いつも午後2時。
第二王子カナンのおやつの時間は決まっている。だからセレストは騎士団での隊務を終わらせて王子の部屋へ上がる前に厨房に寄り、既に馴染みの王宮専属の菓子職人から綺麗に飾り付けを施された茶菓子を受け取り、お茶の支度を整えてちょうど2時に王子の私室へ赴く。
強くもなく弱くもない力で扉をノックすれば、少年独特のよく通る声で王子の応えがある筈だった。
筈だった、ということは無いということで、この場合まず第一に予想される王子の所在は明らかなのである。
(・・・また脱走されたのか・・・)
半ば落胆と諦観と哀惜の混じった複雑な感情で、失礼しますと主の無い部屋へ律儀に声を掛けて扉を開ける。いつもなら、机に向かって何かに熱心に取り組んでいたり窓際に立って風を受けていたり、扉の内側に隠れていて待ち構えていたり、地下の倉庫から発掘した妙な被り物を被って威張っていたりするカナンの姿、案の定見当たらなくて。
(まったく・・・仕方の無いお方だ・・・)
毎日楽しみにしているおやつの時間に遅れることは珍しいといって良い程のことだったから、此処で待っていれば然程時を置かずに帰ってくるだろう。しかし、従者としては主君が居ないからといって安穏と待ちの体勢で居る訳には到底いかず。
テーブルに持参した一式を置いて、どうしたものかと見渡すと目に入る寝台の上に、見慣れたひとの姿。・・・丸くなって猫のように。
「カナン様・・・」
眠る王子の妨げとならないよう、そっと近付く。横向きになって縮こまり、力の抜けた両手を口元に置いている様子が、本当に猫みたいで起こしてしまうのが忍びなかった。
けれど起こさない訳にもいかず、セレストはその肩にそっと手を掛けた。このままでは風邪を引かせてしまう。
「カナン様、・・・カナン様、お風邪を召されますよ」
触れた肩は案の定冷たい。
「カナン様」
「・・・、ん・・・」
うっとりと開く蒼は焦点の緩んだまま、セレストの髪を映して更に深くなる。
「・・せれ、すと・?」
「はい。お目覚めになりましたか?」
「ん〜〜〜」
眠気にむずかるように、カナンは両手の甲を顔に押し付けて縮まった。きゅう〜と喉が鳴るのが聞こえる。セレストの口元が綻んだ。
「さあ起きて下さいカナン様。お茶が冷めてしまいます」
時間外に昼寝とはいえ今日は城外脱走は無しという、何と良い日であることか。それだけで何だかハッピーになる従者へ、しかし向けられたのは意に反して恨みがましい蒼の双眸。
「うー」
「な・・・何ですか・・・?」
横になって丸くなったままで。
「起こしたな」
「はあ?」
そんな、欠伸の涙目で睨みつけられる覚えはない。寝台から降りる手を貸そうと、差し出した掌を上に向けてセレストは首を傾げた。
「今、すっごくすうっっごく大きなチーズケーキを食べるところだったんだ。セレストが起こした所為で、食べ損ねた」
どうやら、今まで見ていた夢の話らしい。どうしてくれるんだこのとーへんぼく、と寝転がったまま不平を漏らす王子を、セレストはハイハイと慣れた様子で抱き起こし、皺になった衣服を整えてやった。
「申し訳ありませんでしたねそれは。お持ちしたおやつで弁償しますから」
「む、通販のカタログも見るところだった」
座ったままぶつぶつ言う王子のぼさぼさと乱れた髪を、手櫛で梳いてやる。
「・・・今度最新のものをお取り寄せしましょう」
「それから、キスも」
「本当ですか?」
「うむ。弁償弁償」
「・・・」
もうすっかり目が覚めた様子の王子へ薄らと疑念が湧くが、愚図愚図しているとお茶が冷めてしまう。仕方ないな、とひとつ息をついて髪を撫でていた手でくいと顎を持ち上げ、口付けた。ちゅ、と軽い音がする。
ふ、と桜に染まる頬が愛らしいなと思いつつ、取った王子の手をセレストは引っ張り上げた。
「・・・さ、カナン様お茶を・・・」
「あと、城下にも下りて」
「その手には乗りません!」
今日この後に向けての課題は、この良い日をいかに維持するかということであるようだ。