cinderella.2


「いい加減にしないか、嫌がっているだろう」

 夜の直中にあっても眩しい程の輝きを放つ、豪奢な金の髪。

「通りすがりの招待客だ。客に恥をかかせられない王子の立場につけいるのは、感心しないな」

 意志の強さを代弁するかの如く、真っ直ぐにこちらを見る深い碧眼。


 一目惚れだった。



 力を持つ美しさで周囲を圧倒したそのひとは、抱き寄せてみると意外にも華奢で軽く、円舞が苦手だった。
 手を伸べるときゅう、と握り返す。銀の光沢が、すっと背筋を伸ばした白い肌に良く映えて、長い裾から覗くのはきらりと硝子の靴。爪先の指が少し透けて見えて清涼な艶やかさがあり、それでいてぎこちないステップを懸命に踏む様子が、妙に可愛らしい。
 ぽつぽつと言葉を交わす。真摯な願いを込める瞳に、誠意をもって応えたかった。何より、しっかりと地に足を付けて物事を現実的に捉えるこのひとを、もっと知りたくなった。
 踊り終わった時には、結婚を決意していた。





 今の季節はお茶の後、城の裏手にある広大な薔薇園をのんびりと歩くのが心地良い。お抱えの園丁は何人か居るけれども、自らが丹精込めた庭の一郭へ赴くと、丁度盛りの花々が妍と香を競うように咲き乱れていた。
 隣に居るひとの眼を輝かせられる事が、嬉しく誇らしく。

 結婚して一週間、毎日を共に過ごして何よりの幸せを手に入れたとしみじみ思う。優しく賢く強いこのひとと、これからずっと一緒に生きてゆけると思うと柄にもなく舞い上がってしまいそうで、自制をするのがなかなかに大変だ。
 王族の一員として、今後必要となってくる諸々の知識を付ける為に呼んだ教師からも、妃殿下のご賢勝さにより、お教えするのに苦はございませんと報告を受けている。ゆくゆくは国王として立つ自分の、良きパートナーとして隣に居てくれることだろう。
 ・・・パートナーとして、ずっと。

 物珍しげに、楽しそうに、薔薇の中を歩くひとの歩調に合わせて見守りつつ、胸に去来した切なさに苦しめられる。
 あれから一週間、本当にこれで良かったのか、何度も自問した。

 このひとを、手に入れたいが為に採った手段は、聊か卑怯に過ぎはしなかっただろうか。



「贅沢な生活はお約束できませんが、三食、昼寝、従者つきです!」
 それが結婚の条件。必死だった。ここでこのひとを繋ぎ止めておかないと、もう逢うことも出来ない、そんな予感がした。いわば、物で釣った。そうしないとこのひとはいずれ、この国を出て何処かへ行ってしまう。今時の人には珍しく、自分の考えをしっかり持っているひとだ。己を生かすことの出来る場所を見つければ、何の未練も見せずに去ってしまうだろう。それが耐え難かった。

 挙式の直前、少女だと思っていたひとが実は少年だと知り驚愕した。思い返せばこのひとは自分が女だとは一言も言っていないし、自分もわざわざ確認などしなかった。そもそも男の身で娘の形をしている人間など、この国では普通に居る。驚いたのは、その身の華奢さと可憐さ。
 男にしておくのが勿体無い、とはよく言われる言葉だが、道理で若い娘にしては、・・・何というか、漢前な気性の持ち主だと思い、納得した。見抜けなかった己の目の甘さを恥じた。このひとの場合、しかし本当に女であったとしても何も変わらない気がするが。

 そう、変わらない。たぶん、その漢前な気性も、・・・澄んだ魂も。
 国という、絶大な力を背景にして変わらずに居られる人間は少ない。被支配階級の出自なら尚更だ。けれどこのひとは自分の手を取りながら、自分を王子と知りながら物怖じもせず民心の在り処を言及してきた。
 それだけで充分だった。何より愛しいと思う自分の心に、嘘は吐けなかった。傍に居て欲しかった。こんなに他人を欲したのは、初めてだった。
 だから、約束を守ることを条件にこのひとを拘束した。

