|
2002/12/31
『吉増剛造/黄金詩篇』(思潮社)
ぼくは詩を書く 第一行目を書く
彫刻刀が、朝狂って、立ち上がる
朝焼けや乳房が美しいとはかぎらない
美が第一とはかぎらない
黄金の太刀が太陽を直視する
ぼくの意思 それは盲ることだ
いま 朝焼けにむかって
ギリシャ彫刻のよくにあう
宇宙を想像しながら 黒曜石の丘を登る
黒豹や昆虫の王 小動物たちは 断崖に露頭した血管から飛びたち
雷鳴をよび 流氷群をよび 大地を八つ裂きにして荒れくるいはじめる
ぼくは 羽撃く肉にみちびかれて 丘を登る
記憶のほそい葉脈に埋没している
美しい癈墟を 強引にあばこうとして
恒久運動の塀の外へ撥ねだす電子のように
ほんとに偶然に飛びたってきた
ぼくは 時間の大伽藍をひとめぐりして
純金の笛になって帰還するよ
一個の生命が発見したかけがいのない不信
「砂漠はどこから始まるか」という問の存在………
古い本能を透視する頭脳の塔よ!
沈黙は不可 不沈黙は不可
ただ不幸を粉砕する毒蛇のうねりが
道をはるか 燃える綱となって上昇する
言語 記憶(この邪悪な財宝!)
夢と現実の分離機は崩壊した
隠喩の王権を放棄し 犬のように世界の傾斜を転落せよ!
ある日曜日 音もなくビルから落ちる人体よ
ぼくは女のように肌を磨いて都市の東の城門に立つ卵形の影像だ
この夏の宵 世界ときみは幾何学的疑惑だ
きみと世界は抒情的奇蹟だ!
きっとアラビア数字の7のようにきみにも自殺の構造がよみがえり
金色の柔肌を螢が包囲して
その陣形のまま 肉体は爪先から腐上するだろう
言葉ケス力 太陽の崩壊
夢ケス力 太陽の再生
魂を叩け! 空を斬れ!
エンジンよ! 第三京浜国道で燃えあがる神木のように絶叫する、ガソリンの涙に、引潮に、去ってゆく物質の後姿に、祭壇をもうけて踊り狂おうぜ、緑の仮面つけて神のように、涙を流して夜明けまで夜明けまで生命終るまで
新しい神の仮面割れて毒薬の一滴をこれら赤裸の魂の発電所に空転の剃刀の矢羽根を、言葉の戸口に永遠にかけられた雨傘濡らす数学的肉体の存在を!
さらに大量のスカーフを我々の魂の鍵盤に投下し、我々を狂気へ、流転する紫の花に変貌させたまえ
海へ 交叉する手の神殿へ 道路を剃刀で斬りながら、ドドッと吃って、アクセル踏んで、ああ 死体に会いにゆこう 李白的快速は物質を変形させる
太陽は西の岩角に落ちかける
もう魂は言葉と交感しない
月は昇るさ古代のようにとつぶやきながら
[吉増剛造web詩集]で全文読もう
http://www.interq.or.jp/www1/ipsenon/p/yoshimasu1.html
2002/11/11
『素粒子』Les particuies e'le'mentaires
ミシェル・ウエルベック / 野崎歓訳 ( 筑摩書房 )
最新量子論では、すべての存在は確率にすぎないという。こ れを敷衍すれば人間の存在自体も危ういものに見えてくる。不安を克服しようとして確定された未来、完璧な調和を得ようとするなら、きわめて危険な行為となる。[ニューエイジ]的なテーマを再利用した、ポテンシャル運動に巻き込まれ体験したらしき作者の視点だ。ガイアコミュニティへ対するシニカルな物語となっている。
「人間たちにはついに乗り越えることのできなかった エゴイズム・残酷さ・怒りの支配を脱した存在」を創造するに至ります。「予測可能な未来」とはそう いった領域に存在する。
SF構想展開と現実把握が一体となった、 フランス小説としては珍しい作風である。
フランス本国では激しく批難された衝撃の問題作らしい。
http://www.yomiuri.co.jp/bookstand/syohyou/20011015ii07.htm
http://www.rael.org/japanese/pages/press/pages/2003-12-22.htm
2002/10/10
『偶然の音楽』ポール・オースター (新潮社)
オースターは詩人であった。石の記述が頻繁にあり詩にも興味をいだいた。
「地の時 石は 塵のくぼみで 時を刻む」
「押し黙った石の拡がり」
「わたしの生をこの石の数に入れるな
わたしが此処に居たことなど 忘れてしまえ」
「小説を書くということは、今まで一度も起こらなかったことを思い出すということ。決してアイデアをでっち上げることではなくて、究極の宇宙、森羅万象、全世界へ万物の真実性に自分を浸らせることで、自分の内にあるものを引き出すことが小説を書くこと」 そして作家なんて、ならない方がいいという。
「若いころ、今にも爆発しそうな激しい火山活動のようなエネルギーが湧き起こり、今でもそのエネルギーを使って書いている。証明できないが、自分の中に、自分が何をすべきかということがわかっている部分があって、それは一種の内なる直感と言える。それが、最終的に成熟して確信に至る。それがぼくに書く力を与えている」
