新入団員の入ってくる季節となった。
王国の緑に祝福されるかのように、試験に合格した若者たちが誇らしげに騎士団への切符を手にする、5月の入団式。
『我々はルーキウス王家に忠誠を誓うものであり、王国の平和の為に日夜努力邁進するものである。
精進を怠らず、精錬であれ。潔白であれ』
騎士団最高位を示すエンブレムと、背後には初夏の風に重くなびく騎士団旗。団長の短くも苛烈な訓示を心に刻み、最年少15歳からなる新騎士団員たちの生活が始まるのだ。
王国の騎士団は、男の子なら誰でも一度は夢に見る憧れの職業である。中でも王室に最も近しく従事し、様々の祭事に駆出されることの多い近衛騎士隊ともなれば、花形中の花形であった。
あの緑青の隊服に袖を通し、左に帯剣、純白の手袋。普段街に出て警備の任に付く時とはまた違い、式典では踝までの長さのマントが正式なものとなる。まさに騎士を具現化したような姿が、人気を煽る。
その仕事の殆どが軍事訓練などではなく、街の迷子の保護だとかお婆ちゃんのでかい荷物を持って手を引いてやるだとか祭りでの喧嘩の仲裁で酔っ払いに絡まれたり泣き付かれたり介抱する羽目になったりだとかな内実であろうとも。親しみ易さで言えば、他国の騎士団などよりもずっと国民に近い存在と言えよう。
加えて騎士団の長、アドルフ・アーヴィングの剣技の冴えは他の追随を許さずと聞く。入団して間も無いピヨピヨの若人たちにとっては、憧憬を通り越して崇敬の的とさえなっていた。
その頃、セレスト・アーヴィングは騎士団棟から王宮へ続く長い廊下を歩きながら、今年も俺は小間使いなんだよもうどうせ、とか思っていた。
近衛騎士団副隊長と言えば聞こえは良いかもしれないが、新入団員の訓練から団員寮の手配から書類手続から各種保険の斡旋と、何から何までを任されまくってしまう、いわば総務のお兄さんなのである。同僚達が肩代わりしてくれる部分もかなりあったが、それでも自分が采配しないことには動かない仕事も多分に有る。小間使い、というよりはコマネズミのように働かされる季節なのだ、今は。
そんな雑務の数々を、やれ、の一言で片付けた当の団長は、素腹(新語)をホリホリと掻きながら『オイついでにコレ持ってってくれ』などと言い、捺印した書類をセレストに押し付けた。扱っているのは王家と騎士団の透かし紋章入りの重要書類でも、ナリは只のおっさんだ。隊服の下着を捲り上げて腹を掻いている、その姿があの威風堂々とした騎士団長のものだと最初から知られていれば、入団員の数は半減していたであろう。溜息も漏れようというものだ。
「何だよ」
「・・・腹掻くなよ」
「イイじゃねえか腹ぐらい。痒ぃんだからよ」
ぐらい、って何なんだ。とのツッコミも不毛な気がしたので黙っておく。
・・・新入団員たちにはつくづく申し訳ないが、こんなおっさんに夢見て入団するのは騙されている、とセレストは思う。
思い出されるのは入団式で漏れ聞こえた、新入団員たちの会話。
「団長、格好良かったよなー」
「ああもう絶対、この人に付いて行くってかんじ」
「渋いよなー」
「漢だよなー」
「なー」
ああドリーム。どちらにせよ、もうしばらくもすれば楊枝でシーシーやりながら便所スリッパで棟内をそぞろ歩く親爺の姿を否応無く見てしまうことになるだろう。それで夢儚く散り果てるか、更にそこに新たなる漢気を見出すのかまでは、セレストの関知するところではない。
ともかくも、書類を受け取ってセレストは一礼した。仕事は他にもまだ山積しているのだ。
「・・・リグナム様へお持ちするのですね。承りました」
「おう」
言いつつ次の書類を書く手は休めない。空いている左手が挙げられるのを見て、セレストは団長室を辞した。出鱈目な風体でいて、仕事は出来る親爺なのがなんとなく癪だ。
そしてそんな親父がカナン王子は大好きなのだ。
先日の妹シェリルの婚約騒ぎにおいて頑固親父の説得に大変(・・・)貢献してくれた王子へ、複雑な気持ちながらも一応の御礼を述べに行った時、かの王子はにこにことこう言ったのだ。
「良い父上ではないか」と。
「僕はアーヴィングが好きだな」とも。
「飴をくれたこともあるし」ってそれはいつの話ですか、な事も。
「もちろん僕にとっての世界一は、僕の父上だがな」と付け加えるのも忘れなかったが。
好きなひとが自分の父親を好き、というか懐いているという構図は嬉しいような妬ましいような寂しいような、複雑な心境になるものである。である、ということをセレストは最近知った。もし、自分にお嫁さんが来て、親父と意気投合したらこんな気分なのかなとか、考える。
そして、独り赤面する。
お、・・・嫁さんだって。か、カナン様が?
