この朴念仁め、とカナンは思った。
半分呆れて手を離したら、ぱたりと音を立ててシーツの上に落ちた。でもすぐにそれを掬い上げて痛くはないかと気遣ってくれたから、それは少し嬉しい。
「ん、・・・へいき、だ」
指先の痺れを取るようにして撫で擦られるのが心地良い。
こうして行為の後、労られたり気遣われたりするのは良い。どうしたって受け入れる自分の方が負担は大きいのだし、元々の体力の差というものもある。しかし。
カナンは乱れた呼吸を整えながら、少し汗ばんでふっと一息ついただけのセレストを恨めしく思う。何というか、違うのだ。この感覚を言葉にして表わすのは難しい。敢えて言うなら抱き締められ口吻けられ衣服を剥かれ、寝台に押し付けられて尚、そのすべてを"カナンの為に"彼がしているような気がしてならないのだ。
(・・・いや、僕が誘った所為もあるんだろうが)
そう露骨なことは出来ないが、いつも何となくこちらから手を触れる、それは仕方のないことだと思う。この朴念仁からがばっと抱き着いてくるなどということは、恐らく一生無いと思われるから。それもまた、幾分乾き笑いの諦念として仕方ないなあ、と思える程度ではあるが。
しかし恥ずかしい言い様だが、セレストの行為は相手に奉仕してなんぼ、という信念でもあるんじゃないだろうかとあらぬ疑いまで持つ程に、どこかしら遠慮を含ませたものがある。未だぎりぎり片手で足りるくらいの数しかしていないけれど、なんとなく判るのだ。この後に及んで彼は、まだ迷っている。それも自分の事ではなく、カナンの為を思って迷っている。それはある意味、ひどく一方的なものだ。
そうじゃない。そうじゃないだろう、睦みごとというものは。そんな風にして欲しい訳じゃない。そんな風に気遣って欲しいなどと、誰が言った。
もうあんな風にすることは無いのだろうか、はじめての時の、お互いの存在を無我夢中で確かめ合うような、あんな。
(・・・いや、毎回あんなテンションでしてたらとても持たないが)
セレストが聞いたらまた眉を顰めて「するのしないの」云々と説教されそうなことを考えながら、カナンはとっくに落ち着いた息を僅かに吐いた。自らの身体に意識を向け調子を確かめる。
肩肌が露出したままで冷えた。腕はだるかったけれど、もう大丈夫だろう。肢は温い。行為の最中、いつも変に力が入っているからすぐに翌日あちこちに筋肉痛を起こす。今度は少し気を付けなくては。
覆い被さる彼が、腹の上で少し重い。でもそれもすぐ、気にならなくなるのを知っている。
「セレスト」
もっと自分本位で良い。そう伝えたくて口吻けを乞うと、どこか藉口のように唇を重ねられた。ゆるゆると弄られるのに焦れて両腕を上げ、髪の中に指を差し入れると、それを覆すように咽喉の筋を辿られる。ぞくりとした。まただ。
「ン・・・っ、・・・な、にを、考えてる・・・?」
「・・・ぇ・・・?」
粟立つ肌に声が掠れた。これでは伝わらない。伝え方もわからなくて、ぎゅうとその頭ごともどかしく胸に抱え込んだ。負けたくない。
「か、カナン様・・・?」
狼狽えたような息が胸肌にかかる。
「何か、変なこと考えてるだろう、お前」
ずっと。
それはカナンの為を思っているようで、実は違う。それに気付いていないセレストが、少し腹立たしい。
そんなことを望みなどしていない。それに気付いていない今の状態は、只の自己満足だ。
「こんな時に、・・・っ僕以外の事を考えるな」
意図せず脇腹にあたったセレストの手に息を飲みつつも、カナンは懸命に言う。
「カナン様」
「色々難しく考えすぎなんだ、お前は・・・っ」
言えば流石に露骨な言い様になりそうで、拙い不服となる。何だか駄々をこねているようで情けない。
「私は、・・・何も」
おろおろとセレストの顔が上げられるが、その風情はまるで、尾と耳の垂れた大型わんわんのようだった。
「・・・カナン様、の事しか、・・・考えてません」
尚も困ったように言い募る恋人に、眉が寄る。本当に何もわかっていないのか。
「それが駄目だと言ってるんだ、この朴念仁め」
「・・・?」
やはり何もわかっていない。言われた言葉の意味より、朴念仁めと正面きって言われた事に衝撃を受けているらしい。どうにもアンテナがずれているようで、間が抜けている。そのもどかしさにええいこの朴念仁朴念仁と心の中でありったけ罵倒し、 途端、腑に落ちた。
これが、セレストなのだ。
否むしろ、そうでないセレストなど想像もつかないことに改めて思い至る。
物心つく以前よりずっと傍に居たこの青年の、これも彼を形容作るひとつの因子だと、自分はそれも含めて全部の彼を好きになったのではなかったか。
そして白く弾ける意識の中、カナン様と極まったように小さく呼ぶその声の内に、どうしようもない愛しさと切なさを自分は感じ取ってはいなかったか。
(・・・っ)
思わぬ処に答えが転がっていたのを見つけてしまい、思わずむぅと唇が曲がる。それでも。
「・・・まあこれも性分だから、今すぐに改善するのは無理だろうがな」
譲歩はするが、妥協はしない。幾分負け惜しみじみてはいたものの。
・・・こうなったら遠慮や気遣いなど、させる余裕を最初から無くしてしまえば良いのだ。
「まずは、手始めに・・・セレスト」
「は、はい」
そうして未だもって意義を掴みかねるセレストにもう一度カナンは腕を伸ばし、引き倒すようにして口吻けを誘った。
「簡単なことだ・・・ちゃんと"僕を"、見てろ」
自分が何を求め、何を彼の中に見ているのか。それを。
視界を遮るすべての理性など、消えてしまえば良い。