http://www.globe-walkers.com/ohno/interview/auster.htm
http://www.nagasaki-gaigo.ac.jp/ishikawa/amlit/a/jp/auster21_j.htm
2002/9/30
『評伝 山中貞雄 若き映画監督の肖像』 千葉伸夫著 (平凡社)
昭和初期、流れ星のごとく現われ、消えていった日本映画史上屈指の天才監督。
完成試写の日に召集令状を受け取り「『人情紙風船』が俺の最後の作品では浮かばれんなァ」と呟いたという。28才の若さで戦死。現存する作品はたった三作のみ。
『丹下左膳余話・百萬両の壷』では大河内伝次郎のすねたような顔を見る度に微笑んでしまうユーモアと演出は素晴らしく、そのスピーディな展開は先駆的な感覚。
『 山中貞雄 脚本全集』(平凡社)は、爛漫な天才ぶりの物語が踊り続けるワンダーランドだよーん。
映画放送関係者の永遠の入門書といっていいほど、贅沢でソリッドな世界。
山中貞雄ホームページ
http://www5a.biglobe.ne.jp/~shadow/
http://www.jmdb.ne.jp/person/p0146850.htm
2002/9/13
『映し世のうしろ姿』 藤原新也 (新潮社)
ヒトはなぜヒトを殺してはいけないのか。
少年犯罪、変容する母子関係、デジタル化社会、生と死……。
現代日本の病巣が一挙に露呈したこの世紀末ニッポンの"うしろ姿"に垣間見える実像を、
写 真とエッセイで鋭く切り取る。
そしていま、『メメント・モリ』を読み解く鍵でもある。
ヴァーチャル化しはじめた現実の中で暮らしはじめた人々の目には、
時に非現実的な映像の方が現実的な映像よりリアリティを帯びて見えるという視覚上の逆転も起こりつつある。
かくもさように錯綜化した映像環境の中で……私たちは映像を解読し、
意味の世界に還元する技能を鍛えなければならない時期にさしかかっているのである。
「パソコンの中へ向う仮名性の心情の吐露というものはコミュニケーションではなく一方的な自己表現にすぎない。
人と人とが対面し、お互いの存在に畏れを感じ、逡巡し、迷い、言葉を失い、
時には言葉とうらはらな目や顔の色を読み、疑ったり信じたりする混沌の中にこそ存在するのではないか。やがて渾沌の中からお互いに通じ合う言葉をさがしだす。
その回り道のことをコミュニケーションとよぶのではないか。」
(本書より)
2002/9/3
『神に追われて』 谷川健一 (新潮社)
神に魅入られた時、
人は天国を約束されるのではなく、
このよにあって地獄を見る。
「おまえの命をとろうか、狂わせようか」
神に追われて、逃げおおせることができなくなった時に、神に自分の魂をゆずり渡す。
これが南島で神の道に入った女の原則的で典型的な姿である。
彼女らに共通しているのは自ら求めて神の道に入ったのではなく、むしろ自分の意志に反して、神の命ずる道に進まざるを得なくなったということである。
「この世にある一切のものが後生にもある。学校も警察も、この世で暮らしたのとまったくおなじょうに生活する」
「後生からどうして帰ったか」
「やはり空を飛んで帰った。後生の渚に大勢の人たちが並んで見送った。みんな白い衣装を着ていた。後生の神が、あとをふりかえってはならぬと言った。途中で、いましめを忘れてふりかえった。すると、大勢の見送り人はすべて骸骨だった」(本文より)
『腕白小僧がいた』 土門 拳 (小学館文庫)
1950年代の日本の路上には子供たちが、遊び溢れていた。
土門拳はとりわけ、下町にいる活き活きとした子供達をカメラに捉えた。
その表情や仕草の見事なスナップを数多く残した。
それらの風景は、今、何処にも存在しない表情豊かな異景とも映る。
2002/9/1
『パークライフ』 吉田修一 (文芸春秋)
日比谷公園が舞台。公園を上から俯瞰して眺めたい欲望。飛ばされる小さな赤い気球。
その欲望はまだ充足されていない。公園の中に、顔を伏せ気味で入っていき、ベンチのところまでいく。
そこで「買ってきた缶コーヒーを一口だけ舐め」、「数秒眼を閉じ」
「ゆっくり深呼をし、あとは一気に顔を上げて目を見開く」。
地下鉄で人違いして話しかけただけの女との偶然の再会が、好奇心に火をつけて公園で
偶然会話するようになった男女の交流を軸に、見た目と中身が微妙にずれ、人と人とがつながっていそうで擦れ違う。
必要な箇所のみに限定された表現。
「要約すれば、彼は上空からこの公園を見たいらしかった。将来的には気球のケージの底に小型カメラを取りつけ、
真っ直ぐに空へ上げる。カメラからの映像はモニターで見ることができる。」
同作者の短編「日曜日の被害者」を文芸誌で読む。
読み終わりかけた中年男性作家の書いた恋愛小説に、どうしてこんな男に主人公が惚れるわけ?
