閨に篭る熱を逃すように窓を開け放つ。
ゆらりと膨らんだカーテンの向こう、横たわるひとはまるで白い砂子に打ち上げられた金の魚のよう。
すこやかな寝息に上下する僅かな肩の揺らぎを、窓枠に凭れ乍らセレストは飽きることもなく見詰めた。薄闇の中、清潔な宿屋のシーツは今は乱され、けれどその上に散らばる細かな金彩の所為で王宮の寝台とそう変わらぬ真白さを見せる。
幼い寝顔、呼気に震える金細工のような睫毛。月に晒された白い肩の先に朱色の痣が見えて、眉を顰めた。つい夢中になってしまい気付かなかった、いつのまに付けたのか。
痛かったろうな、と思う。それでも健気に縋り付いてきた腕の感触を思い出して、湧き上がる感情に口元を覆い視線を外した。今更ひとりで気恥ずかしくなる自分が、恋の成就に浮き足立つ子供みたいでもっと恥ずかしい。
しどけなく投げ出された腕、白い花のような手。
その右手の薬指にすとんと嵌められた指輪が再びセレストの目を惹く。苦笑が零れた。
何処から掘り出した骨董品なのか、まったく大した魔力だと思う。あれだけ苦労して元に戻したレベルをこの旅の初日、対のものを付けられたった2にまで落とされてしまった。無体な仕打ちに怒るより先に脱力した。油断がならないとはこのことだ。まさに"嵌められた"。
よくもまあ、この一月半で此処までレベルを引き上げたものだ。
(・・・頑張ったなあ・・・俺)
城に帰ったらまずこのアイテムを外し、没収。自己陶酔の感涙と共にそう心に誓う。そうすれば本当に元通りのレベル、元通りの生活。それはそれは平穏な日々の再来。
( ・・・)
ふと脳裏に浮かぶ、ありえない想像に自嘲の笑みを噛む。
このままこのひとを攫って、ふたりでこのまま、このままずっと・・・
首を振る。それでどうしようというのだ、自分は。それこそ子供じみた妄想だ。
このひとを、家族の元へ返さなければならない。あの暖かな人々の元へ。その為にリグナムは自分をこのひとに付け、城から出したのだから。いつかはあの長閑な国を出る、そう決めていると打ち明けてくれたこのひとも、その時が来るまでは平穏な日々を大切に大切に過ごすのだろうから。
ひどい我侭だ。このままずっと二人きりで、・・・自分だけのもので居て欲しいだなどと。
静かに寝台へと歩み、真白の端に腰を落とす。その華奢な手を取っても、深い眠りから覚める催いでさえない。
このひとの指には僅かに余る、その指輪をゆっくりと抜く。
ひどい我侭なのは承知している。
けれど今だけ、今宵だけなら夢を見ても許されるだろうか。
力の抜けた手からそれは難なく離れ、そして今度は逆の・・・左手の薬指へと嵌められた。
想いを綰ねるようにして指輪を押し込み、己の吐息を塞ぐようにしてその白い花にも似た指へ口吻ける。
開け放った窓の外。どこからか、薄く梔子の薫ずる夜。
◇◇◇
ふと、違和感を感じて意識が浮いた。
何がどう違うのかはすぐには判らなかった。けれど、眠気に閉じる目蓋を手の甲で擦り、その正体に気付く。
(・・・あれ?)
右手の指輪がない。そう思ったのもすぐに左手の指に感じる硬質の感触で再びあれ、と思う。疲労にしょぼつく目をしばたたかせながら半身を起こし、ぼんやりと両手の甲を並べて見た。
寝る前には確かに覚えのあった、右手の指輪。寸分変わらない情趣で収まるのは、逆の手の・・・左の、薬指。
(・・・)
勿論、自分が寝惚けて嵌め換えたというのなら話は別だが、これは彼の仕業だろう。眠る自分に触れて良いのは、家族の他には彼だけだ。
ぽりぽりと乾いた腕を掻きながら、すぐ横で眠る彼を見る。今まで抱かれて眠っていたらしい。力の抜けた長い腕が些か重い。
その、身体に巻かれるようにして投げ出された長い腕の先、右手の指に揃いの指輪。
(ふむ)
少し考えて、その指輪を苦労して外し、反対の手を探し出してこれまた苦労して薬指に嵌めた。
左の、薬指。
それで何となくしてやったり、という気分になり上掛を引き上げる。窓が開いていて少し肌寒かったけれど、どこからか梔子が仄かに薫っていて悪くはなかった。
相手の肩をきちんと包んでぽんぽんと叩いてやり、自分はその腕の中にまたすっぽり潜り込んで冷えた身体に温もりを貰う。寝心地の良い体勢を探してもぞもぞと動くと、ゆるりと囲われて眠りの無意識で抱き締められた。
すん、と鼻が鳴る。その胸に顔を埋めてまた眠る。
「・・・馬鹿め」