終わりの見えないパレエドと、通りの窓という窓、見物人からも撒かれる紙吹雪に、迂闊に口を開けることさえ出来ない。それでもカナンは笑って、途端に口の中に飛び込んできた花弁を驚いたように出した。
「花まで千切って撒いているのか」
「カナン様、此処は人が多すぎます。此方へ」
口の中から摘み出した花弁を呆れたように見遣る主君を気遣い、セレストは何とか人込みを避けようと悪戦苦闘していた。
ルーキウス城下のメインストリート、祭りの目玉であるパレエドが始まる時間をうっかり読み違えた。いつもの如くに第二王子のお忍びを留めきれず、巧く言い包められ付き添って来てしまった自分の浅慮さに臍をかむ。従者失格だ。
楽しげにあれは何だこれは何だ、と問い掛けてくる王子と共に出店を覗き大道芸を見物し、華奢な手に腕を取られてつい職務意識が薄れたところへパレエドの人波が襲って来たのだ。
老若男女問わず湧く人込に、腕を取られていたことが幸いした。何とか手だけは離さず遭難を免れたものの。
気が付けば混雑の真っ只中に居たのである。
焦りの汗がセレストの背を撫でる。こんな雑踏に紛れていて、もしも万一の事が有ったなら。
しかし、
「おお、この国の何処からこんなに人が」
暢気に呟く主君に脱力を隠し切れない。
「カナン様、私から絶対に離れないで下さいね」
「うむ、わかった」
繋いだ手を握り直して言えば、祭りの興奮で上気した頬が聞分け良く肯く。城に居たなら決して味わうことの出来ない光景をきらきらと映す蒼に、セレストは苦笑を漏らした。
このひとの心に楽しさだけが残ればそれで良い。そう、自分がしっかりしていれば良いだけの事なのだから。
鳴り物の音が拡張してきて、山車が近いことを知らせた。前に立つ観客の背が大きくてよく見えないと、爪先立つカナンをセレストが自分の前に引き寄せて立たせる。
「見えますか?」
「うむうむ、良く見えるぞ」
混雑を縫って、籠を持った売り子がリボンを売る。絶えず降り注ぐ、色とりどりの紙吹雪と鮮やかな花弁。前に立つカナンの髪にも何枚もの紙吹雪が絡んでいるのを、丁寧に取り去ってやった。山車を見るのに夢中なカナンは気付かない。逸れないようにセレストの左腕を後ろから前に抱え込んでいる仕草が子供のようで、愛しくて、右腕も廻して手を組むと背負うようにしてしがみ付く。笑う。
山車に向かって投げられる何百のリボンが、ひらひらと美しい。
豊穣を祝う神々の扮装が陽光を反ね照り輝いて、人々へ五穀の入った小袋を撒く。
わあ、と歓声が上がった。
どっと人波が寄せてきて、セレストは思わず腕の中を庇った。其の侭押し流される。押し流されて其の侭、民家の壁際に追い遣られた形になって息をついた。
「ごっ、ご無事ですか、カナン様」
「う、うむ、だいじょぶだ。・・・びっくりした」
「ちょっとこれは・・・山車が行ってしまうまで身動き出来ませんね。このまま暫く、お許し願えますか?」
華奢な身体を持つ主君を人いきれから隔離して、壁に寄せた。手を付いて両腕で囲う。そうすると金色と蒼色の、其処だけがまるで別世界の様。
「仕方あるまい」
多少不服そうでは有るものの予想外の混雑に恐れを成したのか、大人しく腕の中にカナンは収まっている。セレストの袖口を握っていた手が移動して、裾の辺りをきゅうと掴んだ。
じっと見上げてくる、蒼穹の瞳。しかしその色に不安は無い。
それを確認して辺りを見回す。山車から撒かれる小袋、あれを競って取る為にこの一帯には人が殺到している。今は動かない方が良いと判断した。
肩越しに燥ぐ人々を見遣って、どうやってこの混雑を抜けて帰ろうかと思案を巡らせた時、
「セレスト、セレスト」
腕の中のひとから差し出される細いストロー。
「は?」
「どうせしばらく動けないんだろう?じゃあ待てば良い」
そのストローは、カナンの持つ殻の硬い果実の中に続いていて。
「ていうか何ですかこれ」
「ん、何かジュース?」
「いやそれは判りますが何処から」
「買った」
指示す方を見れば慣れた風情で器用に混雑を縫い乍ら、果物を売る娘の姿。
「ストロー2本付けて貰ったから、ほら」
そう言って1本をちゅーちゅー吸う。
いつのまに・・・何とも目端が利くというか油断がならないというか、いや油断していたのは自分の方か。
「いえ、私は」
「気にするな、僕の奢りだ」
「そそそうでなく」
主君と同じ容れ物から飲むなど。
そういった物言いをカナンが嫌うことを承知で建前を口に上らせようとしたところに、すうと蒼眼が細められる。
「この期に及んでまた主君がどーとか、言い出すんじゃないだろうな?」
読まれている。
「・・・ごっ、ご馳走様です・・・」
「うむ」
従者の心の涙に気付いて居るのか居ないのか、にこにこと上機嫌でストローを銜えさせられる。無邪気にもう1本のストローを含むひとの、至近に見えるは朱い唇頭。思わずごくりと咽喉が鳴ったところで、果実の爽やかな酸味と白蜜のような甘味。冷たい。
その甘さを堪能したところに「何だか恋人同士っぽいな」という一言で、それは気管を焼く悶絶の液体と変わる。
読まれているのか?
「おおセレスト、大丈夫か」
背中に回された細い腕でぽふぽふと叩かれるけれど、叩かれる数だけ心拍が上がるのをこのひとは気付いているのだろうか。更には柔らかな指使いで髪に付いていたと思しき花弁を取り去られる。どうしようもない。
終わりの見えないパレエドと、通りの窓という窓、見物人からも撒かれる紙吹雪の中、この状態がずっと続けば良いなどと不埒を考える自分はとうに従者失格だ。けれど。
「すまない、恋人同士っぽいのではなく恋人同士だった」
大真面目に訂正を入れるひとの、お墨付きを貰えたのだから。
今日ばかりはこのお忍びをデイトと名称を変えても罰は当るまい。
・・・それは無論、自分の心に仕舞っておくべき名称だけれども。
「だから、恋人同士だから、これはデイトだぞ」
・・・やっぱり読まれている。