 たとえ、このひとの心が自分のものにはならなくとも。



 幾重にも薄物を重ねた真白の花嫁衣裳は、本当にこのひとに良く似合っていて、何度も見惚れていると「あまりじろじろ見るんじゃない」と叱られた。頬が染まる。幸せの余り、有頂天になっていた。
 一生を愛し共にすると神にも自分にも誓い、向かい合って花嫁のヴェールをそっと上げる。頭ひとつ、背の低いひとは真蒼の瞳で見上げてきて、微かに震えて眼を閉じた。頬に手を添えると、ひどく冷たい。
 それでこのひとが相当に緊張していることが、・・・解ってしまった。誓いのキスは、くちびるではなく、頬へ。

 ぱちりと驚いて眼を開けるひとに、穏やかに微笑ってみせる。このひとにとって、結婚は契約なのだ。愛ではない。
 其処を、自分は誤解してはならない。このひとの幸せが三食昼寝従者付きにあるのなら、約束通り自分はそれを遵守するだけだ。


 本音を言うと、その日の晩まで迷っていた。祝宴の最中にあっても隣のひとの美しさに目を奪われ、話し掛けると食べ物がたくさんあって嬉しいなと、ふふと笑う。でもこんな贅沢は今日限りだからな、と少しお行儀悪くフォークをぷんぷんと振って言う。
 可愛らしさの余り、また手を伸べる。円舞へ誘う。あの時と同じように。
 そして履くのはあの時と同じ、硝子の靴。こちらの導きに従って幾分軽やかになったステップに、少しは上達しただろうと得意気に言われた。それは本当にそうだったから首肯してかなり練習を積まれたんでしょうと言うと、照れ臭そうに視線を逸らして、貴殿と早く一人前に踊りたかったからな、と。
 堪らなく愛しかった。せめてこのくらいは、と花嫁の耳元に口寄せて囁いた。

“セレスト、と呼んでいただけませんか”

 かぁ、と頬に血を上らせ、「・・・っ、せ、セレ・・・」と恥ずかしそうに口篭るひとを見て、ひどく後悔した。何処かで一旦、気持ちを切り替えるつもりがずるずると泥沼の恋慕へ引きずり込まれる自分を自覚した。

 侍女に誘われ、一足先に祝宴を引き上げる花嫁を見遣り、その後自分の迷いを断ち切るように呑む。したたかに酔って、ただ眠りたかった。眠る為に酔いたかった。
 しかし酔う前に周りの者にその場を追い出された。曰く、「殿下、新婦をそんなに待たせるものではありません。これからは下々の者が楽しむ宴会の時間です」・・・暖かい揶揄も、その時は恨めしいばかりだった。


 湯浴みを済ませると、僅かな頼りだった酒気も飛ばされてしまう。仕方が無いので肚を括る。なるようになってしまえ、との半ば自棄のような気持ちも有ったかもしれない。
 自分たちに設えられた寝室の扉を、緊張しながらそっと叩いた。ややあって、遠慮がちに開けられた扉の中から現れたひとに、息を呑む。

 結い上げられていた髪を下ろし、黄金の流れが小振りの頭を彩っていた。化粧気を拭い去った顔、それでも桃のような瑞々しさと滑らかさはそのままに、幼さだけを元に戻して心細い表情でこちらを見上げる眼は、紺碧の海。物言いたげに花弁のような唇を開け、途惑ったようにまた閉じ、目を伏せてその身に纏った夜着の胸元をほそい指で握る。甘やかな香りがふわんと漂う。

 抱き締めて、口付けて、押し倒して貪りたい衝動を必死で堪えた。
 安心させるように微笑み、冷たくなった指を取って寝台へと導く。上掛を捲ってゆっくりと横たえて、目を閉じてしまったこのひとが震える様を見て、・・・肚を括ったのは自分だけではないことを思い知らされた。

 約束の代償。

 違う、と思った。
 このような関係を望んでいたわけでは、決してない。
 だから、丁寧に布団を掛けて小さな子供をあやすように寝かし付けたのだ。

 自分にとっては愛でも、・・・このひとにとっては陵辱だ。
 大事にしたいと思っているのに、ずっと隣に居て笑っていて欲しいのに。どうしてこんなことになったのだろう。
 驚いたように見返すこのひとの眼に、その時の自分はどう映っていただろう?



