ひさ様オーストラリア・内子座レポート



メルボルンのシンボル、フリンダースストリート駅

**************第1回*****************

大阪市の姉妹都市、オーストラリアのメルボルン市での文楽公演。

8月9日に大阪公演を打ち上げ、翌日10日に関西空港から出国という強行軍。
夜10時前に離陸して途中ブリスベンで国内線に乗り換えメルボルン空港へ。

その乗り換えのブリスベン空港で大変な事が起きた。
私が見台鞄とともに検疫を通過しようとした時の事だ。
赤外線カメラの映像を見ていた係官が、私の見台鞄を指差さして
何やらもう一人の係官に指図している。
私は見台鞄を開かされるはめになり、
何と開いた途端その係官は私が舞台で懐に入れて使うオトシを両手で触りながら、
私に中身が何かと尋ねる。

唖然とした!
(そうかオーストラリアには食物は全て持ち込み禁止で、私のオトシの中身は小豆100パーセントだ)
係官に小石だと言ってもニヤニヤするばかり。
オトシの繋ぎ目を切って中身を改められ、小豆は全てゴミ箱に捨てられてしまった。
しょうがないから後で中には別の物を入れなければ。

フリンダースストリート駅の真前にあるシティーゲイトホテルにようやく辿り着いたのは
11日の午後2時を廻っていた。

昨日までの公演でたまりにたまったった疲れと16時間に及ぶ旅の疲れとが相まって
一行は疲労の極致に達していた。
ただ救われたのは時差が1時間だけという事か。

 2006年8月11日

**************第2回*****************

メルボルンに着いてものんびりとはしていられない。
ホテルに着いてすぐに着替えてメルボルン市庁舎へ表敬訪問。
副市長が出迎えてくれお茶とお菓子で暫し歓談。

翌12日は13時から本番さながらの舞台稽古。
検疫で空っぽになってしまった私のオトシは、砂浜の美しい砂を入れて復活させる事が出来た。

19時30分、初日の幕が開く。客席は満員。
 疲労に疲労を重ねた文楽座一行を励ましてくれたのは、
そのメルボルンの素晴らしい観客と割れんばかりの暖かい拍手喝采に他ならなかった。
終演後劇場ロビーでレセプションが催され、市長はじめVIPの方々から歓迎のお詞をいただく。

翌13日も満員の盛況。
客席から「大当たり!」の掛け声が。
日本から文楽を観にわざわざこのメルボルンまで来てくれた文楽ファンのお声だそうだ。
サポーターの有り難さと大切さを改めて実感させていただいた。

 2006年8月13日

**************第3回*****************

メルボルン市は実に美しい街だ。
黄色くかわいいフリンダースストリート駅はメルボルンのシンボル。
その歴史的建造物のすぐ横に最新のフェデレーションスクエアが建ち並ぶのもお洒落だ。

市内を縦横無尽に走るトラムは市民の足で、
とりわけ無料で赤ワイン色の環状線の車体が素敵だ。

憩いにはいま流行のヤラ川べりが最適。
リトルイタリーでのイタメシや中華街での食事は本場の味が堪能出来る。

寿司バーは街のいたる所にあり、
様々な国の人々がその手巻寿司をあたかもハンバーグやアイスクリームのように
食べながら街を闊歩する。

とにかくメルボルンという街は色んな国々の人々で溢れている街だ。
ここで話されている言語は何と120ケ国語以上だそうだ。
人種差別とも縁遠く、治安は今の日本より余程ましである。

 2006年8月14日

**************第4回*****************

8月16日、今日はバララット市にあるウェンドースセンター・パフォーミングアーツでの公演。

ホテルを朝9時に貸し切りバスで出発して約1時間半、
かつてのゴールドラッシュで賑わった田舎街は今でもビクトリア調の面影を残してくれている。

800人収容の近代的ホールは満員、
メルボルン公演で入場券を買えなかったお客様がわざわざこんな遠くまで来て下さっているという。

とりわけカーテンコールの歓声と指笛は凄かった。

今回の本格的な公演はこれで終了という事もあり終演後に大入り袋が配られた。
中身はオーストラリア1ドル硬貨。



4時にはバララット市役所での歓迎レセプション。
まさに典型的なビクトヒア調建築の美しさに感動。
この街は兵庫県の猪名川町と姉妹都市だそうで、
中には猪名川コーナーまであり沢山の日本の民芸品が飾られてた。

