夜が誰にも秘密なのは、いつもの条件だ。
王宮の庭の奥には、手入れの行き届いた生け垣でシンメトリーの迷路が作られている。
「カナン様・・・またこのような夜更けに」
迷路の中央には、泉の淵に佇む天使の像。
「おお、迷わずに来られたのか」
「これでも近衛の端くれですからね。一度来た場所は覚えます」
白い息を散らしてそう言うけれど、この青年が城の隅々までを知り尽くしているのを知っている。
こんな、一歩進入れば方向を見失ってしまう迷路なら、尚更のこと。
「さあ、帰りますよ」
皮手袋の手を差し出して言うけれど、自分がそう素直に従わない事も知っている筈だろう。
「ふん、」
微笑うと、ほわりと息が白く化けた。
「まったく・・・一体、何を企んでおいでです」
やっぱり、といった風情で霜のような溜息をつくけれど。これから教えるとっておきの秘密を聞いても、そうして居られるだろうか?
「まあ、待て。・・・そろそろだ」
憧れるように天へ目を向ける。
待っていたかの如く動く夜空、上空の風は流れが疾い。滑るように行雲が切れて見事な月彩が姿を現した。
凍えて佇む月下の天使、そのしろい面に泉の青が映えて、昼間見るのとは違う表情が露になる。矢張り、と嬉しくなった。
・・・その、色と。
「・・・似てないか?」
「何方にです」
「鏡を見たことは?」
「それは毎日・・・って、わ、私ですかっ」
にぶいやつだ、と呆れた息を笑いに乗せて吐く。
陽の光のもと、ふとその近似にどきりとした。気付いたのはきっと自分だけだろう。いつも、いつも彼と居て、その存在の何もかもを見ている自分だけ。
背丈の具合、すう、と通った鼻梁の具合、頬から耳に掛けての線、顎、くちびるのかたち。そうたとえば、こうして首に手を廻して顔を近づけた時の。
「か、カナン様!」
慌てたように腕を取られて振り向くと、白い息の向こうに困ったような顔が見えた。心成しか赤い。
「あの、あのう・・・」
否、困っているのではなく。
「その、御像がですね、私に似ていると仰られるのは大変に光栄なのですが」
言って、目を逸らす。下へ。
「お戯れになるのは、そのう、」
これは珍しい。拗ねている。
こんな年上の、しかも男を。笑いがこみ上がる。
成る程、可愛いとはこういうことか。
「そうか」
其処から離れ、まだ拗ねている様子の青年へ手を伸ばした。少しむくれた風情で笑わないで下さいよと言うけれど。天使にしたのと同じよう に首に手を廻してやるとほら、眉間の皺が取れた。大きな翼が、意外とよく似合うかもしれない。
青い前髪を払って、瞳を覗き込む。
「ふむ。何より翠の色が無いからな」
言うと上着の裾から手が入ってきて、背中で指を組まれた。
「それに体温も違います。何か御不満は?」
開き直ったか。まあ良いだろう。
「うむ、無いぞ」
天使に、捕らえられたような錯覚に陥るが。
「・・・キスをしても?」
続く言葉に、言い聞かせるよう、
「此処では駄目だ」
「何故ですか」
月はまだ明るいし、
「て・・・、天使が見てる」
寒月の迷路、此処の番人たる御使いの元で。
「それは好都合です」
「?」
「見せ付けて差し上げましょう」
けれど悟った。
こんな大人げのない男に、天使は務まらない。