。この仮装と仮面と厚化粧大会の様相を呈している広い会場で、如何にしてどんな格好かも判らない相手を見つけ出せというのか。
 くらり、と目眩を感じた、その時。

 大広間の中央、遠く人々の輪に囲まれるようにしてきらりと小さく金の光が見えた。
 見紛い様も無い、夜の灯火の下でも一際豪奢な輝きを放つ、あの髪。

 ほっと安堵すると共に、他に何も見えなくなる自分をどこかで自覚して苦笑を漏らし、セレストは人波の中に飛び込んでいった。
 背の高い帽子を被った道化に差し出された盃を断り、孔雀の羽根だらけの貴婦人に絡まれそうになって慌てて逃げ、狐の仮面を付けた謎の迷子にマントを掴まれ、近くに居た同僚に預ける。
 マスカレイドは夜半まで続く。晩餐を終えた来賓がどんどんと広間に流れ、歌い、踊り、談笑する。
 黒い仮面の蝶が纏わり付いて来たけれど、待っているひとが居るから、と伝えると「あら残念」と妖艶に笑まれた。

 「失礼、通してください」
 「痛ぇな、尻尾踏むなよ兄ちゃん」
 「ああ、す、すまない」
 尻尾の長い猿に文句を言われ、慌てて謝ると「身は入っておらぬので、心配無用」と良い声で笑われて汗が出た。考えてみれば扮装の中は王室の晩餐会に招かれても不思議はない身分の人々で、セレストはひたすら恐縮する。
 しかし無礼講、という言葉通り、今夜に限って身分の差は存在しない。仮令相手が王族であろうと仮面を付けている限り、存在するのは只の人と人。それがルールであり、大人の遊びでもあるのだ。

 ・・・其処で築かれた関係が、ただの一夜で消える夢であろうとも。



 骨を黒い衣装に描いた者、角を頭の両脇に生やした者、異形の群れ。
 妖精、精霊、伝説上の人物、極彩色の雲を纏い、マントに銀粉を散らして、ペチコートは幾重にも。
 誰も彼もが笑っていて、誰が誰なのかもわからない。狂乱の夜が永遠に続くかのような錯覚に陥る。
 それでも、金のひかりは確かに其処に存在していて、セレストは只それだけを目掛けて人波をかき分ける。



 唐突に人の壁が途絶えて、ぽんとセレストは飛び出た格好になった。
 金色のすぐ横に居た美しい花売り娘これはリナリアであろうが、先に視線を向けてきて、ふうわりと微笑んだ。

 「お待ちかねの殿方ですわ、姫」

 唖然とするセレストの前で、その佳人はゆっくりと振り返る。
 繊細なレエスが長い髪の半分を隠し、振り返る動きに合わせてゆらりと膨らんだ。
 それに伴って、夢から覚めるようなまばたきをひとつ。仮面の奥の長い睫毛。

 その姿はセレストが思い描いていた、どんな想像ともまた違うもので。

 どこからどう見ても。極上の。

 美姫、だった。



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ひええ、終わらないィ!(≧□≦)
すすすみません。まだ続きます。
だってまだ甘々ラブラブに至ってないんだモン!<モンとかゆーな
マスカレイドの描写に心血注ぎ込み過ぎたのが敗因かと思われます。
でも実力不足の為、どうしてもこれが精一杯(泪)
うざい小説だなあ。
カナン様女装ネタもどっかを探せばどっかに絶対有るもんですが
やはし余所様のところのが面白いと思います。(屍)
あ、あんまりケンカな雰囲気じゃないや、あはん。<・・・
20020506.yuz

<BGM:masquerade/The Phantom of the Opera>