パルナス教授の処へ質問に行く途中の渡り廊下から、セレストの姿を見つけた。書籍を抱えたまま、窓際に寄ってみる。
あの梅雨明けの空みたいな色の髪は、遠くからでもすぐにそれとわかる。休憩中なのか、同僚の騎士団員たちと談笑している様子がこの窓からはよく見えた。硝子越しなので何を喋っているのかまではわからない。
勤務中には決して見せない、くだけた表情。何を言い合って笑っているのか。微笑ましい気分でそっと見守る。そのうち一人が何気なくこちらを見上げ、気付いた。カナンさま、と口の動くのが見えてその場の全員が振り向き見上げてきて、何だか気まずいような気恥ずかしいようなで慌ててしまった。
動揺を誤魔化したくてぴらぴら手を振ってみると、全員が腰に佩いた剣を押さえてぴしりとした礼を返して来た。セレストは彼らの背後に立って居る。眩しそうに見上げて微笑んで、同じように礼を取った。
手を。
振り返してくれるとは思ってはいなかったけれど、すこしだけ落胆する。落胆、それが期待の裏返しであることに気付いて、自分の子供っぽさを露呈してしまったようで、更に落胆した。
当たり前ではないか。ここは王宮で、自分は王子で、彼は騎士なのだから。
此処に居る限り、彼がそういった節度を失わないのは嫌という程承知している。
そのままパルナス教授の元へ赴き、鬱々と身の入らない質問を終えて教授に心配されながら部屋を辞した。申し訳ないと思いつつ、書籍と晴れない心を抱えたまま来た道を戻る。
渡り廊下へ差し掛かり、自然に先だってと同じ風景に目が行った。
其処に、セレストが居る。
視線の合うタイミングはほぼ、同じ。まさかまだ居るとは思わなくて驚いた。
彼も通り掛かりの偶然だったらしい、少し驚いたようにこちらを見上げて。
でも、もう手は振らない。かわりに硝子に手を置いて、じっとみつめる。見ているだけで満たされる気持ちと、手を振っても返して貰えないもどかしさが、ないまぜになって心を苛む。
そうしたら、ひどく真摯な眼差しで。
セレストが礼を取る。ゆっくりと。
騎士の礼ならば、身体の脇にすらりと添う右腕。その右腕がゆるやかに上がって、左の胸に・・・心臓に掌が当てられて、見詰め返された。
体温が一気に沸点まで駆け上がる。
どうしたら良いか、わからなくなる。すぐにも駆け寄って傍に行きたいのに、目の前の硝子一枚に隔てられていて叶わない。
嵌め殺しの窓はこの声でさえ、彼の元へ届ける事を拒むだろう。今度感じるのは、焦りを含有したもどかしさ。・・・倖福な。
せめてもの気持ちを伝えたくて、そっと指先をくちびるに押し当てた。そのまま、その指を硝子にひたりと付ける。
途端に、端整な彼の表情が赤くなるのが遠目に見えた。微笑が漏れる。書籍を抱えなおして、自室へ戻る。あと半時もすれば、お茶の時間。
一日で一番楽しみな、倖福のひととき。
足取りは、軽い。