思い出 子供の頃、暇さえあればそこら辺にころがっている木の箱や材木やらブリキ板を使って、モーターとか車とか船とかをいろいろと作っては壊し、作っては壊し、時には作りかけということもあったが、やっていた。お手本はといえば親父が鉄道模型に凝っていたことと、戦後間もない頃には大工さんが来て鉋かけとか鋸を引くところを目撃したことなどがきっかけであろう。我が家には、またそういう環境が十分にととのっていたのです。しかし、本当にほしい素材には乏しく、今のように東急ハンズのような便利な店が無い時代ですから、その辺に余っている廃品を物色するしかなかったのです。ですからまとものなものは何も出来上がらなかったのです。そのうち、親父が模型とラジオとかいう雑誌を買ってきてくれ、そこに掲載されていた制作記事を楽しく眺め、またいろいろと乏しいながらも材料を集めては、なにやら作っていた、というよりは遊んでいたのです。
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小椀のカップラーメン利用し、アルミの板で天秤を、支柱はコの字のアングルを使用した。
郵便物の風袋の重さ、小銭の計算、ねじ、釘の本数などの計測に使用する。 |
ソリッドモデル 近所に模型好きのお兄ちゃんがいて、制作中のお宅におじゃまして、影響を受け飛行機のソリッドモデルを作り始めるようになったのです。当時、ビニール袋入りのキットが販売されていて、それをナイフとか彫刻刀で削ってはセメダイン、ボンドで接着し、塗装をして仕上げるという手間暇のかかることを暇さえあればやっていたのです。塗装は結局吹き付けが一番良いということがわかり、殺虫剤用の噴霧器を改造して、銀ラッカーの美しい塗装に成功したのです。塗装の基礎を覚える。

プラモデル 長谷川とか田宮とかのプラモデルがはやりだしたのが昭和30年頃でしたでしょうか。いわゆる、プラスチック文明の幕開けがちょうどこのころで金属製のブリキ製のおもちゃがプラスチックにとってかわり、かなだらいがプラスチックの洗面器に変わっていったのです。航空機がすきだったので、航空機を中心にずいぶんとつくったものでした。
今は当たり前になったラジコンにあこがれ、雑誌の制作記事を毎晩食い入るように読みふけっていました。当時はまだトランジスターがなかったので真空管のラジコンで電波の規制もあったのでなかなか難しかったようです。
ラリー 車の免許をとってから自動車部に入りラリーに興味を持ち参加する。何かの大会で4位に入賞する。自動車部がつぶれていつのまにか消滅。
スロットレーシング 千葉に下宿をしていたころ、町にスロットレーシング場があったので自作のレーサーを作っては走らせていた。今のゲームセンターのはしりのようなところでそのうちつぶれてしまった。
家具 結婚して家庭を持つようになり家の中の整理が必要になり、棚とか収納ボックスを手作りするようになる。必要は発明の母とはよく言った物です。壁面いっぱいの収納ボックス(1800x1800)は今でも使用している。引き出し作りはなかなか手間がかかり、寸法を正確に仕上げないと具合が悪いので神経を使う。書類とかすぐにいっぱいになる。のこぎりとかんなかけがうまくなる。
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←サイズW=60 H=90 D=45のレターラック(引き出し)
15mm厚しな合板オイル仕上げ。右は同サイズのアンプラック→ |
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←ビデオラック90cmx60cm8ミリビデオ&Cカセット
洗面所用ラックW=90 H=60 D=10 アクリル製→
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←ダイニング用小物ラック 本棚をリサイクルしたもの
デコラ張り折り畳みテーブル 60X45 木口はチーク角材張り付け。ちょっとした書き物、などに便利で、家族に好評のため、計3台作った。→ |
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都会のマンションでは木部の塗装はにおいの点でそう、気楽にできないので必然的ににおいの出ないのり付きのシートを多用することになる。
木口は木口テープを張れば簡単に仕上がるので、重宝している。
材料の木材は、ベニヤを除くと高くてあまりおすすめはできないが、隙間にぴったりのものができるのでスペースの有効利用という点では絶対に有利である。また、サイズの変更なども自由である。たとえばテレビを入れる場所などは、テレビのサイズアップに対応して箱も大きしている。余った箱は別の場所で使用するか、形を変えて使用する。
オーディオアンプ 秋葉原で部品を集め、アンプづくりにこる。しかし、測定器が無いので結局、作りっぱなしになってしまう。ハンダづけがうまくなる。
スピーカー これまた手作りにもってこいのものがスピーカーで、バスレフ型、密閉型、AV(audio video)用、などを多数製作。今も使用している。
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AVスピーカー ネット取り外し式
10cm防磁型Fostex unit バスレフ型 仕上げはチーク薄板張り |
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組立式DOS/Vパソコン。Mother Board GIGABYTE GA−6BA、CPU PENTIUMU MMX 400M 、HD 4.3G、Memory128M、12倍速CD-ROM、CD−R REXWRITER 8220T MO FIJITSU 230M 17inch Monitorで稼働中。
家庭ではDOS/V機が3台稼働中。他にノートパソコンを最近購入、家庭内LANを構築している。MN−128 SOHO SLOTINは大変便利だ。 右はPentiumV700M 搭載のDOS/V機。Mother Board ASUS P3B-F 128M HD 20G VIDEO Matrox milenium400G Modem XN-12 CD-ROM 48倍速 ATAPI で稼働中。 |
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ビデオ 子供の成長をとるためにビデオカメラを購入。運動会、学芸会などを撮影する。ビデオレターを両親につくって送る。ビデオコンテストに参加。参加賞に終わる。ビデオキャプチャーで簡単にパソコンに画像を取り込めるので便利。
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ギターとの出会い
ナルシソ・イェペスが1997年に亡くなったが、彼の演奏による"禁じられた遊び(ロマンス)"はかつて、一世を風靡した。ギターもその当時かなり流行したものと思われる。高校の夏休みにギター独習一週間とか何とかいう教本に従って、猛練習、指にまめをつくったことを記憶している。 それ以来ギターには特別の親しみを抱いていたが、当時ギター教室などは損所そこらには見あたらす。せいぜいピアノ教室程度で、ましてや男子高校生がお稽古などとはもってのほかであった。姉はピアノを習っていた。 楽器はバイエル程度のピアノは弾けるが、ギターはほとんど初めて。禁じられた遊びがはやった頃からでしょうか、ギターの音色に魅せられて、ずーと習ってみたいと思っていたが機会が無く、ひょんなことからギターの先生(平田宏先生)に出会うことができ、一念発起というんでしょうか、始めることになった。その先生も平成14年末期ガンで亡くなられた。約1年のブランクのあと平成15年5月、新しい先生(古田中利章先生)に教えを請うことになった。優しそうな先生で細かいテクニックを教えてくれるので合いそうな感じである。クラシックギターは早いもので、10年目にはいった。 ま、コンクールに出るわけではないので気は楽である。
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廃品利用のアタシュケース。マリー(果物のゼリー菓子)のはいっていた木製の箱にビニール製の取っ手と鍵をとりつけたもの。箱の4角には金属製のコーナーをつけてある。作り方参照 おおきさは450x255x9cm |
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