green note.


 午前の隊務を終えてぞろぞろと団体で移動中、カタリナ様付きの侍女とすれ違う。故郷へ帰られていたカタリナ様に彼女も付き従っていたから、姿を見るのは少し久しぶりだ。軽く頭を下げると向こうも小さく膝を曲げて、王妃様の侍女らしい優雅な礼を返してくれた。
「きれいだなあ」
「髪切ったんだなあ」
「何ソレ失恋したってこと?」
「オマエその認識オヤジ・・・」
「今時、失恋くらいで髪切る女いるかよ」
「え、そうなんだ」
「って、お前もか!」
 彼女が立ち去ってから、ひそひそと言い交わす同僚たちの声がする。確かに綺麗な人であるし、すらりとした立ち居振舞い、口を開けば鈴の音のような声で正しい言葉遣い、まるで楚々とした白百合のようだと近衛の面々にかなりの好評を博している。
 密かなマドンナといえばリナリア様もだが、あの方はむしろ本当に手の届かない憧れの君という意味合いで強い。白百合さんは、もしかしてもしかしたら・・・という夢や希望を持ちつつ、でもその近寄り難さに遠くから眺めているだけの青少年がかなりの数、騎士団には在籍しているのだ、実は。
 名残惜しげに我も我もと見送る同僚たちの後ろから、肩先で切り揃えられたまっすぐな髪を同じく見送る。陽光にきらきらと、風にさらさらと揺れるその髪色は、金。


 俺は。
 指で梳くと、つやつやと間からすべって落ちる金を想う。彼女よりも短くて。でもあのひとの髪色はもっと濃くて、太陽に蜂蜜を溶かしたようなのだ。光の角度によっては蜜柑色の影。いい匂い。まっすぐに見上げてくる曇りのない蒼。「セレストの髪は青空みたいな色だなあ」と笑って、そのしなやかな両手で俺の前髪をぎゅっと上げて額を出された。貴方の瞳の方が、もっと青空の色です。そう言ったら「でこ丸出しの状態で言われても、殺し文句には程遠いな」と、もっと笑う。

 その笑顔を両手でぐっと捕まえて、笑いが引っ込むようなキスをして。
 柔らかなくちびる、口腔で絡む薄い舌、鼻先から抜ける吐息混じりの甘い声、まるで馨しい花に口吻けているような錯覚。
 朝露を宿したような蒼瞳を間近に、こうすればでこは見えませんからと言うと、見ているこちらが眩々しそうな艶を増した貌で「む、しまった」と素直に負けを認められた。

 それから。





「"・・・そして、カタリナ様の侍女を我も我もと名残惜しげに見送る隊員の後ろから、同じくじっと彼女の後ろ姿を見つめしばし置いた後に何を思ったか、かあっと頭の先から赤くなってあわあわと何もない頭上を両手で払う仕草をする。若いですね。午後十二時"」
「なっ、なっ、なっ、・・・何ですかそれはカナン様―――!!!」


 午後二時、第二王子のおやつを運んで彼の自室へ赴いたセレストは、いきなりの先制攻撃に背骨を引き抜かれるような戦慄を味わっていた。
 いつも通りソファに掛けてくつろいだ様子でお茶を待つ第二王子、しかしその手には何やらセレストにとって不穏なものが書かれているらしい小さな手帳。若草の地にかわゆいうさぎのワンポイントがちらりと見える。
 書かれていることはすべて事実。しかもほんの二時間前にセレストの取った行動が、微に入り細に入り事細かくこれでもかと詳細に記載されているのだ。更にはそれを記したと思しき人物の感想までがさらりと軽く書かれている。書かれた本人にとってはまさに何じゃこりゃー!!?な代物であろう。

