nail scissors.1


 折角抜け出してきたのだから、ここはやはり買物だろう。

 カナンは基本的に買い食いはしない。空腹になったら城に帰ればいいだけのことだし、何より家族揃ってする食事の時間を、こよなく愛している所為もある。原料の知れない変なものを食べないで下さい、との従者からの躾が行き届いている所為でもある。
 その従者が口酸っぱく抜け出さないで下さいっ、と言っていることは躾ではなく説教だと思っているので、きれいに聞かなかったことにしているが。


 ルーキウスの城下町は雑多で色彩が豊かで季節感に溢れていて、来る度に違う様相を見せてくれる。
 さざめく人々に、威勢の良い掛け声をあげる屋台の店主。いつ来ても新年のような賑わいを見せる生鮮品の店並びを横目で見つつ、カナンはそぞろ歩く。何度目であろうとも、何もかもが珍しい。楽しげな人々を見ているのが楽しい。
 香ばしい匂いを振り撒くパン屋、磨かれたガラスのショーケース、色とりどりの星砂みたいな金米糖を盛った菓子店、それを買い求める小さな女の子、花屋の角、大きな籠へ無造作にどっさり入れられた山吹の枝を避けて曲がると、こぢんまりした雑貨屋に辿り着いた。

 別に絶対要るわけじゃないけれど、以前から気になっていたものを、買う。
 店主に使い方を聞いたら何処のお坊ちゃんだい、と笑われたので少々むっとした。それでもちゃんと丁寧に教えてくれたから悪い気はしない。礼を言って、店を出る。
 「ふふっ」
 自然に笑みが零れた。買物も、楽しい。この包みを開ける時のことを考えると、また楽しい。

 きゅ、と包みを大事に持って帰ろうと前を向いたとき。

 「カーナーンーさーまー!!」
 「ぅわあっ!」
 カナンのすぐ目の前に青い髪と翠の瞳、眉間に皺。
 両手を腰に当てて上から見下ろすように、ひとりの青年が立っていた。

 「驚かすなセレスト!」
 「私は何度もカナン様に驚かされっぱなしです。少しくらいの意趣返しはお許し下さい」
 まさにがみがみと、往来で説教を始めるその青年、セレスト・アーヴィングはカナンの只一人の従者だ。従者であり、冒険のパートナーであり、実は恋人であったりするのだが、この場合百パーセント従者モードであるようだ。
 「僕は別にお前を驚かせた覚えはないぞ」
 「ではハニーのヌイグルミにお服を着せて、机の前に座らせておくのは何ですか」
 にっこり笑ってぷに、とカナンは人差し指で自らの頬を押す。
 「ただの冗談だ」
 「失礼します」
 「ひたたい、ひたたい」
 押した頬とは反対側の頬が、セレストの指に引っ張られて伸びた。主君の頬っぺたを引き伸ばすなど不敬だと言われようが、昔からこれがセレストの教育的指導である。・・・効き目は薄いものの。

 道行く人が、何事かと見て流れてゆく。
 「さ、帰りますよ、カナン様」
 衆目を集めていることに気付き、セレストは慌てて主君を促して腕を取った。
 城内から真っ直ぐ駆けて来て雑踏の片隅、店から出てきた王子を見付けた時は毎度のことながら心底ほっとした。嬉しそうに何か買ったものを握り締めて忍び笑いを漏らす、その可愛らしい様子に、ちょっとどころではなくかなり心を動かされたのだけど。
 もう少しだけ、自由にさせてやりたいとか。
 一緒に隣を歩いて何の気構えもなく町を散策するのは、どんなに楽しいことだろうとか。

 しかしつい口からはみ出そうになった仏心は、先程の記憶によって押し戻される。そもそも鎮座しているハニーのヌイグルミを見て、マジ驚きした自分が恥ずかしかったりするのでセレストの顔もすこし赤い。
 「…なんであれしきで真剣に驚くかな。おかしなやつだ」
 追い討ちを掛けるかのような張本人の言葉に、がっくりと脱力する。それでも主君を捕獲した手を離さずに、ぐいぐいと連行するあたり、職務一辺倒の青年らしい。
 「・・・それで。今日は何をお求めになったんですか?」
 「む?うむ・・・」
 珍しく歯切れの悪い王子にセレストは振り向く。人込みの中、腕を引っ張られるにまかせてとことこついて来るカナンの目線が泳ぎ、従者の方を見ようとはしない。おかしい。
 「カナン様」
 「・・・」
 「カーナーンー様ー」
 「あ、あれはなんだせれすと。とてもめずらしいものがある」
 「棒読みの台詞を仰らないで下さい。何をお買い求めになったんですか?」
 この従者に生半可な誤魔化しは通用しないか、とカナンは諦めてしぶしぶ口を開いて、言う。
 「むぅ・・・つめきりだ」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
 何となく、頬を赤らめて言われた言葉に、間抜けた答えを返したのはやはり従者。
 「だから、爪切り鋏だ」
 ちろりと目を上げると、案の定目を点にしたセレストの顔が見えた。だから言いたくなかったのに、と半ばやけくそになったカナンは開き直る。
 「この間、騎士団寮に行ったらアーヴィングが居て、爪を切っていたんだ。僕もあれをやりたい」


