印西町金輪際(いんざいまちこんりんざい)


=====起=====

【モノローグ】 悪いのは誰でもない、自分だ。 どうしてこんなに不注意なんだろう。 くそ、くそ、くそ。 だけどまあ、仕方ないか。 事故で体がどうこうなったわけではないのだし。 でもどこかに得したと思っている奴がいるんだろか。 そいつは癪だ。 誰かもわからない「そいつ」に一言だけ言っておく。 お前は「得をした」のではない。 俺の持っていた不運を拾ったのだ。そうじゃなくてもそうしてやる。 これから私はどんどんマシになる。これからキミはツキを無くす。 そのくらいのことは思っていいだろう。 自宅のある福生までは地図上直線でも100kmは越えている。 考えはぐるぐる廻る。ひたすらペダルを廻す。 【ケチの付き始め】 1997年8月15日、いわきから水戸を経て鹿島にいたる。 今回ももちろん自転車に乗っての一人旅である。 鹿島のビジネスホテルは満室で、日没を過ぎてもまだ自転車を漕いでいた。 国道124号線を南下。神栖町を進んでいく。 前方にホテルを発見。鹿島アイビーホテル。 ビジネスホテルとシティホテルのあいのこみたいな感じ。 いわゆる小綺麗で、ちょっとオシャレなやつ。チマチマしている。 あんまり性にあわないが、泊まることにした。 チェックインを済ませ、夕飯を食べにホテル内のレストランに向かう。 夕飯時間のピークを過ぎているためか、人数は少ない。 残っているのはアベックが何組か、目から場違い光線が私に浴びせられた。 ウェイトレスのおねえちゃんに聞く。 「あのー、何か食べられますか?」 「ここは、完全予約制となっております。」 「では、近くに食事をするところはありますか?」 「玄関を出て、左に行くといろいろあります。」 自転車に乗って左へと進む。 確かに食い物屋はよりどりみどりだった。 マクドナルド、ケンタッキー、デニーズ、ガスト、CASA…。 おなじみの全国チェーンファーストフードが国道に続いていた。 「旅行しているのに、そうじゃないやろ。」 私の旅情は粉々に砕け散る。 あちこち行ってみたが、結局その手の店しか開いていないらしい。 とりあえず全国チェーンでないという理由で焼き肉屋を目指すことにした。 方向を変え、自転車で踏み出そうとして、つんのめり、こけた。 歩道に出されているマクドナルドの看板の電線にひっかかったのだった。 左膝頭を負傷。見ていた子供に痛笑いをしながら、その場を離れる。 このくらいなら傷は大したことはないだろう。 焼き肉屋に入った。傷口をよくみると結構出血している。 焼き肉屋はめちゃめちゃ混んでいる。 多少の出血ではかまってもらえそうにない。 まあ、肉を食えば血もできるやろ。 汗をかき、膝から血を流しながら焼き肉を食す。

