金光教寝屋川教会  

〒572-0037 大阪府寝屋川市葛原新町1−11

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  『令和2年の願い』

      御教えを元に

   日々信心を進め

   お礼と喜びの心で

   世のお役に

   立たせて下さい



 令和2年

《10月》


■10月 1日(木) 月頭祈願祭(14時)


■10月 6日(火) みのり編集会議(10時40分)


■10月 7日(水) ご本部大祭参拝(7時半出発)


■10月10日(土)   月例金光大神祭(14時)


■10月14日(水) 書道教室(13時半)


■10月18日() 月例霊神祭(14時)

          

■10月20日(火) いぶき編集会議(10時40分)

          

■10月21日(水) 書道教室(14時)


■10月24日(土) 大祭前日御用(9時〜11時半)


■10月25日() 生神金光大神大祭(14時)

           御用奉仕は9時より


■10月27日(火) みのり編集会議(10時40分)


■10月28日(水) 書道教室(14時)


《11月》


■11月 1日() 月頭祈願祭(14時)


■11月 4日(水) 書道教室(14時)


■11月11日(水) 書道教室(14時)


■11月14日(土) 月例金光大神祭(14時)


■11月18日(水) 書道教室(14時)


■11月23日() 安井美代子先生1年祭並びに

            月例霊神祭(14時)


■11月25日(水) 書道教室(14時)

 

10月の道しるべ


     『お礼の足らぬことのお詫び』


 金光教祖様は42歳の時、九死一生という『のどけの病』(重い
扁桃腺炎)にかかられました。奥様の弟の古川治郎氏らが病の
平癒を願い一心に祈祷されますと、神がかりの状態になり、「普
請移転につき、神に無礼があった」とお告げがありました。教祖
様は普段から手厚く信心され、特に普請移転のことでは方位家
に見てもらい、神様にご無礼がないようにと心を注がれました。
その上に、建築が成就した時には心を込めてお礼とお詫びの祈
念を捧げられました。奥様の父親の古川八百蔵氏は、そういう
教祖様の信心ぶりをよく見ておられましたから、「この方(教祖
様)に限って、神様に無礼はない」と断言されます。その言葉を
聞かれていた教祖様は「どの方角にどのようにご無礼しておりま
すやら、凡夫で分かりません。ご無礼のところはひらにお許しくだ
さい」と命がけでお詫びされました。(当時は神様との問答で、言
い負けると命をとられてしまうと信じられていました)その真心か
らのお詫びが神様に通じ、「その方は行き届いておる」と神様が
応じられます。続いて教祖様の信心ぶりを見て来られた神様は
「この度は熱病で助からぬところを、その方の信徳(信心による
徳、信用)によって神がのどけの病にまつりかえてやったのであ
る」と言われました。その言葉通り、次第に病状は回復し、神様
へのお礼の信心に一層に励まれることになりました。やがて神様
からの信頼が深まり、4年後、教祖様46歳の折(安政6年10月)
「……世間になんぼうも難儀な氏子あり、取次助けてやってくれ。
神も助かり、氏子も立ち行く。氏子あっての神、神あっての氏子、
繁盛いたし、末々まで親にかかり子にかかりあいよかけよで立ち
行く」との神様からの依頼があって、それを教祖様が受諾され
て、この道が開かれました。これを立教神伝えと詠んでいます
が、神も助かり、氏子も立ち行く「神人の道」が開かれて、今年で
161年となります。

 三代金光様のご事跡では、父親の金光四神様のご命を受けら
れて、数え年14歳の時から本部広前での取次の御用に立たれ
ました。「……泣き泣き辛抱しいしいに座っておりましたら、だん
だんに欲しいものも考えることもなくなってきて、有難うて有難うて
ならぬようになり、お礼の足りませぬお詫びばかりいたしておりま
すが、まことにもったいないことであります」と心境を語っておられ
ます。

 私は、この道でおかげを受ける元は、お礼の足りぬお詫びから
始まると思うようになりました。母がお国替えして一年近くになり
ますが、その母にどれほどお世話になったかと思うとお礼の足ら
ぬお詫びをせずにおれない心境になり、そのことで少しは母の御
霊の思いに近づけるような気がしてなりません。 

                          (教会長 安井光一)
です。