honey of the day today.


 元来、王国の騎士団というものはエリートの集団である。
 厳しい訓練と規律、責務においても軽く扱えるものなどひとつもない。加えて騎士団に入る為の士官学校、それに入学する為の試験がまた難しい。士官学校を出たら出たで王国騎士団入団の為の試験が更に課せられる。武芸に秀でていることは勿論、一般教養に地学兵法、専攻によっては魔法学、薬学、その他諸々に個々の為人まで厳しく審査され篩に掛けられ、晴れて入団が叶うのだ。
 そして中でも普通一般の騎士団員とは違い、直に王宮内の警備にあたる近衛隊配属ともなれば、エリート中のエリートなのである。精鋭揃いなのである。気は優しくて力持ちなのである。みんなの憧れなのである。国内の婦女子の間では結婚したい男の職業ナンバーワンなのである。

 ここに、ひとりの青年が居る。名前はセレスト・アーヴィング、23歳独身。すらりとした身長178センチに体重70キロ、蒼穹のような髪と新緑の色の瞳を持ち、なかなかに人当たりも良い好人物だ。
 若くして精鋭近衛の副隊長の座に収まり、周囲からの信頼も厚い。実の父親が騎士団の長であり、入隊当初は口さがない方面から七光りだの何だのと色々言われたようではあるが、それもすぐに大人しくなった。本人の持つ実力と性質の良さが結果ということなのであろう。あと騎士団長本人の「使える奴は馬でも息子でも使わねぇと損」という身も蓋も無い一言があったことは、ここだけの話である。裏を返せば「使える奴」として認められた至極真っ当な科白であるが、当の息子も、まさか馬畜と等しく評価されているなどとは思ってもいるまい。

 おっさんばかりの管理職の中にひとつ輝く有望株、しかし傑物揃いと噂される騎士団上層部の中ではそう目立つ存在ではない。当の本人が派手なことを好まず剣の腕は立っても趣味は木彫りと、良く言えば物静かな、ぶっちゃけて言えば地味な性分と、加えて彼の父親である騎士団長、彼の仕えている主君であり第二王子カナン・ルーキウス、この二人の存在感、というかインパクトが強すぎて彼の影を薄めている要因である事は否定できない。

 しかしそれがルーキウス城内において、一部の侍女たちに一種マニアックな人気を誇っていることも、当の本人の知るところではない。



「きゃ、」
「あ、すみません、大丈夫ですか」
 曲がり角の出会い頭で軽く接触し、驚きの声をあげた侍女にセレストは礼儀正しく道を譲った。娘の両腕に抱えられた花籠から落ちた白百合をそっと拾い、元通り籠へ差し入れてやってから仄かに笑う。
「・・・気を付けて」
「は、はい。あの、失礼します・・・っ」
 その頬へ瞬時に朱を上らせ、何故だか逃げるように小走りで去る侍女を見送る。何か悪いことでもしただろうかなどとぼやっと思うけれど、心当たるものが何もない。
 この瞬間また新たなゴシップが生まれたことを、彼は知る由もない。

 ふー、とひとつ鼻から息をつき、先程曲がり損ねた角をまた行こうと、その時である。

「うお、」
「わっ、あっ!?か、カナン様っ」

 ぶ、と鼻からセレストの胸元へ勢いよく突っ込んできた少年がいる。緑風に煌く金糸の髪、この晴れた日の強い日差しにもまったく焼けない白磁の膚、ぶつかった衝撃で眇められた涙目は、天上の蒼。
 見るからに王子さま然とした風体の、文字どおり王子さまであった。

「しまった、セレストか」
「しまった、って何なんですか、しまった、って!」
「ん、そう聞こえたか?気のせいだろう」
「カナン様!」
 悪びれもせず、打った鼻を掌で擦る王子に眩暈を感じるセレストである。
 この王子付きの従者に任ぜられて早幾年、この手の眩暈とは既に馴染みの持病のような付き合いであるが、未だ胃壁と心の臓に負担を与え続けている。
 今回の眩暈の原因には、

“今の時間は部屋に居る筈の王子が、こんな屋外に面した回廊をうろついていること”

“その王子の腕に抱えられた風呂敷包みが、非常に訝しい大きさであること”

