これまでの経験から言って、主君がこんな笑い方をする時はろくな結果を齎さない。
それはたとえば、城から抜け出す前兆であったり、城の庭の何処とも知れぬ場所に穴を掘って憐れな従者を確実に落とす企みを考えていたり、散歩と称してダンジョンへ憐れな従者を無理矢理同伴させようと考えていたり、断れば一人で出掛けようとして結局憐れな従者は付いて行く羽目になったりと、多様なバリエーションが有るのである。さすがに落とし穴を実行されたことは無いが、他はすべて経験済みだ。
即ち、伏し目がちの長い睫毛が頬に扇形の影を落とし、白皙の面に綺麗な弧を描くふくりとした唇、加えてふわりと広がる華のような印象、そして。
「ふふっ」
まるで邪気のない、眩しすぎる笑顔。
ところがこの笑顔が曲者なのだ。今これまでに何度この笑顔に惑わされ、痛い目を見てきたことか。思わず腰が引けた従者を誰が責められよう。
「な、・・・何ですか」
「良いものを見せてやろうか、セレスト」
「いえ結構です」
正直な即答は右から左に聞き流された。
「これに付いていた説明書がまた難解な古代文字でな、解読するのは非常に骨が折れたのだが」
懐から怪しげな瓶を取り出す。
「この度漸く全文の解読に成功した!」
ばーん、と自ら効果音を言って差し出す。
「・・・・・・・・・・・・」
「どうだ参ったか」
「で、あのカナン様」
「何だ」
「これ何ですか」
瓶は怪しげだが、中に入っているものは。
「ん?言わなかったか」
「はいぜんぜんまったく」
からん、と硝子珠のような赤と青のまるいもの。大きさはさくらんぼ程、いっそあどけないほどに綺麗なふたつ。
「おおすまん、実はこれは“ミルモキャンディ”というものでな」
「はあ」
「聞いて驚くなよ、この、青いキャンディを食べれば10歳年をとり、赤いキャンディを食べれば10歳若返るというマジックアイテムなのだ」
「はあ・・・左様ですか」
胡散臭い。
何処からこんなものを仕入れてきたのか(恐らくは城地下の倉庫に埋没していた遺物であろうが)、非常に胡散臭い。
だいたいこんな飴玉ひとつで人間の年齢を左右するなど。
「うっそだあ、と思っているな?」
「・・・カナン様そのようなお言葉遣いは」
「む、矢張り市井のギャルの言葉は難しいな」
ギャルとかも言わないで欲しい。第一、古い。
何だかずきずきと痛んできたこめかみを押さえる従者を見遣り、カナンは笑う。
「まあ待て待て。本当か嘘かは僕がこれを食べてみればすぐに」
「い、いいいいけません駄目ですおやめ下さいっ!!」
「なんで」
「なんでもかんでも駄目です!万が一のことが有ったら如何なさいます!」
心配性だなあ、とカナンは呆れたように言う。
「万が一も何も、それはこのキャンディの効果が現れた場合じゃないか」
「毒性が有った場合です!」
「あ、その辺は大丈夫だ」
「何故そう言い切れます?」
最早、問い詰めるような物言いをする従者を押し留めるように王子は言った。
「欠片を取って、一通りの毒性検査をしたら問題無かった。どうだ、抜かりなかろう?」
カルカルと金属製の蓋を回して取る。
だからと言って、ここではいそうですかと呆と見ている訳にもいくまい。
「おやめ下さいカナン様!」
「大丈夫、只の飴玉だ」
「そ、それなら私が!私が食べます私が!」
「馬鹿者!」
上げられた声の激しさに、セレストの動きが止まった。驚いて見返すカナンの蒼眼、ぎゅっと眉根が寄せられているその表情は、まるで痛みを堪えているかのようで。
「カナン、さま・・・?」
「馬鹿者・・・僕の、気持ちも知らないで・・・この朴念仁が」
「え・・・」
「ちょっとでも、お前に近付きたい・・・、そう思ってはいけないのか?」
ばくん、とセレストの心臓が音を立てる。
「セレストは気にしない、そう言うしわかってる。でも」
する、と捲られる上衣の袖。白い腕があらわになる。腕の内側のきれいなライン、その滑らかな皮膚が鼓動を煽ると。
(わ、わかってらっしゃらないわかってらっしゃらない)
好きなひとの生腕一本で、ばくばくと我武者羅に血液を送り出す己の心の臓が恨めしい。しかし、
「いつまでたっても細い腕、足。華奢で・・・僕ばかりが子供で・・・嫌なんだ」
彼のひとは下唇を噛んで、俯いてしまう。
「あと10年もすれば、僕もお前のようなかっちりした体つきになれるかもしれない。けれど・・・」
そうして見ているこちらがくらりとするような、せつない蒼を向けられた。
「それじゃ駄目なんだ・・・待てない」
「カナン様、ですから私が・・・」
「だから!」
もどかしげに瓶を抱いたまま飛び込んで来た痩躯を、どうして拒めようか。
「お前が!僕にそれを言うのか!?」
ほっそりとした指が制服の布地をきつく掴む。
「お前に呪いの足輪を付けて、これまでのレベルを水泡に帰した僕に、それを!」
「カナン様・・・!」
足元から突き抜けるような愛しさに、セレストは腕の中の少年を抱きしめた。
まさか、そんな事を考えていたとは全然気付かなかった。体格の差云々はともかくとして、この可愛いひとが、こんなに年の差を歯痒く思っていたことも、アンクレットによってしなくても良い苦労をセレストに背負わせてしまったことを、気に病んでいたことも。
(・・・いやアレはマジでしなくて良い苦労だったんだけど)
しかしそのお陰で、こんな可愛い恋人を得られたという結果にも繋がった訳ではあるし。
“結果オーライ”の気性はこの主君から、従者である自分にまでも伝染してしまったようである。
抱き竦めた少年特有の柔らかさと固さを内包した身体は眩暈がする程の弾力を返してきて、その存在感にえもいわれぬ感情がふつふつと湧く。口付けた髪の香りは柑橘。
好きすぎて、堪らなかった。
だから、反応が遅れた。
「というわけで無問題だな」
けろりとした科白の後に。
かろん、と青い飴玉を自ら口の中に放り込むカナンを
「ああーっ!!」
止めることが、出来なかった。
to be continued.