green note. 2


「失礼しますカナン様、おやつをお持ちしま」
「とうっ!」

 扉を開け、科白を言い終えるより先に横から当のカナンに飛び付かれ、セレストは仰天した。危うくひっくり返しそうになった茶器一式のバランスを保ち、事無きを得る。
「うわびっくりした!ななな何ですか急に!危ないじゃないですか!」
「む、ひらりと避けるかと思ったんだが」
 飛び付いた体勢のまま、いやすまんすまんと悪びれもせず謝る王子の身体は軽い。
「そんな出し抜けに飛びつかれては避けられませんよ」

 胸元に縋り付いて見上げられ、セレストは苦笑を返す。いつも予測不可能な動きでこちらの度肝を抜く主君だが、今回は輪を掛けて驚かされた。また何の遊びを始めたことやら、何だか金色のにゃんにゃんにじゃれつかれているようで、危ないなあと思いつつ彼から遠ざけるように茶器の載った銀盆を頭上に掲げる。
「さ、もうお離しください。お茶の用意が・・・」
 華奢な肩幅を今更のように意識して動悸を躍らせる従者とは裏腹に、しかしカナンはぷうと頬を膨らませた。
「むう、おかしいなあ」
「は、何がですか?」
 南国の侍従よろしく頭の上に盆を揚げたまま首を傾げるセレストの目の前で、カナンは懐から一冊の手帳を取り出した。小さなかわゆい手帳だ。よく見るとその背から細い糸で編まれた栞までちゃんと付随しているあたり、芸が細かい。表紙は若草色、隅の方には小さな・・・

「うさたん、・・・ってまだ持ってらっしゃったんですかその手帳―――!?」

 ほぎゃ!と口を開ける従者に構わずカナンはぱらぱらと片手の指で頁を繰る。
「うむ、僕の宝物だからな。そう簡単に捨てられる訳がなかろうが」
「え、た、・・・そ、、や、宝、もの・・・って」
 さらりと言われた言葉の裏に動揺する自分が、セレストには少し情けない。其処に書かれている内容を知っている。ここ最近の、何故か自分の勤務実態というか一挙手一投足のすべてが事細かく流麗なる文字で綴られているのだ。何時に訓練を始めて終えたとか、何分にくしゃみをしたとか、その後同僚に寄って集って「一回だけのくしゃみは悪い噂を立てられてるんだぞもう一回しとけ」と言われていたとか、そんなことが全部。
 著者の名前は何となく憚られるのでA氏としておく。一応、やめてくださいとかセレストは言ったようだが、現行犯で掴めない上に「・・・これによってカナン様の書き取りがこの上なく進むようだったんだが・・・」と遠くの空を見上げて言われ、太刀打ちは叶わなかった。
それはともかく。

 そんな、自分のあーんな事やこーんな事を描写してある手帳にそこまでの執着を見せられ、セレストは嬉しいような切ないような複雑な気分になる。とほほ、と心で泣く従者に「だって面白いじゃないか」と王子は続け、更なる心の滝涙を誘った。
「お願いですからもうお茶にしましょうカナン様・・・」
「や、待て待て。ここにこう書いてある」
「何でしょう」
 手帳のとある一頁で手を止め、指で示した箇所を覗き込む。

「"うしの世話の最中、気の立った一頭が足蹴を繰り出すもののそれを身軽にひらりと躱す。反射神経は良いですね"」

 棒で読み上げられるカナンの声に、頬が熱くなる。
「あ・・・それはその・・・たまたまというか」
 つい照れるセレストに朗読は続けられた。

「"でもその後、飛び退りすぎてうし舎の壁に激突。後頭部を打っていました"・・・
    なるほどうーむ、まだまだ修行が足りないということか?セレスト」

「いえ、・・・それもその・・・たまたまというか・・・」
 引っ張り上げられては落とされ、また引き上げられては落とされる。山と谷に挟まれ青い嘆息を漏らした従者はもうお離し下さいと王子を遠ざけ、肩を落としてお茶の支度にかかった。
 彼の凹みを気にした様子もなく付いて来たカナンは、その手際を見学しながら言う。
「だから、僕が飛びついても身軽にひらりと躱されると思ったんだ。ちょっと格好良いと思わないか?」
ぜんぜん思わない。
「カナン様なら躱しませんよ・・・」

躱せる訳がないでしょう、と眉を下げてそう言うと返るのは、ただ沈黙。
「・・・?カナンさ・・・」
「・・・ゃ、こっち見るな」

 と言われてつい見てしまった。自分の背に隠れるように回りこんで、それでも離れようとしないカナンの。
耳、が。

「・・・カナン様、お耳が赤」
「黙って茶を淹れてろっ」
 瞬時に伸びてきた手のひらにぎゅむっと顔を押され、慌ててはいはいと手を動かす。同時に背中が少し重くなり、暖まる。苦笑が零れた。
「でも今は飛びつかないで下さいね。お湯を扱っていて危ないですから」
「・・・判ってる。馬鹿者」

 ますます温度が上がり、重さを増す背中が何だかしあわせだ。


 まあいいか。















前作green wizard.でどうしても出せなかったお笑いの血が騒ぎます。
書いてようやくすっきりしました。あーすっきり。
やっぱ王子はこうでなくっちゃ☆(・▽<)b
20040529.yuz

<BGM:区役所にいこう/鈴木祥子>
"『幸せ』のための契約なんかじゃないの、あなたとわたしは自由なのよ。ねぇ?"