ルーキウス王国の第二王子、カナン・ルーキウスは夏に弱い。
日に焼けると肌は真っ赤になって後で酷い目にあってしまうし、だからおちおち外も出歩けやしないし、元々そんなに体力のある方ではないし、そもそも暑いのが苦手なのだ。気だるいのだ。
透けるような白磁の肌、眩しい程の輝きを放つ金の髪に、瞳は天上の蒼。この国の始祖は北方の出身であったと聞く。カナンの、その容姿が一種の先祖返りであることを知るのは、ごく一部の者だけだ。
容姿を受け継げばその体質まで遺伝してしまうものなのか、現在の王室においてはカナン一人が夏場の暑さに呻いている。
容赦なく間近から照りつける太陽、夕暮れ前の雨に蒸される空気、日がな一日騒ぎ立てる蝉の声でさえ、かの王子の体力を遠慮なく奪ってゆく。
気が付いたら目を開けたまま意識が遠くなっていた、ということも一度や二度ではない。更に自分ではしゃんとしているつもりでも、周囲からすれば充分にぼんやりしているように見えるらしい。カナンさま、カナンさま、と目の前で手の平を振られることも、一度や二度ではない。
そんな彼の様子を見ておいたわしい、と心中の涙を流すのは勿論彼の従者、セレスト・アーヴィングである。
夏が近付くにつれ、鬱々とすることの増えたカナンはいつもの溌剌さが嘘のようで、話し掛けても「ん〜」とか「ん〜」とか「ん〜」とか呆けた答えを返すばかり。張り合いの無いことおびただしい。いや張り合う必要はないのだけれど。
それでなくとも、あのくるくるとよく動く澄んだ蒼眼が、夏場のこの時期には霞がかかったようにぼやけているのは心が痛む。
食も細いから夕飯をきちんと食べられるように、と侍従長のはからいで、おやつも減らされてしまった。身体の為には良いことなのだろうが、それが結構堪えていらっしゃるのでは、などと単純にそう思う。
・・・白い貌。この季節はより白く青ざめているようで、今も椅子でとろとろとまどろむようにするその姿は、この世のものでは無いような、危うい錯覚でさえ生む。
しかしそんな様子もひどく綺麗に見えるのは、恋の魔術ゆえなのか。
いっそ幻想的な。
(眠り姫みたいだな・・・)
不謹慎にもそう思った途端に、ずる、と落ちそうになった細い身体を慌てて抱きとめた。軽い。
「カナン様」
そっと呼びかけると、ゆるりと焦点の合わない眼が開かれる。
「・・・ん。・・・何だ?セレスト」
「何だじゃありませんよ、大丈夫ですか」
「ああ・・・寝てたのか、僕は。すまない」
言いつつ、そのまま体重を預けるようにして、セレストの袖口に顔を埋めてしまう。
「カ、ナン、様?」
「ん〜」
気だるい、そんな姿でさえセレストの心臓を騒がせるのには、充分な刺激であり。
金の髪の隙間から、細い項が見えて。
・・・甘えられてるような、気がするのは、気の所為だ。
それに、この様子には覚えがある。
似ている。確か。
以前、妹のシェリルがこんな、
「!」
思い当たった事柄に、セレストは赤面した。
(何を、ち、違う、俺は)
「セレスト?」
ほよん、と間近から見上げられる顔に駆け上がる心拍数。力ずくで押さえ込んで。
殆ど職業病のような、人に安心感を与える笑顔を作った。
「お辛いようでしたら、すこし横になられた方が」
「ん。そだな。・・・ちょっと貧血を起こしたみたいだ」
ひんけつ。
理性を砕こうとするかのような言葉を、あえて聞き流そうとするのには、ひどい努力が要る。
「・・・手をお貸ししますので」
「セレスト・・・」
「はい?」
「たのむ・・・」
「はっ!?」
ゆうるりと、首に両手が回されて。力無くしがみ付かれた状態であっても、セレストは動けなくなる。
「かっ、カナン様っ?」
「・・・つれてって」
ちいさく、耳元で呟かれた言葉はとても辛そうで、しかしセレストの動悸はそれと反比例するかのように。
ふ、ふ、と首筋に当るかすかな吐息に、何もかもが消去されて、
「し、失礼します!!」
ぐい、とその軽い身体を横抱きに抱え上げていた。
最速記録を更新しそうな勢いで、寝台へとたどり着く。
ふわりとその身体を横たえると、真っ白いシーツに金の髪が映えて、美しい。目を閉じて、浅い呼吸を繰り返す・・・自分だけの、眠り姫。
「カナン様・・・」
金の光に吸い寄せられるようにして、口付けた。
この際、姫でも王子でもどちらでも良い。セレストにとってはカナンがカナンであることが、大事なのだ。
「ん・・・」
夏は薄着でいいな・・・などとオヤジくさい事を考えながら、襟元を緩めて、もう一度。
「・・・ぁふっ・・・」
只でさえ、朦朧としているカナンはろくな抵抗を見せない。それを良いことにセレストの手は次々とカナンの着衣を剥いでゆく。合間に点々と朱を散らして。
眠り姫を、目覚めさせるかの如くに。
「セレ・・・」
「・・・」
弱々しい呼びかけにも、応える余裕などとうに無くしている。今はただ、甘い肌を味わうばかりにすべてが向いている。
何もかもを。
しかし。
「・・・でんち・・・」
「?」
睦言とは程遠い言葉が聞こえて、動きが止まった。
「カナン様?・・・何を」
「でんち・・・切れだ」
「・・・・・・はっ?」
ぼとり、とおちた白い腕。弛緩して。
「カナン様っ!?」
すぴ 。
「・・・・・・」
目覚めないスリーピング・ビューティほど、性質の悪いものは、ない。
夏なんて、大嫌いだ。