cinderella.〜afterward〜


 幸せな昼の後には幸せの夜がやって来る日常。



 湯浴みの後、いつものように年嵩の侍女が丁寧に髪を乾かして梳いてくれる。夜着の襟刳にさらりと掛かる蜜金の髪。「本当にお綺麗な御髪ですねえ」と我が事のように誇らしげに言われるのが嬉しい。これほどに美しく仕上げたそれは侍女の仕事が良い所為なのだから、当然の事だと思う。有難うと心を込めて言うと、暖かい笑みでもって「本当に良うございました」と言われた。今回の一件を何もかも承知しているのだろう。
「心配をかけてすまなかった」
 言うと、髪を梳りながら「これで殿下もイチコロですわね」などと言い、鏡の中で悪戯っぽく片目を瞑る。親指を立てた拳で応えると、くすくす笑いながら「おやすみなさいませ」と下がっていった。


 セレストはまだ来ない。
 そう遅い時間ではないけれど、彼も今頃は湯浴みを済ませてあの青空みたいな色の髪を拭いていたりするのだろうか。
 ふとそう考えると途端にぼわ、と頭に血が上った。目の下が熱い。
 ふるふると頭りを振って、思い浮かんだ映像を散らす努力を試みる。

 あの光が当たると縹色に変わる髪の先だとか、此方を見て微笑みに細められる翡翠の瞳だとか、名を大事そうに呼んでくれる低いけれど通る声調だとか、そんな宝物みたいなものはしかし、忘れようにも忘れられる筈もなく。
 はたはたと窓に当たって流れる雨は弱まる気配もみせず、動悸を増幅させる。

 どうしよう、今からこんな状態では、・・・死んでしまうかもしれない。

 細く呼吸を繰り返して、鼓動の強さに耐える。鏡に映る己の姿を何故だか見て居られなくて、覆いを掛けてしまった。そうやって、少しの落ち着きをやっと取り戻したところで。

 しずかに扉が叩かれた。


 弾かれたように立ち上がる。振り向いてはみたものの、其方へ向かって足を踏み出すことが出来ない。暫しの沈黙の後、今度は恐る恐るといった態で再び扉は叩かれる。二回。
 何だか彼の性格を表しているようで、笑みが零れた。毛足の長い絨毯を踏んで近付き、精緻な紋様の刻まれた扉をそっと開ける。それは大きさに似合わず、軋む音のひとつもたてない。



「・・・こんばんは」
「・・・自分の部屋に戻って来るのに、ノックや挨拶は要らないだろう」
 そうですねと笑うセレストの手には杯をふたつ乗せた銀の盆が有り、檸檬の良い香りがする湯気を漂わせていた。
「今夜はすこし、寒いですから」
 蜂蜜に檸檬を絞り、湯と少しの酒で割った甘い飲み物を卓に置いてくれる。

「うん・・・美味しい」
「良かった」
 口の中を火傷しないように、少しずつ冷ましながら含む。二人黙りこくって檸檬の湯気に包まれていると、ただ雨の降る音だけが世界を満たしているようで。


 飲み終わった杯に残る熱の時間を引き伸ばすように弄ぶセレストを見遣り、自らの杯を静かに卓へ戻した。立ち上がって、傍へ寄る。

「・・・」
 黙って見上げてくる彼の顔にも、戸惑いが窺える。どうしたら良いのか判らないのは、お互い様というところか。
 手を引いて立たせ、そのまま寝台の脇へ誘なう。無言で其処へ掛けさせて、自分は夜着の長い裾をたくし上げて彼の膝の上へ馬乗りになり、抱き付いた。



「・・・っ」
 強い力で抱き締められ、項のあたりに熱い、けれど甘い痛みが与えられる。背中を宥めるように擦る手のひらの大きさを感じると同時に、片の太股を撫で上げられて抱き付く腕に力が篭る。夜着の裾から入れられた手が直接脇腹を這って、顎が上がった。
「・・・ぁ・・・っ」
 逃さないとばかりに、鎖骨を齧られる。いつの間にか胸元を留めていた紐が解かれていて、布が弛んで肩の下まで摺り下げられているのが恥ずかしい。

