「なあセレスト、今、僕の考えていることがわかるか?」
「わかりません」
即答された言葉に、むぅ、と王子は眉を寄せた。
「なんで即行で言うかな。もっとこう、じわっと響くものは無いのかお前ののーみそには」
ストレートでぐびぐびと飲み干されたカップに、新たな紅茶を注ぎながら従者は息を吐く。
「カナン様、・・・せめてもっと丁寧に脳味噌、と発音下さい」
「では言おう。お前の脳味噌には、これっぱかしも僕の思考を慮るという類型は詰っていないのか」
これっぱかしも、とちいさく片手の指先を合わせて眇められた蒼眼に苦笑してしまう。
「それはもう恐れながら常に充填、フル回転で活動中でございますとも。今度はいつ何処からどのようにして抜け出されるのか、そして向かわれる先は何処なのか、そうでなければ今度は何を通販でお求めになるおつもりなのか、尚且つ地下の倉庫で奇妙な遺物を掘り出してはいらっしゃらないか、更には」
「あああもういい。なんでそこまで余計な気を回す癖に、今の僕の気持ちがわからないんだ」
ぶうぶうと唇を突き出して、今度はその紅茶に暖かいミルクを注ぐ。ほわりと湯気が追加されて、紅茶の香りにミルクの温もりが混ざる。
「お気持ち、ですか」
「そうだ。当ててみろ」
ポットにティーコジーを被せて、ふむと従者は考え込んだ。視線の先は勿論、今し方淹れたばかりの紅茶をすました顔で含む、少年王子。そのままちらりと目線を上げてこちらを見、視線が合ったのに気付くとふよんと目元を染めて、また伏せてしまう。その様子に見惚れる。
「・・・あまりじろじろ見るな」
「は、・・・ああすみません。失礼しました」
「で、わかったのか」
「うーん、あ。お砂糖ですか」
「違うわ、馬鹿者」
「そうですよねえ・・・」
・・・砂糖抜きを知っていただけであり、決して馬鹿者に同意したわけではない。
「では、お茶菓子をもっとお出ししましょうか」
「いらん。物が欲しいわけではないんだ」
「はあ・・・。では、何かヒントを下さいませんか」
「却下だ。お前も・・・その、僕のことがす、好きなら根性と気合で当ててみせろ」
「こ、根性と気合って・・・」
耳まで赤くして睨みつけるように言われても、そりゃスキですがとこちらまで恥ずかしくなるだけであり。お互い真っ赤になって、もじもじと手に持つカップやら服の裾やらを弄んでしまう。
そして意を決したように、顔を上げたのは王子が先だった。
「よし。では今から念を送るからな。それで何とかしろ」
何をどうしろというのか。踊る動悸と闘いながら困惑する従者をよそに、さっさと王子は目を瞑って念力の体制に入る。ん〜、とか唸っている。子供っぽい仕草とは裏腹に。
その、熟れた桃色の頬に影を落とす金の長い睫毛、唇を少し突き出して何かを念じる表情に、つい。
「んぅ、・・・ふ」
触れるだけなら、とそっと重ねた唇は迎え入れられて引き寄せられる。ミルクの香りと紅茶の味が、少し。
口移しに伝わったミルクティーに目眩を覚えつつ離れると、これまた蕩けるような笑みを見せられて、昼間だというのに理性という名の紐がぷちぷちと千切れる音がする。その紐で括ってある袋の内容物は勿論、情欲だ。
最近は割合すぐにその中身が漏れ出る確率が高くなったな、と思いながら愛しいひとの両頬を触る。滑らかな感触と、暖かな血の気に袋の口を閉じることは敢えてしない。するものか勿体無い。
その時点で従者はすっかり忘れていた。王子の最初の問いかけを。
「以心伝心というのは本当だな」
「・・・。・・・・・・は?」
「だって、僕の念力が通じたんだろう?今のは」
今の、ってキスですか。
事の展開に付いていけない従者を置いて、照れたように王子は目線を逸らせた。
「ほら、その、想い合った者同士は何も言わずとも、気持ちが通じるというじゃないか」
本で読んで一度やってみたかったんだ、とそれこそ従者の脳味噌を沸騰させそうな甘いせりふを口にされたら、それは一体どんな本なんですか云々の疑問以前、他に何をどう言えば良いというのか。
ただ、更に袋の中身が止め処無く果ても無くだらだらと流れ出る。止まらない。抱きしめる。柔らかな皮膚を持つ首筋に顔を埋めて、胸いっぱいに柑橘のような匂いを嗅ぐ。口付ける。擽ったそうにくすくすとちいさな笑い声をあげながら袖口にしがみ付いてくる華奢な躯の向こうに、真白の寝台が見えた。
こんな、昼間だけれど。
自分は勤務中で。
けれど。
けれど、このひとが愛しくて堪らない。
言っても、・・・言ってみても良いだろうか。
口の中に残る、ミルクティーの味に後押しをされて。耳元で少し低く。掠れる声は、仕方がない。
「では、・・・カナン様は、私の考えていることがおわかり・・・ですか?」
一拍置いて、見開かれる蒼瞳。はんなりと赤面するかと思いきや、しかし次の瞬間には満面の笑顔に変わる。
「もちろんだとも!」
それは正に字面は従者の希望する言葉ではあったけれども、その意に反して発音は元気いっぱい、色気の欠片も無く応答される。
「え」
そのまま、ぱたぱたと従者の元から部屋の隅まで走って行って、遠くから得意そうに。
「僕ならこのくらい離れていても、お前の考えなどお見通しだ!」
いえ、そうではなく。
「さあ、どんと来いセレスト!」
いえ、そういう意味のどんと来いではなく、もうちょっと大人のどんと来いをですね。
「念じるんだ!」
念じてます。
「んん?わからない、わからないぞセレスト。もっと集中しろ」
先刻まで違う意味で集中していたものが一気に拡散してしまい、どっと力が抜けきってしまった。
この切なる念力が彼の君に届く日が、そう遠くはないであろうことを祈りたい。