「一体誰がそんなものを!?カナン様!」
 驚愕のセレストをよそに、ぱしんと小気味良い音を立て片手で手帳を閉じたカナンは、ふんと鼻を鳴らす。
「そんなことより」
「そんなことじゃありませんっ!」
「では言おう、常にとは言わないが比較的お前の傍に居て、客観的かつ冷静にお前の行動を見守りそれを正確に記録し、尚且つ他の者に委ねることなく直接僕にこれを迅速に手渡しすることの出来るナイスな人物だ」
 と、いうことは只の隊員ではありえない。通常、許可なくしては王族のプライベートな居住区にまで立入ることが叶わないからだ。となればそれはある程度以上の身分を持つ人物、更にはあの場に居た近衛の面々の中に。
 検索結果はすぐに出た。

(た、・・・隊・・・長・・・)

 がっくりと首の骨まで抜かれたようになるセレストを無視してカナンは続ける。
「外に出ることも叶わずただ日々を退屈に過ごす気の毒な王子が唯一の心の慰みに親愛なる従者の一日の行動を知りたいと」
「・・・カナン様お言葉が棒読みです・・・」
「知りたいと!・・・言ったらナイスな人物が"では私が貴方の望みを叶えて差し上げましょう"とにっこり邪気のない顔で微笑んでな」
「はあ」
「"そのかわり、この手帳に私が書くことと同じ量の書き取りをなされば、結果報告をお渡しします"と言って、邪気のない笑顔でな・・・」
「あー・・・」

 見ればカナンの机の上には、書き取りを山のように残した書類が積み重なっている。手帳の小さな文字と違って通常の大きさで書かれた手蹟はどれも見事なものだが、一体この手帳を手に入れる為にどれだけの書き取りを行ったというのだろう、このひとは。

「それは・・・その、・・・お、お疲れ様でした・・・」
 何となく気の毒になって、疲弊した手首を振るカナンに熱い紅茶を入れて差し出してしまうあたりが、セレストのお人好しさである。
「うむ。・・・しかしあの邪気のない笑顔はアレだな、崖から落ちそうになっている時に掴んだ命綱が実はヘビだったとか、犬だと思って撫でると実は狼だったとか、そういう」
「よくわからない喩えですがお気持ちは解ります・・・」
「だろう?しかし収穫はあったぞ!」
「・・・?」
 首を傾げるセレストに向け、再びカナンはぱらりと手帳の頁を繰る。
「この最後の、ここの記述だ。" じっと彼女の後ろ姿を見つめしばし置いた後に何を思ったか、かあっと頭の先から赤くなって"―――これを浮気と呼ばずして何と」
「ちちち違います違うんですカナン様!!」
「何だ、違うのか?」
 慌てて否定したセレストに、きょとんとカナンは問い返した。
「折角むっとしたのに」
「折角むっとしないで下さい・・・」
 今日は脱力の連続である。もうぐなぐなと足の先まで骨がない。何だか無性に疲れてその場にへたり込んでしまった。
「おお、何だどうしたセレスト」
 傍に寄って同じくしゃがみ込んで猫のように顔を覗き込んでくるカナンの、さらと流れた金の髪の先をそっと指で摘む。

「ん?」
「違うんです・・・。少し、想い出しただけで」
「・・・うむ」

 たった、それだけでカナンには通じたらしい。ほわと染めた頬の桃色に安堵の息をついてセレストは微笑った。少しの切っ掛けで鮮やかによみがえる映像と感触、このひとそのものをすぐ目の前にして、それを再現せずに居られようか。
「・・・」
 指が重なる。

「でも手帳は没収させないからな!」
「・・・・・・」
 あと一センチ、触れる寸前で宣言されて意志強く開かれた蒼を見る。
「・・・だって、恋人のことを知りたいと思うのは、当然じゃないか」
「・・・っ」
 むう、と引き結ばれた唇に構わず口吻けた。少し、笑ってしまったのを誤魔化したことは否めない。



今日はまったく、骨抜きの一日だった。















うおー久しぶりに主従のラブい?のを書きました。
ラブい?のかなあ、と書いてから自分で首傾げました。

何が、って隊長の副官レポートが一番書きたかったのです(笑)
若草色のうさたん手帳は何故か隊長が持って・・・げふげふ。

20040508.yuz

<BGM:Eyes to me/Dreams come true>
ドリカムは昔の曲のが好きです。