「ん、・・・ゃ」
 絹地の布がさらさらと触れる感触でさえ、肌を粟立たせる。その下で手触りを楽しむように動く手の平に耐え切れず、未だきちんと夜着を着込んだままのセレストの襟を掴んでその喉元に額をあてた。すん、と鼻が鳴る。
「・・・        お嫌、ですか?」
 不安そうな声に、またふるふると首を振る。
「っ、・・・やでは、ない、・・・けど・・・っ」
 思うより息が上がっている。驚いた。

「僕は、この通り男の身で・・・、こんな、ことをしても、その・・・」
「・・・もしかして、世継ぎの事を心配していらっしゃるのですか?」
 声にならなくて、顔を伏せたまま僅かに肯いた。今更ながら、王子という彼の立場を強く意識する。
 無意味な行為だとは思わない。けれどいつかはそう、彼は側妻を娶って世継ぎを残すことになるのだろう。望む望まないに拘らず。どちらにしろ、それはとても辛いことだ。


 思い悩んで夜着の襟をきつく握る手、それに長い指が添えられてそっと外された。甲から捕まえられた左手を導かれる。
 そのまま掌へあてられたのは、穏やかな笑みを湛えたセレストの頬。
「私は、他に妻を娶るつもりはありません」
「・・・」
「これも、信じては頂けませんか?」
 楽しそうに、形の良い眉が上がって問われる。
「なんで・・・」
「貴方という方がいらっしゃるのに」
「いや、そうじゃなく・・・」
 こんな時にわざとこういった物言いをされるのは、焦らされているようで、困る。
 拗ねた顔になったのだろう、破顔した夫にすみませんと口付けを貰った。
「・・・っ・・・、ふ」
 唇がだるくなるほど良い様に捏ねられ、呼吸の苦しさに眉根が寄る。漸く解放された時にはすっかり息が荒いでしまっていた。
 くたりと凭れ掛かるのを、優しく寝台へ横たえてくれる。

 指で梳かれて秀でた額へ、また口付けが落ちた。
「妹が、居ますから・・・」
 身体の角度が変わって流れた涙の跡を、くちびるで辿られる。
「妹・・・?」
 王子によく似た、しかし表情も仕草も溌剌とした王女を思い出した。
「ええ、もう婚約者も居るんですけどね」
「・・・っ、では・・・その妹君の婚約者殿に・・・っ、?」
 耳朶を浅く噛まれて続く言葉を飲んだ。王位継承権とは、そう簡単に譲渡出来るものなのかどうかをまず考えた。そうなると、夫はもう王子ではなくなるということなのだろうか。
 腰骨の辺りを強弱を付けて撫でられる感触に意識が拡散しそうになる中、何とか考える。そうすると、

「あとは、皆で相談です」

あっさりと、言われた。



「・・・は?」
「家族なんですから、当然でしょう?」
 そう言うセレストは、表情も至極当然といった態で見下ろしてくる。
「家族・・・」
 これまで長い間、継家族に囲まれて暮らしていた王太子妃にとってそれは馴染みのない感覚で、なかなか実感が湧かない。
「ええ」
 微笑んだ王子は、他人事のような顔をしていらっしゃいますが貴方も家族の一員なんですよと、自ら夜着の襟元を緩める。
「父も当然未だ健在ですし、今後の事は家族皆で相談です。立太子はされましたから、いずれ私が国王の職を継ぐことにはなりますが」
「それ、では・・・、っ・・・」

 息を呑んで、首筋に埋められた蒼の髪を抱く。下腹にただ手を置かれただけで、ぞくりと震えが走った。きつく吸われる動脈、弄られる胸元、器用に脱がされる下着を妙なところで感心する。

「っ、あ、・・・セレス・・・っ」
「あのう・・・」
囁くような、けれど場にそぐわない心配気な声に潤んだ視界が開いた。

「ん・・・な、に・・・」


「もうそろそろ、私の事だけを考えて頂けませんか、奥さん?」



















あーやっっとこれでほんとに終了です。
・・・長かった・・・(めそ)
ギリギリ表に出せる程度のエロっちさというか、そういうのは常に挑戦ですな。
(挑戦せんでよろしい)


従者王子だからってオイシイ目を見させ過ぎた・・・。
次こそはセレスト氏をぎゃふんと。ええ、ぎゃふんとね。
20030411.yuz

<BGM:WANNA BE AN ANGEL/新居昭乃>
"世界中に言いたいの 私はあなたのもの 楽園にたどりついたの"

6/29.更に駄目押し