そんな、とんでもない!不敬に過ぎる。
でも。
・・・。
・・・。
・・・。
我ながら阿呆な妄想だとは思いつつ、止まらない。
実はこの3日ほど、いちども第二王子の側へ上がっていないのだ。
新人教育に纏わる雑事で忙しくなりますとは伝えてあるものの、まさかこんなに長引くとは思ってもいなかった。
何事にも優先されるべき任務である第二王子の警護に当てられる時間も、祭事や行事の無い今の季節では近衛騎士隊での庶務に割かれる割合が多くなる。しかしだからといってこう何日もカナンの顔を見ていない、見られないという状況は仕事抜きであってもセレストのストレスを、より大きく重くする。
・・・今頃はお茶の時間か。今日も機嫌良くおやつを食べて下さっているだろうか。あの方のことだから、案外羽根を伸ばしていらっしゃるのかもしれない。よもや城を抜け出す算段までは流石に・・・。いやいや主君を信じろ。でも完全に信じさせては下さらないところが、あの方のあの方たる所以なのではあるが・・・。
なんとなくはかない気持ちになって、空を見上げてただ歩いた。何故だか忙しくしている時など不意に時間が空くと、あの蒼い眼を無性に見たくなる。疲れているのかもしれない。
途中、渡り廊下は天窓が開いていてとても明るい。侍女たちの手によって其処此処に花が生けられ、ふわんと涼しげな香を漂わせている。花の香を辿って歩いてゆくと、終点が第一王子リグナムの執務室だった。
「リグナム様、失礼致します」
「ああ、セレストか。入りなさい」
応えを待って入室する。まるで線を引いたかのように、花の香から紙の匂いへ世界が変わった。巨大な書棚に整然と並べられた資料、落ち着いたブルーグレーを基調としたリグナムの執務室は主の勤勉さを見事に物語っているようで、すとんと心の静かな気分になった。
「団長より書類を預かって参りました」
「うむ、有難う。丁度良かったセレスト、東地区の架橋工事の件はどうなった?」
「はい、周辺住民への説明と交通整理担当の配分は全て完了しています。こちらが担当者一覧です。後程こちらへ詳細をご報告に上がらせますが・・・」
「いや、それには及ばない。一任しよう。D2の崖崩れの件は?」
「幸い、怪我人は居ませんでしたが山道は完全に塞がっています。復旧にはしばらく時間がかかりそうです」
「そうか・・・」
「架橋工事に人手を割く為、復旧の方まではなかなか行き届かないのが現状です。団長と相談したのですが、新入団員の訓練と演習を兼ねて復旧作業にあたらせることにしました」
「新入団員・・・いきなりそんな労働に駆出して大丈夫なのか?」
セレストは微笑んだ。
「今年の新人は、なかなかに見所のある者が揃っております。ご期待に添えることかと」
「そうか、ではそれも任せる。よろしく頼む」
「かしこまりました」
書類をとんとん、と揃えてふと、リグナムがセレストの顔を窺うようにする。
「?リグナム様、何か・・・?」
「いや、・・・少し疲れているようだな、セレスト。ちゃんと休んでいるのか?」
「ありがとうございます。お休みはきちんと頂いておりますから、ご心配には及びません」
「あまり無理をするな」
「はい」
にっこり微笑んで一礼し、踵を返す。その時。
どきん、と心臓が鳴った。
目の端でとらえた金の光は、間違えようもなく。
「かっ、・・・カナン様!」
「やっと気付いたか、ばかめ」
出会って第一声としてはあんまりな言葉を吐いたセレストの主は、その部屋の隅っちょに椅子を引き出してきてちょこんと座っていた。
ティーカップとソーサーを上品な仕草で両手に持ち、上品な割には膝の上にレェスのハンカチで包んだクッキーを置いている。
皺になるのも厭わず、尻の下にマントが引き込まれている様子がひどく幼く見えて。
「な、何をなさっておられるのですか」
「見てわからんか。おやつを食べているのだ」
可愛い外見にそぐわず可愛くない答えを返し、カナンはつーんとそっぽを向く。3日も自分を放っといたことも気に入らないが、やっと姿を見せたと思ったら自分になかなか気付かないことにむかつく。
それに、きびきびした動作で仕事をこなしているセレストの姿を垣間見て、ちょっといいな、と思ったことは絶対に悟られたくはない。
おたおたと困るセレストに、リグナムが苦笑をもって助け船を出した。
「そんなに意地悪を言うものではないよ、カナン。従者が居なくて寂しいといって、わたしの部屋に押しかけてきたのはお前なのだからね」
「・・・っ、兄上!僕は別に・・・!」
かあ、と耳まで赤く染めた弟王子には構わず、リグナムはセレストに言う。
「という訳で面倒を掛けてすまないが、部屋まで送ってやってくれないか。ここに居られると君の話ばかりを聞かされて、セレスト博士になってしまいそうだ」
「あにうえっ!」
こみ上げる笑いを隠し切れず、セレストは肯いた。
「かしこまりまし・・・ぶっ!」
最早茹で蛸のような王子に正面からちょっぷをもらう。
「〜〜〜っ!失礼します兄上っ。行くぞセレスト!」
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