本来接吻とは、斯くも甘き睦言の延長では無かったか。
蕩けるような雰囲気の先手を打って、その優男の顔を両手でぎゅーむと挟んでやった。頬の辺りを押すと、思う通りに口がタコになるのが面白い。
「かにゃんしゃま、おやめくだしゃい」
情けない訴えを無視してぐいと引き寄せて屈ませ、タコの唇にぶちゅーとキスをくれてやる。途端に固まって大人しくなるのが愉しい。それを良いことに、がぶがぶと軽く歯を立てて、言ってやった。
「抵抗しても良いぞ?」
さもなくば好き放題だ。
「あの、いえ、あの・・・」
見ると顔全体も茹で蛸のようになっている。おかしかった。
「ふふん?」
笑って、そのまま口付けを続行する。温度の上がってきたくちびるを舌で辿って口内へ引き入れる。一旦唇を合わせてしまえば、直前までの羞恥が消えるのが不思議だった。
おたおたと途惑っていたような腕が漸く動き出して、何とか顔を挟む手首を外そうと試みているが、そうはいくものか。これくらいのハンデは貰わないと。いいように弄んでいると、突然腰に腕を回されて引き寄せられた。
「っ!」
それにも負けずにぎゅうぎゅうと顔を押してタコの口にキスを繰り返す。もうこうなったら殆んど意地だ。いつもやられっぱなしの僕で居ると思うな、セレストめ。
向こうにもそれが伝わったのか、負けじと力任せに抱き締めてくる。かなり苦しいものがあるが、絶対に負けたくない。
「ぅ・・・、ふっ」
ヒトの身体は、頭部を押さえると簡単に身動きが取れなくなるものだ。知識を実践に移す。頬の手を後頭部に腕から廻して、押え込むようにして抱え込んだ。
「・・・は・・・っ」
隙を見て息を継ぐ。案の定、頭部を決められたセレストは屈んだ中腰の体勢で動けず、動揺と困惑を綯交ぜにした様子で継続する接吻に付いて来る。顔が赤い。
そのことに気を良くして、 離れるのは此方から。そう思って腕の力を抜いた瞬間、
「なっ・・・!?」
形勢が逆転した。
とす、と肩から壁に押し付けられて離れかけたくちびるを奪われる。背筋から尻の辺りを弄られて力が抜け、もとより肢の間にセレストの膝が入っていて、とても身動きがならない。そうなってしまう事を今はじめて知った。
「っ・・・、待」
「抵抗なさっても宜しいですよ」
「!」
逆に言われて血が上った。先刻と同じく頭部に両手を掛けようとしたら、まさしく同じ手はくわないとばかりに片手を絡め取られてしまう。お陰でもう片方の手は力の入らない侭に彼の後ろ髪を握って、傍から見ればそれはもう大層な甘々しい格好となっていただろう。
こうなったら仕方が無い、非常手段を採ることにする。
そろそろと片手を頬に滑らせる振りをして、接吻に夢中になりつつある優男の鼻を指先で抓んでやったのだ。
「・・・ふが!?」
「・・・待てと言うのに・・・っ」
息が乱れる。漸く我に返ったような至近距離で、鼻を抓んだまま翠巒の瞳を見据えた。
「今のは、・・・、お前の、反則負けだっ」
「はあ?」
「こ、こんな力に任せて押さえ付けたり、尻を触ったり、するのは反則だと言っている」
今日こそは、此方が優位に事を運べると思ったのに。だからこその先手。だからこそのハンデ。悔しくなって、つい唸ってしまった。
「うー」
そうすると僕を壁際に追いつめた体勢で、セレストががっくりと脱力する。
「・・・カナンさま・・・」
「なんだ」
「・・・いつから接吻は勝負になったんです」
「無論、僕がこうと決めた時からだ」
胸を張って堂々と言い放てば、情けなさそうに眉尻が下がる様子が見て取れた。
「どんな場合においても相手の了承無くしては、勝負には成り得ないことかと存じますが」
尤もである。
それならば。
「うむ、では正々堂々と勝負を申し込む」
負けられない。
何か違う気がするんですがとか何とか、ぶつぶつ言う優男の鼻をもう一抓み。
「・・・お手柔らかにお願いします」
斯くも甘き睦言の延長は、これから。