髪は金。
陽に透けるような煌きを残したと思ったら、次の瞬間には風に吹かれてひよこの羽毛みたいにふよふよとそよぐ。
瞳は蒼。
空のようで海のようで風のようで水のようで淡いようで、深い。
無垢に見詰められてどきりとすることが多いけれど、それが逸らされてお菓子に輝く様を見るのはとてもしあわせ。
ちいさなマシュマロのような手触りの頬。暖かく。
眠る姿はまるで仔猫のようでいて。
目が覚めれば何処で覚えてきたものか、小癪な科白を口にする。それでも小憎たらしさよりも愛しさの方が勝って湧いてくるのだから、このひとの魅惑の魔法は大した効き目だと思う。
我ながら嵌まってしまったなあ、と苦笑が漏れる。
とてもとてもたいせつな、ちいさな王子さま。
みかん2個分。
◇◇◇◇◇
ルーキウスの冬は朝晩の冷え込みがとても厳しくて、早々に寝綿を新しいものに取り替え、カナンが眠りに就く前に軽く暖めてやるのがここ最近の日課である。暖炉に翳してほこほこと揉み解したふかふかの綿を水槽に入れ、セレストはテーブルの上に居る小さなひとへ声を掛けた。
「カナン様、お寝みの準備が出来ましたよ」
「・・・うむ」
この瞬間はいつも、何故か伏し目がちでいる。きゅ、と小さな口元を引き結んで、その身に余る程に巨大なヌイグルミの手を握った。
「さあ」
てのひらを差し出すと、名残惜しそうにヌイグルミを放し、よじよじと不器用に上ってくる。そのままそっと水槽の中に移そうとしたところで、カナンはくるりと後ろを向き、セレストの親指に両手でぎゅむとしがみついてしまった。
「カナン様?いかがなさいました」
「まだ眠くない」
「嘘を仰い。今まで此処で舟を漕いでいらしたでしょう?」
「う、その、眠いといえば眠いのだが」
珍しく歯切れの悪い。
「でしたら」
水槽の中へ。今暖めたばかりで、寝綿はとても気持ち良く包んでくれる筈だから。
「いや、折角ふかふかにして貰ったのは有り難いのだが」
きり、と何処となく凛々しさを滲ませたような瞳で見詰められる。それでもちいさな鈴蘭のような手は、ひしとセレストの指に掴まったままだから、なんだか幼子のような直向さが感じられた。
「水槽の中じゃなくて、その・・・」
また目を伏せてしまう。離れまいとしがみついたほっぺたが、ぎゅー、と指の腹に付けられて。
「何でしょう?」
伏せた視線を捉えたくて、セレストは腕を上げてカナンと目線の高さを合わせた。指先に触れる金の髪が、少し擽ったい。
「・・・其処で寝る」
「はい?」
ぼそぼそとした呟きへ更に顔を寄せると、ちいさな眉の形が左からちょうど眉間でくるりと一回転の円を描いて右へ。
「??」
ちいさなくちびるを尖らせて。
「セレストのベッドでセレストと一緒に寝る」
「!?そ、れは」
「だめか?」
「勿論です!うっかり私が寝返りして貴方が下敷きにでもなったら!」
23歳の大人として立派に標準体型の自分と、たったみかん2個分の大きさのちいさな王子。同じベッドに枕を並べて寝ようものならどんな真夜中の悲劇が起こることか。・・・そんな想像、するのも嫌だ。
「むう」
「まったく・・・何て危ない事を仰るんですか・・・」
困った時のつい癖で額に手をやり息を吐くと、青菜が萎れるように項垂れてしまう。
「・・・」
「さあ、どうか水槽にお入り下さい」
「水槽は・・・」
「カナン様」
こんな駄々をこねるのはひどく珍しい。しかし機嫌を損ねると判ってはいても、そのちいさく大きな願いを叶えるわけには決していかなかった。
「カナン様、お願いですから」
むくれて、みるみるうちに赤くなる顔。その蒼い瞳が潤んだように見受けられて覗き込むと、意地でも泣くもんかといった風情で堪えたような表情とぶつかった。
「だって、水槽の中じゃセレストの気配がわからない」
「・・・え」
「こんな分厚い硝子の向こうじゃ、なにも聴こえない」
「・・・」
じっと見られるのが嫌になったのか、指の向こうに顔を隠してしまう。
「朝はお前と一緒に起きて、夜は起きてて出迎えたいんだ。なのに」
目が覚めたらもう仕事に出ていて。(寝ている自分を起こさないよう、そっと出て行くのだ)
夜も遅いことが多い。(何のバイトだと訊いても、教えてくれない)
自分の為にせっせと働いてくれているのは知ってる。とんだ我侭を言っていることも判ってる。でも。
「水槽の中じゃ・・・」
「・・・カナン様・・・」
たいせつにたいせつに育てられている、ちいさな王子さま。暖かい真綿のベッドと、安全な硝子の水槽の中。
けれど、気持ちはこんなに溢れ出して、とても水槽の中には収まらない。
どうしてわからないんだこの唐変木めと、ちいさな両の腕で抱き締めた。セレストはよくしてくれている。けれど、それだけじゃ足りない。
もう少しでいいから、傍に居たいのに。
暖かい指の温度が離れがたくて目元をすりすりと擦り付ける。
そうしたら、その上からセレストの両手で、鳥の雛を持つように身体中を包み込まれてしまった。
「?」
「・・・まったく・・・貴方という方は・・・」
困ったような言葉とは裏腹に響きは苦笑じみていて、おずおずと顔を上げて見た。青空のように広がる髪の色と、柔らかな微笑み。
そっと自分をベッドに降ろし、水槽の中から寝綿を取り出して枕の上にほこほこと置いてくれる様子を、カナンは驚いたように見守った。
「セレスト」
「さあ、どうぞ。狭いですが」
「うむ!」
カナンが寝綿にいそいそと包るのを見届け、そうしてセレストは部屋の灯かりを落として同じ枕の端に頭を乗せる形で床についた。
囁くように、顔の横へ声を掛ける。
「落ちないで下さいね」
「ふふ、大丈夫だ」
もぞもぞと暗闇の中で気配が有って。
「・・・?」
髪の一房を緩く引っ張られる感触がした。
「何ですか?」
「こうしておけば、落ちないぞ」
・・・どうやらセレストの髪を命綱代わりに巻いているらしい。
かー、と何故だか頬が熱くなる。
「・・・セレストの匂いがするな」
暗闇の中、顔を向ければすぐ其処にちいさなひと。息遣いまでもが耳朶をくすぐる至近の距離。
「おやすみセレスト」
稍もなく、すぴすぴと聞こえてくる穏やかな寝息。
思わず己の目元を片手で覆い、嘆息を漏らしたセレストである。
困った。こんなに安らかでは明日の朝、ちゃんと起きられるだろうか。
・・・次の日から、寝坊をして慌てて出勤する王国騎士団近衛副隊長の髪の一房に、寝癖のように奇妙なカールがお目見えすることになるのだが。