通販にて新しい外出着一式を入手した。だからその記念に、街へ繰り出そうと思ったのだ。
「それは一体何がどういう記念なんですか・・・ていうか何故にお忍び」
僕の襟首を引っ掴んだまま、セレストががくりと首を落とす。今回はなかなかに最速だった。えいと抜け出して、街の入口へ一歩足を踏み入れた途端、城から追いかけて来たのであろう奴に捕らえられたのだ。
どうやら僕宛に通販の箱が届いたのを目ざとくチェックしていたらしい。此奴はこういった、職務に絡むことには実に抜け目がない。毎度軽々と出し抜かれている辺りが間抜けているが、しかし今回は僕の方が油断していた。
むむ、と自らの迂闊さを反省すると「さあもう帰りますよ」とか何とか言って、引っ立てて行こうとする。罪人じゃあるまいし、ぐっと足を踏ん張って抵抗すると眉を寄せて睨まれた。
「カナン様」
「まだ記念になる程、歩いてないんだぞ」
「・・・」
「折角買ったのに」
新しい服、新しい靴。城の中ではこんな格好は出来ないから、だから出てきたのに。
子供のような拗ね方で嫌だったけれど、このまま帰るのも嫌だった。さぞやセレストは呆れていることだろう。・・・でも、こればかりは此奴には理解出来まい。
いつでもいくらでも好きに外の空気を吸える、そんな彼には。
ただの自分で居られる、こんな時間を。
絶対譲らないぞ、という決意を込めてじっとその若葉の双眸を見据える。そうすると苦虫を噛み潰したように口元を曲げて盛大な溜息を吐き、がりがりと癖っ毛のはねる頭を乱暴に掻いた。
「あー、えー、私がご一緒しても宜しければ」
「セレスト」
言い澱むのは情と職務に挟まれた結果だろう。けれど。
「いいですか、少しだけですからねっ」
「うむ! 行こう!」
理解は出来ないけれど、何となく察してはくれる。そのことが嬉しくなって、その腕を取る。だだだ駄目ですいけませんこんな処であわわとか言っているが気にしない。今日の僕は眼鏡装備だ。誰かに正体を見破られる心配はまったくないぞ。
「ど、どちらへ行かれるんです?」
「んー、そうだなあ。 ッ?」
「カナン様?」
ちり、と足の踵に小さな痛みを感じて立ち止まった。背を捩って踵を見ると、赤く腫れていて。
「?」
「あ、 わ、靴擦れされてるじゃないですかっ」
靴擦れの痛みよりも、慌てたようにしゃがみ込んで足首を捕えるセレストの手に驚いた。
「何、・・・セレス」
片足を取られ、バランスを崩して自然と片膝を付いたセレストの肩に縋る格好となる。
「うわ、これは痛みますよね。カナン様、靴を新調なさる時はちゃんとお履きになって確かめないと」
「や、・・・で、でも通販・・・」
なんで此奴の手は、僕の足首を一掴みしても余るくらい大きいんだ。
「通販でお求めになった物でも一度はお部屋で履いてみて、合わない時は2週間以内に返品・・・ってそんな事ではなく!」
通販のノウハウを伝授している場合でない事に気付いたらしい。
とにかく処置を、と有無を言わさず靴を脱がされる。何か痛いと思っていたら両足の踵がひどく擦れていて、セレストが息を呑んだのが彼の背中ごしに伝わってきた。
「カナン様・・・」
「あ、・・・うむ」
地を這うような低い声に、せめて余り痛くないぞというふりをして足首をくにくにと回してみた。途端、今度は脹脛の辺りを掴まれる。
「おやめ下さい。こんな、・・・これでは歩けませんね」
「いや、そんな事は無・・・」
「貴方が良いと仰っても駄目です」
「うー」
せっかく、今から二人で街を歩けると思ったのに。こればかりは履き慣れない靴で外出した自分が悪い。それは僕にも解ってはいるけれど、今にも帰ると言いたげな此奴が恨めしくて、もぎゅっとその服の背に爪立てて皺を作る。
「うーうー」
この野暮天の朴念仁め。
憎たらしいので両手でもぎゅるもぎゅると皺にしてやった。
「何してるんですか。・・・では行きますよ」
そう言って、屈んだまま向けられたセレストの背中。負ぶされ、という意図が見えて躊躇った。
「・・・」
「カナン様?・・・さあ」
僕には無い肩幅と、皺になったとはいえまっすぐに伸びた背筋が何か格好良いなと思う。けれど、素直に負ぶさればそのまま真っ直ぐに城へと連れ帰られてしまう。それも嫌だった。
そんなことを考え、顔に出た表情で読まれたのだろう。あからさまに苦笑を噛みながら、セレストが振り返る。
「 ここから少し行った処に薬屋さんがありますから。
そこでお薬と絆創膏を買って、広場のベンチで手当てしましょう?」
「・・・!」
「ついでに飲み物も買って、一休みしてから帰りましょうか」
「う」
それは成り行きで被覆された、もう少しだけ付き合ってくれるとの提案で。
「ね?カナン様」
「うむ」
小さく頷いて、その広い背に縋って負ぶさった。よいしょ、と声と共に持ち上げられて、頚に腕を回す。
「・・・なあ、セレスト」
「何ですか?」
「僕は、」
こちらを見ずにてくてく歩く、青い髪のかかるその耳に身を乗り出して頬をくっ付けた。ぎゅうと腕に力が篭る。
「僕は、パャリースが飲みたいぞ」
大好きだ。