=====承=====

【朝のコンビニ】 8月16日8:30宿を出発する。 膝の怪我も大したことがない。近くのコンビニでお茶を買う。 コンビニ前でお茶を飲んでいると、今回の旅行では初めて おじさんに話しかけられた。 東京に近いせいか、無関心が都会的だとでも言うように、 今回の旅行は話しかけられることが少ない。 考えれば変な話である。 「どこまでいくのか?」 「東京の福生まで」 「今日一日で自転車でか?」 「まあそのつもりだ。明日も休みだから、着けなかったらそれはそれでよい。」 「それは大変だね。気を付けて。」 「おじさんも気を付けてね。」 私の旅行はいつも人と話すことで決まっていく。 南に行けば銚子である。しかし今からだと、昼飯前には付いてしまう。 これでは旨い魚が食べられないではないか。 それなら直に西を目指すことにしよう。 このときはそう考えていた。 【道はどこまでも続く訳ではない】 西に向かう。利根川の土手を上流に向かいひた走る。 ときおり日も射すが風が強い。 ここは歩行者自転車道路である。 自動車がいないのは当たり前として、すれ違う人もほとんどいない。 風に逆らいながらも軽快に自転車は進んでいく。 佐原市から神埼町に入ったあたりで唐突に自転車道路の舗装が終わった。 自転車を土手から降ろし、土手に併走する道を進む。 滑走路のように真っ直ぐな道が続いている。 車は全く走っていない。ぶんぶん自転車を飛ばす。 こんな道ばっかりなら一日200kmは進めるな。 しかし、この道も舗装が終わった。 しばらくは地面を平たくして舗装を待つ工事区間を進む。 なるほどまだ工事中だから車が通っていないわけだな。 そう思った矢先、今度は道自体が消滅した。 選択肢は2つである。 1.土手から離れ、多分近くを走っているであろう国道を目指す。 2.消滅した道から、砂利道ではあるが、とりあえず道の続いている   土手まで自転車をかつぎ上げ、そこを走る。 安易に流されるのが好きな私は1を選択し、走り始める。 舗装された道を選んで進んでいくのだが、おそらく南の方向にあると 思われる国道へと続く道が見つからない。 田んぼ沿いの道は、あちこちで角度を変え、つながっていく。 なだらかに曲がっていくうちに完全に逆方向に進んでいることに 気づく。 いかん。これでは昨日の二の舞だ。 【8/15霞ヶ浦】 昨日8月15日、霞ヶ浦の土手沿いを走った。 最初のうちは舗装もされており快調だった。 唐突に舗装路が終わる。 しばらくは砂利道の感触を楽しみ、未舗装路をそのまま進む。 だんだん進む内に飽きてきた。 グローブを持ってくるのを忘れたため、手が痛い。 舗装路と交差するところで舗装路に乗り換える。 家がまばらに建っているところには到達した。 近くを走る県道へと続く道を探すがどうしても見つからない。 気が付くと見覚えのある景色が、そこにある。 これはさっき通った道だ。 電信柱の方向も見た。テレビのアンテナの方向も見た。 しかし、道は見つからない。 さんざん迷った末、土手の砂利道に戻りそこを進んだ。 「道はどこまでも続く訳ではない。」思い知らされた。 【道はどうにかつながった】 ということで、利根川土手へと引き返す。 砂利道は手が痛いし、スピードも出ない。 遠くに白と黒の模様が見える。遠目には何かの広告に見えた。 なんでこんなところに広告があるんだろう? 近づくにつれ、広告の正体が分かった。 牛の放し飼いである。 人はどこにもいる気配はない。 しばし牛を観察する。 牛に飽きたところで、南の方向に目をやる。 遠くに頻汎に車の通って行く道を見つけた。 あれこそ国道だろう。 田んぼの道を曲がりながらその方向に進んでいく。 ようやく国道356号線に到達。 直ぐに見つけたコンビニがうれしい。飲み物を購入した。 【小雨の356号線】 利根川沿いを356号線は西へ向かう。 小雨が降り出した。 カッパ着るか着ないか微妙なあたりの天気。 上だけカッパを着こむと雨が強くなる。 カッパズボンも履くと雨が弱まり、やんでしまう。 着たりぬいだりするのも邪魔くさい。 もういい。着たままでいこか。 そう思ってからは大した雨は降らなくなった。 空にも翻弄される。

