「お味は如何でございますか」
「ん、うむ美味い。お前の母上は料理が上手だな」
「・・・畏れ入ります」
長年暮らしてきた平凡な我が家の、普通のダイニングに金髪碧眼の王子様が居る。庶民の感覚ではまったく信じられないような光景が、只今アーヴィング家のダイニングで展開中なのである。
王子様は透き通るような白い指で銀のスプーンを持ち、クリームシチューを掬っては上品に口へと運ぶ。空腹に効いたらしく、その顔は上機嫌だ。
カナンはものを食べる仕草が猫の仔を思わせて可愛らしい。少しずつ口に入れて、幸せいっぱいの表情でうくうくと咀嚼する。言えば怒るので言わないけれど、この年頃の男の子がこんなに可愛く食べているのが似合うと思ってしまうのは、自分の目にフィルターがかかっているからなんだろうか。そう思うと苦笑が漏れた。
「?何だ」
「いえ、此処に付いてますよ」
「あ」
セレストが自分の顎の辺りを指し示すと、慌てたように赤くなって指先でぺたぺたと探るようにする。自分からは見えない、微妙な位置に付いたクリームはなかなか取ることが出来ないらしく。
「???」
「失礼しますね」
笑って手を伸ばし、親指で僅かに付いたクリームを拭ってやった。なんとなく拭った指、それをつい癖のように自らの口へ持っていきそうになって、自制する。王子の口元に付いたものを含むとはいくらなんでも不敬な気がするし・・・そんな行為はとんでもなく恥ずかしい。それに。
(らぶらぶのカップルみたいじゃないか・・・)
今更かい、と何処からか声が聞こえた気がするが、ここで自らを律しておかなければものすごくいけない方向に話が流れるような感じがとてもする。
それは一瞬の逡巡、目の端に布巾を捕らえたと同時に、セレストの手は若干温度の高い指に絡め取られた。そのままぱくりと、指先を小さな赤い唇に含まれる。
「ぎゃーーーっ!!!」
「ぎゃーとはまた失敬だな」
指先をちいさく舐め取ったカナンが、呆れたように眉を上げる。
「なっ・・・なっ、なっ」
「何だ」
「何でもありませんっ」
自棄のような涙が出るのは何故だろう。
(び、びっくりした・・・)
熱いシチューの所為かその指よりも更に温度の高い口内、真珠のような歯が微かに当たる感触、ぬるついた舌先の感触が親指の腹に残る。
(や、やばいまずいやばいまずい)
そんなセレストには気付かずにぱくぱくとカナンはシチューを完食、ご馳走様でしたとお行儀良く手を合わせた。未だばくばくと超過稼動中の心臓と戦う従者をよそに、席を立つ。
「時にセレスト」
「はっ、はいい!?」
すいと傍に寄って来られて腰が引けた。
「ものは相談なのだが」
未だ椅子に座ったままのセレストを見下ろして、言う。先程までとは打って変わった真面目な表情に、言われた方も硬くなる。
「何でしょう」
「僕はもう眠い」
「・・・ は?」
「満腹になったから眠い。もう寝る」
「いえ、あの」
脈絡の有りそうで無い会話に対応出来ない従者を予測していたかの如く、王子は宣言した。
「だから今日は此処に泊まる」
「なっ・・・!」
ぽんと両手を合わせて。
「そうと決まれば話は早い」
「きき決まってません!」
相談も何もと慌てて立ち上がりかけて、ずいと覗き込まれた顔に息が止まる。
「いいか、僕は眠い。今から城へ帰っても良いが、独りで帰るのはお前が許さないんだろう?しかし僕は非番のお前に仕事をさせる為に来たわけでは無いんだ」
くいくいと、いつもセレストがお説教の時にやるように、右の人差指を動かして。
「ならば仕方が無い。明日の朝、お前が城へ戻る時のついでに送ってもらう事としよう」
そうして笑み。・・・何処か勝ち誇ったような笑顔に、漸くセレストも悟った。
「・・・さ、いしょからそのお心算で」
「・・・何のことかな?」
笑みは崩れない。しかし、その蒼眼の奥に瞬間煌めいた悪戯っぽい表情に、悟りは確信へ。
椅子に掛けたままぐにゃりと脱力するセレストに、カナンは更に極上の笑みを向け、言った。
「靴を拾うのは明日だな、うむ」
to be continued.
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