と苛立つ女の子が事件のイントロになる電話を受け取る書き出しも秀悦。
淡白とも想えるほどの、簡素さにこの作家の資質を嗅ぎとった。
カテゴリィには嵌まり難い、危うい無欲さに、或シンガーを思い出した。
クロスロードのブルースギーターのフレーズを、さりげなく日本語圏でやってしまう山崎まさよし。
あまりにもメジャーなるシィンガ−なので、彼の簡素な異才なギターのセンスに注目されることは少ない。
ライブにおけるギーターワークは格別。
御霊降ろしまでとは言わないけど、音楽の神様に好かれるほどの天分常軌はずれた簡素な奔放さが聞こえるのです。
ロバート・ジョンソンが四辻で、悪魔と契約して手にした音。
2002/8/25
『言の葉の樹』ア−シュラ・K・ル・グイン (早川SF文庫)
彼女がアカにやって来たのは、この世界の歌をどううたえばいいのか学ぶため、
その踊りをおどるため。喧噪たる都を離れて。
この世界における人間の大多数によって数千年にわたり
創りだされ練り上げられてきた。
思想や生き方、たがいに輻輳する文字記号、暗喩、通信、理論、宇宙論、
料理、体操、物理学、哲学、医学、生理学、心理学、錬金術、化学、
書道、数秘学、植物学、伝説、寓話、詩歌、歴史、物語の膨大なシステム。
広大な知の荒野のなかに、彼女は言葉で記述できるさまざまの慣行、
意味を明確にできる考え方などを探した。
曖昧な概念のたぐいは本能的に避け、はっきりと形が見えるものを求めた。
あの樹木を象徴する扉のある建物は「寺院」だった。
この言葉はすでに禁止され、存在しない言葉である。
存在しない言葉が、荒野を導くありがたい道標だ。
2002/8/15
『アルクトゥ−ルスへの旅』デビット・リンゼイ(サンリオSF文庫)
あの森を抜けてから僕の内部で変化がおこり、
ものが今までとは違って見えるようになったよ。
ここにあるものものはすべて、ほかの所にあるものより
よりずっとどっしりとしていて現実のものらしく見えるんだ。
・・・・・そう見える度合いがあまりにも強いので、
そのものの存在を多少なりとも疑うことさえできないほどさ。
この世界と並んで別の世界が存在して、その世界は真実なのだけれども、
こちらの世界はテッテ−的に虚飾によって構築されているという・・・
だから、真実と虚偽は同じことを別の言葉で表したという考えが、
ふと、心にうかんだのですよ。
2002/8/1
『城・夢想と現実のモニュメント』 澁澤龍彦 (河出文庫)
澁澤龍彦は文庫で読めること自体が夢想のようだ。
全集の編集も完結しただろうから、全作品の文庫化は間近となった。
婆娑羅将軍に憬れていた、異国趣味と専制君主の紀行の数々。
「暴力と天才とダンでズムによって近世を切り開いた、
日本の歴史上にはまったく例を見ない人」
偶像破壊といっていいのか、悪名高い比叡山焼討ちにも法王仏法に縋って生きている貴族や旧勢力を一挙息の根を止めてしまう視点からみると、タブーを破るためには極めて現実的な処置であったと評してる。
宣教師に地球儀を見せられて、信長が地球の丸い説明をたちどころに理解したのはのも有名な話である。
霊魂不滅、天地創造、神々と宇宙起源、地水火風四元素とか宣教師から聞き出しては、
ひどく気に入った地球儀をくるくる廻して楽ししんでいる信長のことが、
ゲーテ「ファースト」魔女の厨の場にでてくる地球儀をもった猿に見立てられてもいる。
謙信は信長と違って、現実感覚のまったくないひとであるという。神速果断、勇猛無比の軍事的行動はしたが、つねに数珠を離さず春日城の一角の毘沙門堂へこもるという。女嫌いでもあり、現世欲望が希薄なのだから、領土拡げたり天下を取ろうかという野心が欠けていても当たり前、時代の動向など眼中になし。
解説の澁澤龍子さんの旅行同行記には、笑いそして泣きました。
このような一輪を添えられるのは、世にひとりのみ。
[澁澤龍彦の書斎]