・・・等が該当する。更に、
“その風呂敷き包みの隙間から覗いているものが・・・”


「・・・どうして外出用のお服を持ち出されているんですか」
 胡乱にセレストが問い掛けても、カナンの表情は一向に変わらない。
「いや、これは外出着ではないぞ」
 言いつつ、さりげなく包みを後ろ手に隠そうとする。
「ではその不審物、検めさせて頂きます」
「不審物言うな、失敬な」
「では何だと仰るんですか」
「ん、これは普段着なのだ」
「・・・」
 これ以上皺が定着しないよう、セレストは黙って指先で眉間を引き伸ばした。外出着と普段着とどう違うのか、そもそも普段着とは今王子が身に付けている白地に濃紺のラインが入った王子服のことではないというのか。

 訊いても無駄な気がしたので質問を変える。
「・・・で、その普段着をどうなさるおつもりです」
「む、着替えるに決まっているだろう」
「何処で」
「えーと、なんかその辺で」
「やめてくださいっ」
 この先の判りきった問答を推し進める気力は残り少ない。王子の言うなんかその辺、とは勿論その辺であり、この回廊に面しているのは緑生い茂る・・・

「王子殿下ともあろう方が、植え込みで着替えなどなさらないで下さい!」
 辺りを憚って抑えられた声音の叱咤に、カナンは細い人差し指をセレストの鼻先で振った。
「ふっふっふっ、誰に見られるともしれない植え込みで着替えるというスリルが、微行の醍醐味ではないか。まだまだ甘いな、セレスト」
 誰かに見られるかもしれないから困るのである。
 建前上でも個人的にも。

「甘くて結構です。さ、私に見付かったからには外出はお取り止め下さい」
「むぅ、嫌だと言ったら?」
「力尽くでも止めて頂きます」
「言い切ったな」
「ここは従者として、職務を遂行すべきと判断致しました」
「ふん、職分に忠実すぎるのは感心せんな」
「私の主たる貴方が仰らないでください、貴方が」
 本日何度目かの脱力感に襲われる。かくりと首を落とす従者の腕の辺りを、ふと王子の指が掠めた。
「何か付いてるぞ?」

「?」
 見ると木蓮の蕾の如き白い指先に、橙色の粉末が付着している。一瞬何の粉だか判らなかったが、その白い指とのコントラストで思い至るもの。
「あ・・・、先ほど侍女さんと、この角でぶつかってしまいまして・・・その時に彼女が持っていた白百合の花粉かと」
「・・・」
「あああお止めください、お手が汚れますっ」
 何故だかすぅっと表情を消し、ねたねたと指先でその花粉を弄ぶカナンにセレストは慌てた。百合の花粉は色素が強く、服などに一旦付けば中々落ちないことは勿論、こんな白いきれいな指先に色を付けてしまうなどと、セレストにとってはとんでもないことである。
 捕まえた手の、自分より幾分温度の低い滑らかさに湧いた動揺を押し隠し、その先を手巾で拭う。真白い布に色が移るのも厭わず一生懸命汚れを落としていると、感情を消したようなカナンの声がした。
「お前、ぶつかった彼女に大丈夫ですかーとか言っただろう」
「え?・・・あ、は、はい」
 目を上げるとその声とは裏腹に、むすくれた風情の王子が居る。
「彼女が落とした百合を一輪、拾ってやったりだとか」
「はい・・・」
 どうしてわかるんだろう。

「どうぞ、気をつけてとか言って道を譲ってやったり」
「はあ、しましたね」
 伊達に長年の付き合いではないということか。行動を読まれている。
「お嬢さんお怪我はとか」
「いえそこまでは」
 流石にそこまでは。


「ふーーーん」
「あの・・・何か・・・」
 おかしな事でもしたろうか。おろおろと狼狽する従者にカナンは「天然か、」と溜息を吐く。もう良いと言って取り戻した手を、半ば呆れたように腰に遣り、俯く頭を左右に振った。
「お前なあ、いたいけな年若い娘を誑してどうする」

 誑す。

「・・・・・・・・・・・・はい?」

 ・・・・・・・・・・・・って、誰が?

