「セレストから離れろっ!セレストにはもう決まった相手がいるんだぞ!」
「えっ・・・」
「え・・・?」
「え・・・」
自分の口から飛び出した言葉に、カナンは自分で驚いた。
あわてて何だかんだと理屈をつけて誤魔化したけれど、後になってなんで誤魔化す必要があるんだと無性に腹が立った。
元々あんなことを言うつもりなんてなかったのだ。あんな、子供のような癇癪をおこして。
「カナン様、お待ちください!」
近付いて引き離して、無理強いは止せとそれだけ言えば良かったことではないか。何をむきになっていたのだろう。当のセレストだって、虚をつかれたような顔をしていた。
恥ずかしい。
「カナン様」
ぱあっと頭に血がのぼってしまいつい言ってしまったこととはいえ、しかしだからこそあれが自分の本心だったのかもしれない。
白鳳の、手入れの行き届いた白くきれいな指が、セレストの肩に纏わり付く有様を妙に生々しく思い出した。いつか、自分もああして縋り付いた肩だ。それを思い出して堪らなくなって。
あれから何事もなかったかのように遺跡に入り、セレストと二人になって突然襲ってきた羞恥。初めて踏み入れる場所には必ずセレストが先に立つ。それだけは頑として譲らない青年の広い肩が目に入った、その途端に。
「・・・っ」
自分の中に、こんな瞬間湯沸的な感情があったのかと思うと眩暈がしてくらくらする。ひどい独占欲と嫉妬心だ。あの場面で発せられたあの言葉は、その両方の性質を見事に兼ね備え持っていた。
それに、あれは束縛の言葉だと思う。決まった相手だなんて、それは確かに彼とは想いを交わした仲ではあるし今も好きであることに違いはないけれど、だからといってあのような、いわば他人の前で宣言されるのは彼にとっては不本意なことだろう。いくら好きだとはいえ、お互いの思惑がまったくの一致を見ると思うほど、自分は恋愛に夢を見ているわけではない。そんな簡単に、ましてや恋愛の相手から決めつけられるというものではないだろう、そんなものは。
白鳳とて、ちょっと巫山戯ただけで本気でセレストを襲おうとは・・・
(いや、してたしてた、あれはしてたぞかなりまじめに)
歩きながらぶんぶんと頭を振る。煮詰まりのあまり、かなりの速度で歩いているから少し息が苦しい。苦しいのは歩く速度の所為ばかりではないけれど。
だからといって、なんであそこでむきになる必要がある。セレストだって立派な成人男子なのだし、それくらい自分で責任を持って貞操を守らんかと逆に、今度は従者にまで腹を立てている自分に気が付いて、更なる自己嫌悪の淵に落込んだ。
その後にした誤魔化しの言い訳がまた最悪だった。女性に人気があるなどと、どの口が言うか。言えた義理じゃないことは百も承知している癖に。
「カナン様!」
すぐ傍で発せられた名に続いて大きな手に捉えられる二の腕。肩が揺れるほど驚いて、立ち止まった。いつの間にか方向の見当もつけず歩いていたらしい。息を少し乱したようなセレストの手から、困惑が伝わってくる。
「どうなさったんですか、急に明後日の方向に歩き出されて」
「・・・」
「カナン様?」
痛みを感じない程度に、力を加減されて掴まれた腕が痛い。
「あ・・・ぃや、・・・な、なんでもな」
「何でもない、というご様子ではありませんよ」
覆い被さるように言葉を重ねられて、逃げ場がなくなった。いつになく強い調子で問われて、彼が少し苛立っているのを理解した。こんな何が出てくるとも知れないダンジョンの中、パートナーが勝手に歩き出しては万が一の時に命取りとなる。彼の苛立ちは"パートナー"の振る舞いを責める、それだけではないと知っているけれど、此処では同等だとしつこい程に念を押したのは、自分だ。本音はともかく、建前はそうでなくてはならない。
そうでなくては、己の役割が大したものではないと、もしかして自分は彼にとって重荷になっているのかもしれないと、普段なら意識もしない暗いところへ目が向いてしまいそうで。
「・・・ごめんなさい」
「カ・・・ナンさま?」
顔を上げられないまま、萎れるように呟いた謝罪はセレストを驚かせたようだ。
「少し・・・自分のことが嫌になっただけだ。・・・迷惑をかけて、すまない」
らしくないな、と自嘲気味に一旦瞳を伏せてから思い切って上げた。ぶつかる翠に気を取り直して行こうか、と微笑う。今は無理にでも笑って行こう、そう決めた。あれだけ待ち望んでいた冒険の真っ只中、今はただ時間が惜しい。
元来た道を戻ろうと、セレストの脇をすり抜けようとしたその時。
「カナン様」
腕を掴んだままだったセレストの手に、引いて戻された。何を、といいかけて包まれた両の頬に押し黙る。更にごつっと額同士をぶつけられて星が散った。
「・・・たっ」
大きな掌、それが顔の両側を固定して身動きがならない。何をするともがいて睨んだ目に映る、真摯な眼差し。その深さに、一瞬息を呑む。
「・・・貴方がご自分を嫌になるというのなら、私はどうすれば良いんですか」
「は?」
額をぐりぐりと押し付けられたまま、言われたことの意味がわからなくてぽかんとした。勢いぼさぼさと乱れた金の前髪の間、丸く見開かれる蒼瞳に、今度はセレストが言い澱む。
「貴方は、私の・・・わ、私が!・・・決めた方なのに・・・っ」
言ってしまってからもっと他に上手い事が言えないのか俺はっ、と内心思っているのが見え見えの表情を滑稽なほど赤く染めた。自分でも我ながら恥ずかしいことを言ったと思っているらしい。
思わず吹きだして笑ってしまった。