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2004/10/8
『 素数に憑かれた人たち 』 John Derbyshire (日経BP社),
フェルマー予想が解決されて、整数論での次の標的となるリーマン予想に対して取り
組んできた数学者の紹介を中心に、非数学的な観点をベースに著述している。
奇数章で数学の直感的な説明、偶数章でその歴史的バックグラウンドを解説。
リーマン予想とは、ゼータ関数を複素数に拡張した、素数の本質に関する非常に複雑な理論。
1859年に発表されて以来150年近くもの間、正否をめぐって数学者を悩ませているという。
「はじめのn個の素数の和とn+1個の素数の和との間に平方数が存在する」らしい。
数学にきょうみのないひとでも、よみすすめていくと、数のもつおもしろさをみつけるかも
しれない。わんわん。
2004/9/25
『武術の創造力--技と術理から道具まで』甲野善紀・多田容子(PHP文庫)
「武の世界」とは奥深く、日本人とはじつはすごいものだった。
「スランプになったことがない」という武術家・甲野善紀氏の豊かな発想と、独特の感覚に
基づいた知識の数々、過去の武人や刀匠の多彩なエピソード等が満載されている。
時代劇、時代小説についての話や作家・多田容子の本音など、自由な切り口で語り合った
ユニークな対談本。
■ 棒手裏剣は、的のどこに当たるかという以前に、まず刺さるように打つだけで大変である。
刺そうと思えば思うほど、不思議に刺さらない。この裏武術が「入り難く、達し難し」と
言われる所以だ。刺さることを目的にすると、身体全体の質を見直すことなく、指や手首の
微調整で辻褄を合わせてしまうのが問題である。これでは、打ち手の体感として「術」を
掴んでいないため、的との距離が変わったりすると、全く刺さらなくなる。
そのせいで不安になるか、開き直って大雑把に打ち始めるか。刺さるか刺さらないかという
結果以上に、今、放った手裏剣がどのように飛び、その原因をつくった自分の身体が、
いかに剣を打ったか、という自覚が鍵となる。多田容子(2002.6.15産経新聞より)
2004/9/10
『象られた力 kaleidscape』飛 浩隆(早川書房)
言語体系に秘められた、見えない言語。
世界認識を介した、「かたち」と「ひから」の相克を描いた表題作ほか
完全改稿の初期作を収めた傑作集。
「デュオ」(1992)「呪界のほとり」(1985)「夜と泥の」(1987)
「象られた力」(1988)がおさめられている。
2004/08/27
『明治維新とイギリス商人― トマス・グラバーの生涯 ―』杉山伸也 (岩波新書)
長崎・グラバー邸で名高いトマス・グラバー.
その生涯は,薩長の黒幕,死の商人という神話に覆われている。
スコットランドをあとに幕末日本を訪れ、転換期に活躍する商人の実像や炭鉱開発を進める
企業家の姿など、その多面的な相貌を初めて明らかにし、激動の時代を生きぬく一商人の姿と、
幕末維新の日本に果たすその役割とを重層的にとらえる。
グラバー商会は西南雄藩に艦船・武器・弾薬の類を売り込んで、1860年代の長崎の
外国商館の最大手になる。長州藩の伊藤博文や井上馨らの英国への密留学を支援したほか、
薩摩藩の五代友厚や寺島宗則、森有礼らの秘密裏の訪欧にも協力している。
1867に岩崎彌太郎が土佐藩の開成館長崎出張所に赴任して、グラバー邸に招き商談に
取りかかる。さらに坂本竜馬や後藤象二郎も出入りしていた。 日本国内の政局の流動化を
背景に、取引の重心をしだいに投機的かつ短期的性格の強い艦船や武器の取引にうつし、
一攫千金をねらうようになっていった。
貿易にとどまらず肥前藩から経営を委託された高島炭坑にイギリスの最新の採炭機械を
導入し、本格的な採掘をした。薩摩藩と共同で日本初の洋式ドックも建設し幕末の混乱の中で、
薩長とイギリスを結び付けて徳川政権を倒した。勝海舟や坂本竜馬がいくら奔走しても、
グラバーが扱った武器や艦船なしには、維新は成り立たなかっただろう。
晩年、長州・毛利家の家臣に「徳川政府の反逆人の中では、自分が最も大きな反逆人だと
思った」と語ったという。グラバーは冒険商人として一時成功しながらも、オルト商会の
オルトのように、財産を蓄えて帰国するということはなかった。
2004/08/29
『言わなければよかったのに日記』 深沢七郎(中央公論文庫)
言わなければよかったのに日記、とてもじゃないけど日記、銘木さがし、変な人だと
言われちゃった日記、ないしょ話、柞葉の母、思い出多く女おッ母さん、思い出多き
