年中無休の王国騎士団、所属する団員には交替で休みが与えられる。
騎士団の中でも、さすがにトップともなれば好きな時に休めるのが通常では有るが(余談だが団長のアドルフはああ見えて仕事好きで、滅多に休みを取って家に帰ることはない)、そこそこ上役で下っ端でもない身分とあっては各方面との兼ね合いもあり、そうそう容易く休める立場にないのが辛いところだ。
そんな立場の中間管理職、近衛騎士隊の副隊長セレスト・アーヴィングが久々の休みを取って実家に帰ったのは、実の妹であるシェリルが結婚を期に、母親を温泉へ連れていってやりたいと言ってきた為であった。
普段なかなか親孝行を出来ない身の上、しかしそう何日も仕事を休むわけにはいかないから一日だけ家の留守居をして、更には密かに妹へ幾らかの金員を渡して親孝行の片棒を担がせて貰う。
楽しそうに出かけて行く母と妹を見送って、さあ留守番だと張り切ってはみたものの。
専業主婦である母が毎日の家の手入れを怠らないお陰で、掃除も洗濯も済み食事の準備でさえ整った家でこれで留守居と言えるのかどうか、まあ一応の用心の為といえば留守居の面目も立つといったところか。はっきり言ってしまえばする事が無くて退屈だ。如何に自分が日々、仕事に追われていたかを実感して苦笑が漏れた。
夕刻になってから植木にたっぷりと水を遣り、ついでに玄関前に打ち水をする。夏の日はまだ長くて、更に暑さを強調するのは蝉時雨。しかし西日に蒸された地面がセレストの撒いた水によって、すうと落ち着く様は見ているこちらまで涼めるような、そんな気がして心地がよかった。
今日も一日、暑かった。門扉の中に引き返しながら思う。描くのは常に片時も離れることなく心に在り続ける、かの主君。輝く朝の太陽を思わせる金色の髪や、澄み切った高空の如く濃い蒼の瞳は、確かに夏の属性ともいえる色合いだけれど。
皮肉ともいうべきか、非常に暑さに弱いのだ、彼は。
今日などは特に暑かったから、さぞかし辛かったことだろう。
この時期はいつも憂鬱そうに、冷たい壁に寄り添うように座っていたり。
何事にも身が入らなくて、話し掛けても生彩の欠いた生返事が返ってきたり。
しかし汗で首筋に貼り付いた髪を面倒くさそうにかきあげる様は、年不相応に艶めいていたり。
そうかと思えばおやつの氷菓子に目を輝かせたり。
服の裾を両手で持ってはたはた扇がせて、お行儀が悪いですよと言うと唇をきゅっと尖らせて暑いんだと拗ねてみせたり。
その裾からちらちら見え隠れする真っ白な腹部の肌とか。
セレストが中庭へ用意した盥に水を張って、嬉しそうに素足を浸す様とか。
その、指先だけが朱い、形の良い足の指先とか。
滑らかな線を描く、肉付きの薄い脹脛とか。
盥の底で滑ってしがみ付いてきた、驚駭にふるえる細い腕とか。
跳ね上げられた水で濡れた、素肌の透けた薄物の服とか。
・・・・・・・・・・・・。
その後に続きそうになった危うい回想を振り切るように、セレストは頭を振った。
一日休みを貰うことはもう以前から言ってある。昨夜の様子もいつもと変わりなく、ではまた明後日に、と言うとふわりと花が綻ぶような微笑みを返されて。
無言のまま寄り添ってきた細い身体を軽く抱きしめると、このひとと片時も離れていたくはない自分を、今更のように自覚してしまった。
“おやすみセレスト。良い夢を“
この国独特であるらしい就寝時の慣用句、耳元で呟くように言われた馴染みの台詞も、このひとに発せられるだけでどんな悪夢も祓い退けられる気がする。
今日の護衛の任は部下に命じてある。あまり他の者には任せたくなかった事柄といえど、今回ばかりは仕方が無い。
(・・・あまり、ご無体を仰せになっていなければいいが)
なかなかに一筋縄ではいかないともいえる第二王子護衛の任、ちょっと目を離すとすぐに姿が見えなくなってしまうが故に、手塩に掛けた部下をあまり困らせないでやって欲しいという思いと、・・・王子の無体の対象は願わくは自分だけであって欲しいという、想い。
恋する男は複雑なものである。
思い浮かべるだけで、こんなに逢いたくなる。
たった一日、離れていただけのことなのに。
明日になればいつもの如く登城して、また普段の日常に戻るのだ。それが待ち遠しくて堪らない。ちらりと遠く、斜陽に輝く白亜の城を望んで、末期だなあと自嘲した。
家に戻って風呂を使い、冷やしてあった葡萄酒を手に独りまた物思いに耽る。かの君も今頃は寛ぎの時間、少しは自分の事を思い出してはくれているだろうか・・・。
酒が回った所為か其の侭まどろんで、うとうとしていたらしい。ことり、と聞こえたかすかな音で、セレストは目を覚ました。
真っ先に見えたものは。
「あ、起きたか」
自ら光りを放つかの如く、見事な金糸。窓からの夜風にさらりと靡く。
「・・・!?」
今にも零れ落ちそうな程の、深蒼。まっすぐにこちらを見て。
「ふふ」
それから
「か!カナンさま !!!」
何か突飛で得体の知れない凡人には計り知れず常人には更に思いもつかない、単純に言えばろくでもない事柄を企んでいる時に見せる、・・・少し得意気な笑顔だった。
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