 鈍い反応を返す従者に、王子は指を突きつけて言う。
「自覚が無いようなので言っておいてやろう。お前の、その、一挙手一投足が、一部の人間にとっては何よりも甘美な誑かし電波を発しているのだ。白鳳が良い例だろう」
「ええと・・・」
「お前が城内の人間と接する度に、中にはそうやって誑かされてしまう者が居るということを忘れるな」
「あの」
「そうでなくとも近衛なんて商売は注目されて仕方がない存在だというのにいやそれが悪いと言っている訳ではないが」
「あのう」
「だいたい、無防備にぽへぽへしているから、そうやってうっかり誑かし電波を発したりしてしまうんだ。もうちょっと自覚をもってだなあ」
 誑かし電波って何。・・・だとか、そんなことよりも。
「か、カナン様」
「何だ」

 突きつけられていた指を、再びセレストは取った。更に手指ごと胸元に引き寄せると、カナンは大人しく黙る。
「・・・どうして、そんなに怒っていらっしゃるんです」
「・・・っ」
 訳がわからない。どうしたら良いかわからなくて、絶句しているカナンの指を心臓の上でぎゅっと握る。そうすると、目に見えて桜色にカナンの頬が染まった。
「カナン様?」
 呼ぶと、我に返ったように蒼眼が瞬く。
「あー、いやその、すまない。・・・別に怒ったわけではなくてだな」
 そう言って王子はこほん、と咳払いをひとつ落とした。
「はあ」
「その、何だ、・・・お前が無自覚なのを責めるつもりはなかったんだ。ただ、」
「?」
「お前がその、他の者に笑ったり優しくしてやったりしているのがだな」
「・・・??」
「何となく・・・、気に入らなかっただけだ。・・・僕の気分の問題だ。お前は気にしなくていい。八つ当たりだ、すまん」
「・・・」
 憮然としつつも自嘲するように、それでも胸を張ってすっぱりと詫びてくるあたりが王子の漢らしいところだが、しかし。

「あの、カナン様」
 仕方がないから今日のところは大人しく部屋に帰ってやる覚えてろ、と三下の悪役みたいな科白を言って踵を返そうとする王子を、セレストは引き留めた。辺りを窺って、植え込みの蔭に入ってカナンを手招く。
「カナン様」
 誰に聞かれるとも知れない回廊などでは、とても言えない。
「何だ」
「自分ではよくわかりませんが・・・、もしその、た、誑かし電波とやらが私から出ているのであればですね」
「?」

 このひとは、気付いていない。否、そもそも妬心というものをこれまで知らなかったのかもしれない。

「受信されるのはカナン様お一人だけで、もういいです」
 でも少し、嬉しかった。

「・・・」
「カナン様だけが、・・・いいです」

 吃驚したように見開かれる蒼を、正面から見ることが出来ない。目の縁が熱くなるのがわかる。言ってから恥ずかしくなるくらいなら最初から言わなければ良いものを、言ってしまった今では既にあとの祭りというものであろう。
「・・・」
「・・・それだ」
「は?」
 きっ、と潤んだ蒼に見据えられる。これ以上ない程の艶やかな色に染められた顔色に驚く。

「それがっ、お前の誑かし電波だと言っているっ」
「はいい?」

 頓狂な声を上げると同時に、静かにしろ馬鹿者と潜められた声と共に容赦のないちょっぷが降ってきた。



 エリートだが地味で影が薄くてマニアックな人気を誇る近衛副隊長が、色々と大変だけれど糖度の高い恋をしていることは、誰も知らない。















え〜何やら自分設定が入ってますが、オフィシャルでは騎士団への
入団資格だとか内部構成だとかな記述は有りませんので悪しからず。
・・・なんとなくあの国なら『あのー騎士団に入りたいんスけど』
『あーどうぞー』てな具合で入団希望を募ってそうですけどね。わはは。

さてセレストに萌えてみようかい、と書いたものです。
夏用に色々と書いて没にしたもののうち一本です。
私的にへたれ、というものは
"自分の格好良さに気付いていない(または無頓着)"である、
というのが条件のうちひとつなのですが。どうかな。

でもちょっと色んな意味でデンパなSSに・・・(T-T)
20030925.yuz

<BGM:I'm in love?/B'z>
"その声がこの胸の奥の鐘を鳴らしてしまった"