女おきん、こわい話、母校訪問、ささやき記。
こんなタイトルのつづく本なんて、 いいかげんなものに違いない。
そうずっと思って読まずにいた。
しかし、なんと良い加減な味のある、絶妙のユーモアエッセイでありました。
文章のひとつひとつが「もぎたての野菜みたいに新鮮で」おいしく感じられた。
併読したい二冊は下記のとおり。
深沢七郎「風流夢譚」(あらすじ)
http://www.page.sannet.ne.jp/ymourata/htm/mutan.htm
大江健三郎 セブンティーン「政治少年死す」(全文)公開
http://takamatsu.cool.ne.jp/azure2003/k_oe/seijishonen.htm
2004/8/8
『青いバラ』最相葉月(新潮文庫)
オリンポスの神々は、春と花の女神フローラの愛する妖精を失ったとき、ニンフを枯れない
花にバラに変えた。アフロディーテはそのバラに美しさを、女神達は美しさ優雅さ喜びを、
酒神バッカスは高貴な香りを与えたという神話がある。
フローラは花弁に様々な色を与えると、妖精の屍骸は香りたかく高貴な花へと生まれ変わった。
しかし、冷たく不吉な死を暗示する青色だけは与えなかったから、青いバラはないという。
Blue Roseは諺では「絶対にありえないこと」という意味を持っている。
バラの品種改良は世界中で確認されている品種を集めて交配させ現代まで限りなく続いて
いるが、青いバラだけは未だに実現されない。植物の花の色は『アントシアニン』と呼ばれる
色素成分が酵素の働きによって発色するもので、バラの遺伝子にはアントシアニンを青く
発色させるための酵素を作り出す能力ない。
だがそれは、日本企業のバイオ操作によって近年実現するかもしれないという。
膨大な取材による『青いバラ』のドキュメント専門書。
遺伝子操作されたバラの青い色彩を見て、果たしてそれを美しいを憶うだろうか。
2004/08/8
『風邪の効用』 野口 晴哉(ちくま文庫)
万病の因と言われ、また一方で軽く見過されている風邪。風邪に対する一般通念からすれば、
本書の表題は極めて奇異なものとして映るかもしれない。しかし著者は、独自の観点から
風邪は治すべきものではない、経過すべきものであると主張する。人間は心身の偏り疲労が
限界に達したとき、それを調整すべく、自律作用として風邪をひくと説く。
風邪を病理的に捉えるのではなく、謂わば健康の自然法として捉え、自然な経過を乱しさえ
しなければ、風邪をひいたあとは、あたかも蛇が脱皮するように、リセットされた新鮮な体に
なると診る。
自然観から編みだされた「経過する」というユニークな概念は、「闘病」という言葉に
象徴される現代の病気に対する考え方を一変させる可能性をもっている。
2004/08/05
『仔犬のローヴァーの冒険』 J.R.R.トールキン/山本史郎訳 (原書房)
これはトールキンの子たちに語るために作られた物語である。
『ホビット』や『指環物語』より以前に書かれ、それらの世界が発芽される言葉の遊園地と
なっている。
小さな仔犬は、ある日ボロちいのズボンをはいた老人にかみついてしまう。
この老人が魔法使いだったことからおもちゃにされる。
小さな小さなおもちゃの姿から元に戻してもらうため、仔犬は月や海底を冒険の旅が
はじまる。
大きなカモメに月の犬や月の男、邪悪な竜に賢い鯨、海の犬、 砂浜に住む魔法使いなどに
助けられ、仔犬はなんとか元の姿に戻ろうとする。
後のファンタジー大作の原型がたくさん散りばめられている 原石のような物語。
言葉遊びもふんだんで、たったひとりの女の子のために書かれた『不思議の国のアリス』にも
どこか共通する世界である。
トールキン自身の描いたイメージボードが、巻頭挿絵として入って想像をかき立てる。
2004/7/20
『ドビュッシー 想念のエクトプラズム』青柳いづみこ(東京書籍)
音楽の世界を支配する「数の理論」と「同時代性」が、最後までドビュッシー に
つきまとった。
ランボーの場合は、ヴェレルーヌという支援者がおり、『地獄の季節』ではほんの
わずかな部数を印刷するだけで充分だった。そのランボーを世に送りだしたヴェレルーヌの
『呪われた詩人たち』も、わずか253部で世紀末デカダンスの潮流を決定づけるに充分だった
ことを思いおこしていただきたい。同卿のロートレアモンに至っては、支援者すらなかったが、
詩集を一冊自主出版してすぐに死んでしまうだけで充分だった。
本は、楽譜と違って誰にでも読めるからである。
