『戰線文庫』研究

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目次

ア)本HPに掲載したもの…(  )内は、掲載年月日
  1. 幻の二百万雑誌(2002・11・11、創刊号の表紙・目次…03・07・09)
  2. 『戰線文庫』リスト…その1(03・03・03)、その2(03・03・17)、その3(03・04・02)…以上の修正05・09・28)、その4(05・09・28)
  3. 〔番外編〕銃後の"戦場"―野球場はどう利用されたか―(03・08・06)
  4. 『戰線文庫』と『陣中倶楽部』(04・04・14)
  5. 戦争と漫画・漫画家たち(04・06・23)
  6. 『戰線文庫』の"公式"記録と戦時下の出版界(下記イ)3の修正版、05・09・28)
  7. 『戰線文庫』等に係わる原稿料に関する一考察(05・10・28)
  8. 4月号の比較、『銃後讀物』を中心に(05・11・09)
  9. 恤兵(金)および献金・献納について(06・01・04)
  10. 期せずして"戦況"を伝える編集後記と巻頭言 その1(06・4・29)
  11. 期せずして"戦況"を伝える編集後記と巻頭言 その2(06・5・22)

イ)他に執筆掲載されたもの
  1. 旧日本海軍省の雑誌『戰線文庫』について(『出版クラブだより』2002年11月号、筆名・午)
  2. 『戰線文庫』について(『日本出版史料 8』日本出版学会・出版教育研究所共編、日本エディタースクール出版部発行2003年5月)
  3. 『戰線文庫』の"公式"記録と戦時下の出版界(保阪正康責任編集『昭和史講座』第10号記念号、2003年10月)

ウ)その他(復刻版に関して)


1.幻の二百万雑誌

 『戦線文庫』は戦前、旧日本海軍省が戦地の将兵を慰撫するために、民間に編集を委託し、 海軍省がそっくり買上げ、無償で送り続けた月刊誌で、現物は昭和13年9月創刊号から 19年4月号までの58冊が14冊の合本となって残っております(終刊は不明)。
 ただし、欠本もあり、かつその発行形態は複雑で、主体である『戦線文庫』(戦地版)のほか、 定価40銭の"内地版"『銃後読物』も同時発売で数多く出され、さらに臨時に出された将兵への"慰問号"(3冊) も含まれております。

 時には200万部以上も発行されたといわれるものですが、国会図書館や海軍関係者の集まり「水交会」にも保存されておらず、 今ではすっかり幻の雑誌となっております。
 内容は海軍関係者のものもなくはありませんが、小説や"誌上封切"映画、浪曲や漫才などを総ルビで編集したもので、 当初は毎号238ページ、やがて200ページと減りましたが、敗戦の色濃くなるまで、編集方針は比較的のんびりしていたようです。
 たとえば、創刊号の目次をみますと、菊池寛や子母澤寛らの小説、映画原作者は小島政二郎、林房雄、川口松太郎ら、 また柳家金語楼、廣澤虎蔵らの名もあります。 他に西條八十作の歌、映画女優では原節子・高杉早苗が「皇軍の皆々様 どうも有難う」といえば、 巻頭グラビアでは桑野通子・田中絹代・勝太郎・市丸などのキレイどころ17人が「頑張れ! 海軍の皆様/長期戦に感謝は愈々深し」と声援を送る、 という具合に毎号編集されております。

 このように、さほど"戦意高揚"を謳ったものとも見えませんが、欠本分やいつ終刊したのか、 どのような経路で外地に送り届けられていたのか、私には分からないことばかりであります。
 また、戦時における日本人の生き方、当時の出版事情、作家ら文化人の"戦争協力"の実態などの観点から、 これら資料の解読研究を試みようと考えております。

 "研究"にどれぐらいの時間がかかるのか皆目見当がつきませんが、本欄その他で随時ご報告するとともに、 皆様に次のようなご協力をお願いする次第です。
 関係者や外地でお読みになっていた方々も多くは高齢となり、また"敗戦"による混乱やGHQの言論統制などもあり、 各家庭にあっても廃棄されたことが考えられます。
 しかし、もしやどなたか1冊でも所蔵されているとか、「よく覚えている」、「読者だった」といわれる方がいらっしゃれば、 お教え願いたく存じます。

2002・11・11 橋本健午


『戦線文庫』創刊号 表紙(伊東 顕)


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