
ちょっと古い話になりますが、34年勤めた会社を60歳の定年で退職したとき、偶然にも最後の1ヵ月間、休暇がいただけたので、これを機に妻への感謝も込めてヨーロッパ旅行を計画した。
さて、どこへ行こうかと思い、いろいろと探してみたところ“情熱の国スペイン全てとパリ12日間”というコースが見つかったので、早速申し込んだ。バルセロナからぐるっとスペインを一周し、マドリッドまで行き、パリで2泊して帰るというコースである。主要な都市は2泊取ってあり自由行動もできるというやや贅沢なコースである。
バルセロナへ:
2005年3月5日、アムステルダムを経由してバルセロナへ到着、ホテルへ直行して初の海外旅行の始まりである。部屋について早速冷たいビールでも飲もうとしたところ、なんと冷蔵庫が壊れていて冷えていないではありませんか。早速フロントへ電話して、“冷蔵庫が壊れているんですけれど”と、伝えた。了解したということで暫く待っていると、なんと新しい冷蔵庫を担いで作業員がやってくるではないか。“違うんだよ、冷たいビールが飲みたいんだよ”といいたかったが我慢し、添乗員を呼んで交渉してもらったところ、部屋を変えましょうということで別の部屋に案内され、やっと冷えたビールにありついた。
後で聞いたところ、スペインではきんきんに冷やしたビールを飲む習慣は無いらしい。
バルセロナ市内見物:
翌朝、バルセロナ市内見学へでる。まずは、ガウディの設計によるグエル公園。東京ドームと同じくらいのだだっ広い公園で、原色に近い焼き物のかけら(青が多かった)を所々にあしらった装飾とたこの足のような柱と鱗状の装飾が特徴である。トカゲのオブジェのある有名な公園である。(写真1)
ついで、聖家族教会(サグラダファミリア)へ。(写真2)
100年も前から建造中のガウディ設計の教会で未だに完成をみない恐ろしく高い建造物である。四つの門があり、それぞれがキリストの受難を表しているという。(写真 3)
中へはいり、エレベーターであがると塔の上から市内が見物できる。
そのほか、モンジュイックの丘、カテドラル、コロンブスの塔などを見学。
旧市街を歩いて移動、細い、曲がりくねった道は敵の攻撃をはぐらかすためだという。路地の間からはカテドラルがよく見える。(写真4,5)
みやげ物屋の中には寄木細工があり、箱根の寄木細工にそっくりである。(写真6)
旧市街には必ずといってよいほど広場があってお茶などが飲めるようになっている。観光客目当てのギタリストがギターを弾いている。かの有名なロマンスを。(写真7)
午後からはオプショナルツアーで、市街のモンセラータへ向かう。
モンセラータ:
バスで30分ぐらい乗ると遙か彼方に、断崖絶壁が見えてくる。(写真8,9)


目算で、数百メートルはあろうか。モンセラータは黒いマリア像がある修道院である。マリア様を拝観後、土産物を買って、建物の屋上へあがると、遙か彼方に雪を頂いたピレネー山脈が見えた。フランスとの国境である。
再びサグラダファミリアへ:
バルセロナ二日目。自由行動の日で、昨日、撮った写真がピンぼけだったため取り直しに、聖家族教会へもう一度行ってみる。タクシーで行く。塔全体を撮れる場所を探してタクシーの運転手にツーショットでお願いしますとお願いしたがスペイン語しか理解せずにツーショットが理解できずに説明に手間取っているところに日本人旅行者が通りかかり、やっと撮ってもらった。
(写真11)
ホテルの近くのカフェで昼食をとり、ホテルへ戻った。
セビリアへ:
空路、セビリアへと移動、ホテルへ。
翌朝、市内見学へと出発。まずは大聖堂(カテドラル)へ。内部はだだっ広く、ステンドグラスがきれいだった。全体に重厚な雰囲気が漂っていた。(写真12)
ヒルダの塔、スペイン広場、マリアルイサ公園などを見学。町中にはオレンジの実がたくさんなっているが酸っぱくて食べられないそうだ。ジャムなどになるらしい。(写真14)
昼食後、アルカサールへ行く。ここはアルハンブラ宮殿に似せて作られた建造物である。ライオンの門(写真15)
夕食は市内のフラメンコを見ながらの食事となる。妻は体調を崩してホテルで休む。
グラナダへ:
翌朝、バスでグラナダへと出発。途中、コルドバにて昼食、メスキータ(イスラム調寺院)を見学し、グラナダへ。夕食はアルハンブラ宮殿内のレストランだったが、体調不良のためホテルにて静養する。
翌朝、待望のアルハンブラ宮殿見学へ。体調はあまりよくない。水面に写った宮殿を写真に収める。(写真17)
内部は至る所にイスラム調のデザインが施されており、(写真18))興味深い。フェネラリア、ライオンの庭などを見学。



ミハスへ:
ついで、白い村、ミハスへ。(写真20)
昼食後、バスでマルベーリャへ:宿泊
翌朝、ロンダへ:ヌエボ橋を見学。自由時間に買い物をする。
セビリアへ:
再びセビリアに戻りスペインの新幹線、アッベに乗りマドリッドへ。
マドリッド:
プラド美術館見学。ベラスケス、ゴヤなどの名画を鑑賞(写真22,23)ドンキホーテの銅像を見学、昼食にパエリアをいただく。




空路、パリへ。地下鉄にてモンマルトルの丘へ。汚い地下鉄だった。モンマルトルの丘では広場に画家たちが店を広げて似顔絵など描いて商売をしていた。(写真26)
和やかな雰囲気でパリの街を一望できる。東京の街と同じくスモッグでかすんでいる。昼食は日本人店主のすし屋へ行き、寿司をおいしくいただく。午後はパリの電気街へ行きメール用のアダプターを探したが見つからず、あきらめる。市内を迷いながら歩く。道が放射状になっているのでわかりにくい。
夕食は、日本食で鉄板焼きを家内と食べに行く。かえるのフライがおいしかった。日本人シェフががんばっていた。他のグループはセーヌ川でのディナークルーズに行ったようだ。料理はなんと言っても日本の料理にかなうものはなさそうである。特に和牛などは最高である。
パリ2日目は自由行動の日で、私たちはフラクフルトの知人に会いに空路ドイツへ飛んだ。税関が無いので乗り降りはスムースだ。フラクフルトで知人と昼食を食べ、パリで買った土産を差し上げる。数時間後にはパリへ戻る。
パリ、最終日、美術館へピカソのゲルニカを見に行く。内戦の悲惨な光景を描いたという。巨大な絵画であった。
12日間のスペインの旅を追え成田へと帰路に着く。体調を崩したのは残念だったが、どうも、ウイルス性の胃腸障害のようだった。(ノロ)ツアーのメンバーもほとんどやられて一時はどうなるかと心配されたが、幸い、ツアーの中断は無く、皆回復されたのは幸いであった。今から思うと、まさに7年後の経済危機を予表していたと考えるのは考えすぎであろうか。