■オペラを、その作品世界にふさわしい音響と、空間の拡がりの中で上演しようとすれば、
同時代の、ある一定数の観客を集める必要があるわけで、サロンでの私的な上演も、
部数の少ない楽譜の発行も充分ではない。
ドビュッシーはオペラ座を埋めるに必要な集員客数をひたすら待っていたのであった。
時おり待ちきれなくなったドビュッシーは、自殺を口にし、譜面を破ってしまおうとした。
音楽は、彼が危惧した通り、ますます「書法」の奴隷になり、極限にまで押しすすめら
れた結果、空中分解しかけている。世紀末の詩人たちが行なった作業を追求していれば、
正常な発達段階、つまり、プルースト段階、ジョイス段階を経たあとで、はじめてその
抽象化の動きが出てきただろう。(本書より)
薔薇十字団やフリーメーソンとの関わりが、本書でも記されている。
当時の知性ある音楽家が、錬金術やカバラとという知識に、音階や音譜要素との関連を
みいだすのは当然のなりゆきであり、オカルティズム運動とは混同しないほうがよさそうだ。
2004/7/7
『2001年宇宙の旅』アーサー・C・クラーク/伊藤典夫訳(ハヤカワ文庫SF)
太陽と月と地球の惑星直列とともに、キリスト教よりも遥かに古くからあった神の名前を
暗示させる音楽が流れる、叙事詩的な映画のファーストシーンは有名である。
スタンリー・キューブリックよって映画にされた、モチーフの原作でもある。
「ツラッストラはかく語りき」という音楽が使用されて、意味深く映画は終幕となった。
それによってニーチェの超人思想など話題となり、比喩映像によるワープシーン
異景の宇宙空間の表現が多い映画の後半は様々なる解釈もされた。
この作品のストーリィラインはシンプルなもので、「前哨」というアーサー・C・クラークの
短編小説が原案になっている。人よりも高度な生命体が、月に或装置を施す。
人類がそこまで訪れたら、いくつかの前哨装置のひとつとして、人が進化したという
発信をするというものだ。
2004/07/1
『3001年終局への旅』アーサー・C・クラーク/伊藤典夫訳(ハヤカワ文庫SF)
「2010年宇宙の旅」の映画は想像を超えるような作品ではなかったし、『2061年宇宙
の旅』の小説も粗筋だけで投げてしまったので、シリーズ完結の『3001年終局への旅』
はTMAのごとく永く本棚に眠っていました。読まずに捨ててしまうのも可哀想なので、
避暑地にて涼みながらページを開いた。
「彼等のちっぽけな宇宙はごく若く、その神はまだ幼い。しかし判定をくだすには時
期が早すぎる。最後の日々、われわれがもどった時、何を救ったらいいものか考える
としよう」
くわしくは「仔犬の独り言 」webへ
http://www3.azaq.net/bbs/820/koinu/
2004/6/6
『ルネサンスの魔術思想 フィチーノからカンパネッラへ』
DP.ウォーカー(ちくま学芸文庫)
Any sufficiently advanced technology is indistinguishable from magic.
(十分に進歩した科学技術は魔法と区別が付かない)とは、SF「2001年宇宙の旅」の作
者アーサー.C.クラークの言葉である。
日本語の語感とは裏腹に、西洋において魔術はむしろ思想史の表舞台にありつづけた
知的伝統であった。錬金術や占星術とならび、密接に絡みながら、先端科学として知
識人に迎えられた。ただしキリスト教正統信仰との調停は複雑で、ルネッサンスには
百家争鳴の議題となった。
[天体にふさわしい歌の規則]
1.個々の星には本来いかなる力と効果、星位、星相があるのか、何を除去し、何を生み出すかを
見い出しなさい。次に、除去されるものを拒否し、産出されるものを是認するように、
歌詞の意味の中に取り入れなさい。
2.どの星が主としてどの場所と人間を支配しているのかを考えなさい。
次に、その地域や人がいかなる音調や旋法や歌を用いるかを観察しなさい。
1で述べた歌詞の意味とともに、音律や歌を、当の星に捧げたい言葉の中に応用できる。
3.星位おのおの星相の下で、人がいかなる言葉、歌、姿勢、踊り、品行、活動に駆り立てられ
るかを調査しなさい。歌の中にこれらを模倣するべく策を尽くすことができ、その歌は天界の
同様の性向と一致して、天界から同様の性質の流入を受けることができる。(本書より)
ホロスコープのように、時間軸によって、天体の音楽の位置付けも意味も変化する。
フィチーノの書き記したおのおのの惑星にある、固有の音楽に関する記述は省きたい。
何故ならグノーシス影響下にある惑星の知識は、ギリシャ時代も中世ヨーロッパ時代にも、