http://www.jimboucho.com/study/001/book_02/
2002/7/7
『テロルの系譜』-日本暗殺史 かわぐちかいじ (ちくま文庫)
『右翼』-日本精神形成史/宮谷一彦 事件とその思想/猪野健治 (現代書館)
『蒼白の馬上』見沢知廉 (青林堂)
獄中12年、その原因となった粛清事件の小説。
古き瑞穂国への回帰と荒魂のヨリシロ、
同時代へのもどかしい怒りと破壊、
気のいい人殺しあんちゃんの饒舌と蛮勇。
文芸誌などでは、絶対に読めない類いのテロリズム純文学小説。
三年ぶりの刊行、これで小説はやっと三冊。だじょうぶかいな。
「人を殺すために、最も必要不可欠な武器は?
解答。どんな鋭利な刃物でも、どんなに手に馴染んで使い慣れた銃でもない。
ラスコ−リニコフの斧的暗示の追撃でもない。
死の覚悟、死ぬ覚悟、死と刺し違える覚悟---これだけだ。」(本書より)
2002/7/1
『大杉栄 書簡集』(岩波文庫)
現代思潮社の倉庫整理のバイトをしていた頃、大杉栄著作集はアナーキズムの啓蒙の書として売れていた。
しかし、パリコミューンの決起集会へ密航しした日本脱出記などは、実にいきいきとした文章。聡明というよりは、いたずらざかりの少年のわくわくしている心の形が眼に浮かぶようだ。当時の支那廻り密航の巴里冒険としても貴重な体験記である。どこか宮武外骨にも通じる、魂のおおらかな自由な、まるで架空の人物のような破天荒さを嗅ぎとれます。同じ時空に存在していて、同じ五体の身体持っていても、同じようには生きて行けないという啓蒙の書としても読めます。
大杉栄の著作は他にも、インターネットの青空文庫でも公開
http://www.aozora.gr.jp/cards/000169/files/2582.html
http://www.ne.jp/asahi/anarchy/anarchy/data/osugi01
『14歳・心の風景』NHK14歳・心の風景プロジェクト編 (NHK出版)
『自分がない症候群の恐怖』和田秀樹 (PHP文庫)
周囲の人と同じような自分でなければ不安で仕方ない、そういう若者が、急激に増殖している。それは今までにない異常な大ヒット現象を生み出す一方、いじめなどの社会不安の増加をもたらした。さらに彼等の、カリスマを求めてしまう心性は、社会をファシズムに走らせる危険性も孕んできている。気鋭の精神科医が、現代日本社会に潜む精神の問題を分析している。
『宮武外骨絵葉書コレクション』 金丸弘美編 ( 無明舎出版)
明治のジャーナリスト宮武外骨が、晩年収集した膨大な絵葉書を前にアルバム編纂に夢中であった。 その数アルバムにして230余冊、絵葉書にして約28000枚。気骨の人外骨は、機知にあふれた編纂術によって編み出された、シュールともいえる一大絵葉書絵巻。
別々の絵葉書図版を組み合わせ、対照させることで新しい意味を生み出す面白さは、
元図版制作者とは、まったく違う次元へ意図されるものだ。
マルセル・デュシャンのオブジェ作品を想わす、大衆的エスプリに溢れている。
宮武外骨絵葉書コレクションWEB
http://www.mumyosha.co.jp/ndanda/gaikotu/table.html
宮武外骨解剖
http://www2s.biglobe.ne.jp/~dolly/
宮武外骨の研法発布囈語
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/miyatakegaikotu.htm
宮武外骨関連
http://www.geocities.co.jp/Bookend-Ohgai/2475/miyafan.html
外骨晩年の編集著作CD-ROM
http://www.keiyou.co.jp/library/gaikotsu/about/index.htm
|
|
|