=====転=====

-------場面と時間軸の反転----------
【PM1:05 コンビニのゴミ箱男】 自転車に乗ってきた男は血相を変えてそのコンビニに入っていった。 入り口近くにいた店員にいきなり話かける。 店員は仕事の手を止めないまま、店の奥を指さした。 トイレならあそこだ。そう言っているのだろう。 男は手、首を振り、全身でその答えを否定した。 トイレがしたいわけではない。 店員は「へ」という顔をしてようやく男の方を向いた。 男は興奮気味に店員に話をしている。 話を聞いた店員は別の店員に話しかける。 話しかけられた店員は困惑した顔を向け、否定を表すジェスチャーをする。 男は店員にまた何か言うと、店の前にあるゴミ箱を漁りはじめた。 【PM12:40 右側通行の自転車】 その自転車は国道356号線、車道右側をゆっくりと北上していく。 右側通行をするのなら歩道を走ればいいものを、通行している車からは そう思われたことだろう。 だが、自転車は頑固に右側を走り続けている。 乗っている男の顔は険しい。路面をやたら気にしているようだ。 時々立ち止まり、前後の路面を見ている。 絶対に見落とすまいとしているのだ。 しかし男の自転車の右側通行も終わりを告げる時がきた。 男の目に見覚えのあるあのコンビニの看板が写った。 【PM12:25 発覚】 その男の名前はJといった。 Jはそのとき自転車に乗っていた。 Jは自転車を漕ぎながら何気なく腰に手を回した。 腰にはウェストバッグがくくりつけてある。 何か違和感を感じたJは自転車を道路の脇に寄せ停めた。 Jの目に飛び込んだのは完全に開ききったウェストバッグのジッパーだった。
----------反転終了----------
--- 一人称による場面の順方向再トレース------
【PM12:26 困惑】 えぇっ、嘘やろ。バッグのジッパー全開になっとった。 これで財布が無くなっとったら、えらいことやわ。中身中身中身中身。 サングラス、鍵、小銭、タバコ、ライター。 あれ財布。どこ財布。うそ財布。えぇ財布? ないないないないないない。 どこやった。どこいった。どこどこどこどこどこ。 荷物開ける。全部開ける。見る見る、確認。 やっぱない。全部見た。ないないないないない。 最後に財布出したんは何時どこやった? コンビニ、印西町に入ったところ、セブンイレブン、お茶買うた。 万札で払った。あそこでか。 それとも途中でか。 【PM12:40 右側通行の自転車】 ない。ない。ない。ない。 あれ何や。あれゴミや。それ何や。それ石や。 違う。違う。ないない。ないないない。違う。 危ない車。右側通行危険でんじゃらす。 ないないないない。 【PM1:05 コンビニのゴミ箱男】 「すいません、財布を落としたんですが。」 「突き当たりの奥にあります。どうぞご利用ください。」 「トイレではありません。  さー・いぃ・ふぅを落としたんですが、届けありませんでしたか?」 「へ」 「お客さん財布落としたんだって。何か聞いてる?」 「いいえ。そんな話は聞いていません。」 「申し訳ありませんが、カードだけでもあるとすごく助かるので  ゴミ箱の中を見せてもらってかまいませんか?」 「えぇ、どうぞ」 ゴミゴミゴミゴミ。ないないない財布。 ゴミゴミゴミゴミ。ゴミだらけ。 食い散らかし。汁混じる。燃えるゴミ汚い。財布ない。 缶缶缶缶ビン缶缶。ない財布ない財布ない財布ない。 ビン缶ビン缶ビン缶缶。 飲み残し。汁混じる。不燃ゴミ重い。財布ない。

=====結=====

【データ】 ・遺失物  財布:茶色、革製。1996年1月タイで購入したもの。  現金:5〜7万円。詳細不明  普通運転免許証  キャッシュカード:住友銀行、さくら銀行 計2枚  クレジットカード:セゾンカード  会員証、メンバーズカード:レンタルビデオ、さくらや、ヨドバシカメラなど               他多数。詳細不明 ・遺失届  千葉県印西町西警察署 1997年8月16日 午後1:30頃 ・コレクトコール  生まれて初めてコレクトコールで実家へ電話をかける  翌8/17は日曜日につき印鑑・通帳での払い戻しカナワズ カネオクレ ・所持金(ウェストバッグに入っていた小銭):800円と少し ・その後の食事  コンビニの前ブロックにへたり込んでのおにぎりを主食とす  副食はなし ・走ることの心の支え  家の冷蔵庫の中に、確かあと2本残っているはずのビール ・救い  カバンの中に持っていた買い置きのセブンスター3箱 ・帰着経路  (神栖町→佐原市→神埼町)→印西町→我孫子市→柏市→流山市→  三郷市→草加市→鳩ヶ谷市→蕨市→浦和市→富士見市→所沢市→入間市→  瑞穂町→羽村市→福生市 ・走行距離(8/16分 コンビニへ引き返した分等も含む)  178km ・帰着時刻  8/16 20:21 ・家においてあった小銭  1300円強(缶にいれた一円玉、五円玉だけのものを含まず) ・その後  1997年9月19日現在、財布は見つかっていない。 【結論】 インザイコンリンザイ