 聞けば王子はそれまで爪切りの存在を知らなかったというのだ。彼の爪は何週間か毎に、侍女たちがやすりをかけて形と長さを整えている。ところが先日こっそり遊びに行った騎士団寮、其処ではアーヴィング(父)がひとり、足の爪をパチパチと切っていたらしい。勿論得物は爪切り鋏だ。
 「とても、良い音がして楽しそうだった。僕もあれをやってみたい」
 開き直った王子は瞳をきらきらさせて、セレストに詰め寄る。頬を紅潮させて両手を拳に固めて。

 ・・・可愛い。
 可愛いが、そればかりが原因でなく目眩がするセレストである。


 あれ程来るなと言ったのにまた騎士団寮に来られていたのかこの方は。ていうか親父・・・なんでどうしてそんな処で爪をしかも足の爪をそんな処で足の爪を。
 ・・・た、楽しいかなあ。

 やってみたい、というからにはアーヴィング
()にも断られたのだろう。さすがの騎士団長も、第二王子に爪切りを貸与は出来なかったらしい。
 で、彼自身で売っている場所等、何かと探りを入れて本日のお忍びと相成ったわけだ。


 「だから、帰るぞセレスト。僕は今日は爪を切る」
 満足そうに続けられた王子の言葉に、セレストは我に返った。
 「い、いけませんっ」
 言われた言葉が意外で、カナンは口を尖らせる。
 「なんで」
 「危ないです」
 「危なくなんかないだろう、自分でやるんだから」
 それが危険なんです、とは流石に言えず。
 「爪切りはね、コツが要るんです。慣れていないと怪我をしますから」
 「そうなのか?」
 素直に見開かれる目に、嘘は言っていない筈なのに何故か良心が疼くセレストである。変な汗が滲んだ。
 「ええ。ですからご自分で爪を切るのは、おやめ下さい」
 「そうか・・・」
 しゅん、と。
 俯いて、悲しげに伏せられた蒼い瞳に、セレストはつい生唾を飲んでしまう。そ、そんなに爪切りがしたかったのかな、と少し可哀相な気持ちが引き出される。ひどく小動物を苛めているような気がして、金髪の少年の桃頬に手が伸びた。
 「カナンさ・・・」
 「じゃあお前が切ってくれ」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・は?」
 半ばで止まる手。
 「うむそれは良い考えだ。お前に切って貰うなら怪我もしないし、僕は爪切り初体験だ」
 「いやその」
 「何だ文句あるか。なら僕が自分で切るぞ」

 ぞ、ってそんな脅しみたいに言われても。

  固まる従者を余所に、うきうき王子。捕まえられていた腕を解き放ち、逆にセレストの腕をがっしり掴む。まさしく、『うきうき』と擬音が聞こえるようだ。
 「よし決まりだ帰ろう。行くぞセレスト」



この場合、従者でパートナーで恋人に選択の余地は、もちろん無い。






next.




ん〜、続きます。・・・てへ(≧▽≦)★←某続きはどうしたのよっ!
いやアレもかいてますかいてますがこっちがさきにできたのでわすれないうちにほら。
言い訳、以上。

さて爪切りネタです。王レベお約束の風邪ネタとか風呂ネタとか酒ネタとか
色々書いてはみたいんですが、まあどこにも無さげなのを先に出しとこかな、と。
この後、ラブな展開に、・・・なればいいなあ(≧□≦)!<希望かい
いやあ、フェチでラブにしようかと(ナニソレ)は思ってんですが
私の考えてるラブいのと読んで下さる方のラブいのとでは
微妙にズレがあるんではとか、色々考えてるのですよー(痛)。
ちなみに管理人、けっこう手フェチです。暴露。
20020601.yuz

<BGM:Caramel Milk/CHARA>