市長から全員に記念バッチを手渡され、
文楽座にアボリ人の大きな長い長い縦笛を送られる。

日本までどうやって持って帰るのだろう。

 2006年8月16日

**************第5回*****************

17日、18日の2日間はメルボルン市の中心にあるアートプレイでのワークショップ。

今回のオーストラリア公演の大道具は壺坂もお七も全てこの場所で制作された。
日本からのスタッフ山中さんと林さんの2名がたったの1週間で制作された。
これにより大道具費用を日本で制作し輸送する五分の一に押さえる事が出来たそうだ。

アートプレイでのワークショップは小学生向けが2回、大学生向けが1回。
どれもお七と三業解説だったが、お客様は皆非常に熱心だ。
質問にも次々と手が上がる。
日本ではなかなかこうはいかない。

このワークショップで今回のオーストラリア公演全てのプログラムが無事終了した。
スタッフとキャストは勿論のこと、メルボルン市、バララット市、大阪市、
後援していただいた各企業やボランティアの皆々様など、
沢山の方々のご尽力のお陰で成り立った公演であった。

せっかく作った大道具は次回のオーストラリア公演のためメルボルンに保管しておいてくれるそうである。

2006年8月18日

**************第6回*****************

これで今回のオーストラリア公演レポートも最終回。

いま空港へ向かうバスの中で書いています。
メルボルンはじつに過ごしやすい街でした。
おそらく他のどの国の人々がやって来てもそう感じる事でしょう。

とにかく世界のあらゆる人種で溢れている街だ。
そしてその各々の文化が混在しながら主張し合い、しかしながら強要はしない、
そういった街だ。

たとえば英国カフェの隣に寿司バーがあり、その隣がインド料理の店といった具合である。
そしてフランスの人が寿司を食べ中国の人がインド料理の店に入っている。
そしてそれぞれの料理が本場の味を醸し出してじつに素晴らしい。

その中でも今回のツアーで最も美味しかったのは
リッチモンドにあるブラドスという店で食べたオージービーフだ。
肉もいい、焼き具合も絶品だ。
内側に肉の旨味が閉じ込められていて、それが口の中で広がる。
その広がりの中にオーストラリアを感じた。
いうなればこの店はオーストラリアの和田金といったところか。

さあ、間もなく空港に到着だ。オーストラリアよ またね!

2006年8月20日

**************内子座*****************

第十回内子座文楽公演

8月26日−27日 愛媛県内子座

「夏祭浪花鑑」 住吉鳥居前の段
「釣女」太郎冠者

8月20日夜にメルボルンから帰国し、翌朝から稽古。
26日には四国内子座公演初日の幕が開く。

オーストラリアとの時差は1時間だけ、それは助かるが、季節が真冬から真夏。
これには正直まいった。
メルボルンを発つ日の朝までコートを着ていて、関西空港に着いた途端うだるような大阪の暑さ。
全身から汗が吹き出した。

ここ愛媛県内子町の暑さもそれといい勝負だ。
さて、今回で内子座公演も目出度く第10回目を向かえる。
それも毎回切符を手に入れるのが難しいくらい満員の盛況ぶりだ。
一言で10年と言っても、それは内子町はじめ実行委員会やボランティアの皆々様方の並々ならぬご努力の積み重ねのお陰によるものである。
私も毎回出演させていただけて大変有り難く、改めてここに御礼申し上げさせていただきます。
内子座のもつ古き良き時代の温かさ、懐かしさが皆の心を掻き立て、
全国からファンを引き寄せるのかもしれない。

さて今年も2日間全4回の入場券はすでに完売となっている。
初日の朝は内子座前で恒例の鏡開きが行なわれる。
劇場の正面には朝早くから沢山の人だかり。
9時20分、町長、実行委員長の挨拶につづき鏡開き、そして住大夫師匠の乾杯の音頭。
なんとも和やかな雰囲気である。

   客席風景

まさにこれから芝居を楽しもうという熱気で満ちている。
劇場とは常にこうありたいものである。
内子座公演で学ばせていただくもの、それは大きい。

       住大夫師匠の乾杯の音頭