 今、少し前を行くこのひとは噎せる程の薔薇の只中に在っても唯一輪、気高く咲く金の薔薇のようだ。

 あれから毎晩、妻となったこのひとは物言いたげに見詰めてくるけれど、敢えて見ないふりをして同じ夜具で眠りにつく。
 穏やかとはとても言い難い浅い眠り、それでも摘んで、枯らしてしまうくらいなら。


 手に包んだ薔薇、茎の長さを慎重に目測してちょきんと剪定する。花を、摘んでしまうのかと気の毒そうに言うので、こうしないと来年の花の付きが悪くなると説明した。
 摘んだ花、今はまだこうして綺麗な姿、しかしこれもじきに萎れてしまう。

 すると、この薔薇が欲しいと言う。このひとが自分から何かを欲しいと言うのは滅多に無いことだったので驚いて、でもより部屋で長く楽しめるように、と他の枝を探すとそれが良い、と言う。
 真意は測りかねたが、それならと差し出すと有難う、と微笑んで嬉しそうに指を伸ばしてきた。

 僅かに触れ合う指先、何かに驚いたように跳ね、一瞬後には薔薇棘がその指先を掻く。
「えっ」
 しまった、と思った。つい仕草表情に見惚れて、棘への注意を欠いていた。
 慌てて落とした薔薇を拾おうと屈むひとを、それどころではないと細い手首を掴んで引き上げた。
「!?・・・な、」
 桜貝の爪、その人差指の先に棘によって裂かれたちいさな疵が付いていた。みるみるうちに赤いものが膨れあがって、とろりと滴を零す。

 何も考えられず、気が付いた時にはそのひとの腰を抱き寄せて捕まえた指を口に含んでいた。

「何・・・セレ・・・」
 掠れた声に煽られるようにして疵口を嬲る。眩暈がする程の甘さに恍惚となる。血の跡を辿るつもりが、いつの間にか指の皮膚を味わうように広がっており、

「や、め・・・!!」

 とん、と胸を押されて我に返った。
 赤い顔をして、溢れそうな潤いを湛えた瞳が此方を見ている。瞬時に血の気が引いた。

「は、?・・・あっ、す、すみません!」
 慌てて飛び退いて、頭を下げる。・・・何てことを。
「失礼を・・・」
「う、・・・いや」
 疵付いた指を隠すように逆の手で庇い、逃げるように歩き去る後姿を見て、思わず片手で己の口元を覆った。

 何てことを。あんな、       あんな・・・口淫のような。
 顔に血が上るのが判る。とてもあのひとを部屋まで送ろうという、勇気が持てなかった。
 落ちた薔薇をそっと拾い、丁寧に棘を取り去った。傍を通り掛かった侍女へ、寝室に生けるよう申し付けて手渡し、剪定の作業を始める。
 気持ちの乱れを鎮めるのに、時間が必要だった。



 そしてその日も二人で夜具に収まって眠る。眠るだけの夜。
 すぐ傍で聞こえる無防備な寝息に抗うのも最初は辛かったが、耐えているうちに耐えることに抵抗が無くなった。
 浅い眠りの中、このひとが夜中に寝台を降りて水を飲むことに気付いてはいたけれど、熟睡しているふりを続けた。
 音の無い暗闇、彼の人は水を飲み、月を見、眠る自分を見ているようだ。
 このひとはそうやって、眠る自分の何を見ているのだろう。

「・・・ふ」
 僅かな衣擦れ、気配の変化に思わず起きてしまいそうになる。しかし気力を振り絞ってその衝動を押さえ込んだ。今、目を開けてしまえば何かが壊れる気がしてならなかった。
 意識を逸らそうと明け方まで懸命に羊を数え、その甲斐あってか落ちるように短い眠りにつき、目が覚めれば朝で。

 隣を見れば猫のように丸く縮こまって眠る、・・・最愛のひと。
 上掛からはみ出した左手、その薬指に嵌められた指輪が朝の陽を弾いて光る。


 ・・・この花は手折るまい、そう心に決めた。
 無理に摘んで、枯らしてしまうくらいなら、ずっと手元で咲いていて欲しい。来年の花付きより、今此処で咲く金の薔薇への未練をどうしても断ち切ることが出来ない。


 晒されて冷えたその手を取り、そっと口付けて上掛の中へ戻した。

 眠り姫は、目覚めなかった。










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乙女心暴走中。

ああ〜(T_T)うざい長い文章てんこもりですんませ・・・ごふっ
セレカナに見えないのでもう読んで下さる方々の脳内ビジュアル変換頼みです。
(他力本願)

てゆーかセレスト王子、アンタ誰?
20030309.yuz

<BGM:光の中へ/坂本真綾>
"さよなら 愛している あなたを誰より そらよりも深く"