キリスト教の視点から解釈されたとクンクン臭うからです。これは慎重に自分で調査したほうが、
[天体にふさわしい規則その1]にフィードバックされていいと思う。
さて、大宇宙と小宇宙という観念は古くからある考え方だろう。
小宇宙とは人間だけに限ったものではなくて、動物界、植物界、鉱物界をも含めてられる。
錬金術では、大宇宙の摂理や法則が鉱物界にも見いだせるという信念を前提としている。
森羅万象が「大いなる連鎖」によって繋がれ、相互間に好感作用が働いているという世界観は、
あらゆる分野の先端知識や最新芸能や音楽にも通低する発想ではないだろうか。
2004/06/21
『デブの帝国 FAT LAND いかにしてアメリカは肥満大国となったのか』
グレッグ・クライツァー (バジリコ株式会社)
脂肪問題の根源となるのは農産物の輸入自由化であった。
インフレに苦しむ70年代前半に農務長官が、コーンシロップやパーム油を廉価輸入して、
新しい工業加工脂肪の神話が始った。
ファストフード側の販売戦略は、2袋買うよりも、値段を少しだけあげて容量を大きく
したほうが売上が激しくのびるという発想の転換である。
働く女性が社会進出したことによって子どもの世話が外食化した。教育のなかで子ども
たちを押さえつけずに『自己の要求』に応じて食事を与える。ここには間食を許容する
メッセージがある。公立学校予算の削減によって、給食が維持できなくなり、学校に
外食産業が侵入した。コストのため、子供達がファストフード漬けになる現実である。
そしてキリスト教原理主義者の肉体と精神の分離論が、肉体への執着を捨てさせる素地と
なっているという。他の中絶や同性愛を否定したいがために、大食というモラル破壊に
甘くなり、自己容認についての癒しの言葉が街へ溢れる。
肥満の強調は、過度ダイエットにつながり、拒食症へといたる道を歩む。
「肥満は、じわじわと中流や上流階級にまで浸透してきているが、やはり、貧困層や
貧しい労働者層にとくに多く見られる」
これは日本へも浸透している、アメリカ社会的な現実である。
「アメリカの貧しい子どもたちは、工業化されて間もない国と同じような栄養のとり
方をせざるを得ない状況にある。工業化されたばかりの国では、従来の食事が高脂肪食に
とって代わられ、さらにアメリカと同じように、電化製品の普及によって、あまり体を
動かさなくなっている」
デブの帝国 がすすめる食をさせられている子供達は、死に至る道程をすすんで 行進する
ようにも見える。
2004/05/21
『錯覚の世界―古典からCG画像まで』ジャック・ニニオ(新曜社)
人間が生きるのは錯覚の連続である。
いつでも自分の意見が正しいと思うのも、隣の芝生が綺麗に見えるのも、亭主の浮気した女が
醜悪に感じるのも、人を羨ましいと憶うのも、毎日が違うと過すのも、錯覚する力が働いている。
錯覚へ順応して騙されたまま安住するのも、新しい錯覚を知って活用して、狡猾に振る舞うことも
人間には可能だ。人は古代から色々な錯覚現象に感心を抱いてきた。錯覚の知識はCMや娯楽産業や
政治経済や祭りにも応用されている。
古典的な錯視や日常生活の錯覚ばかりでなく、コンピュータを駆使した新しい錯視図形を、
多数の図版で楽しみながら錯覚の謎に迫る。眼に楽しく読める知的エンタテインメント。
フランス風のエスプリの利いた解説が錯覚の世界へと誘う。
2004/05/14
『マリス博士の奇想天外な人生』 キャリー・マリス (早川書房 )
「史上最も身持ちの悪い化学者」といわれる のハイパー博士の自伝。
LSDによるエンドルフィン爆走する体験したり、サーフィン狂であり、現在は四人目の妻を
持つという無類の女好きのハチャメチャ生きざま。
少年の頃から危険な電気実験をくり返し、爆薬を使ってカエルを乗せたロケットを何度も
打ち上げた。悪童は実験に取り憑かれた。
ドライブデート中に閃いた「思いつき」でノーベル賞を獲得した、天才のPCRの発案とは。
人間のDNAは30億個の文字列でできている。1ページに1000文字が入る1000ページの
本が3000冊分の容量くらい膨大な情報だ。検索するには、一つの文字列を特定するだけで
10億もの気の遠くなるDNAコピーが必要だ。 オリゴヌクレオチドはDNAのごく短い
一断片で、合成しておいて長いDNAとまぜると、特別の配列をさがしだす。
DNAの二重螺旋がポジとネガでできているのを利用して、ソーティングとコピー
一挙にやってしまう、とんでもない凹凸アイディアに気がついた。
「私たちは128号線の75Hポストの地点にいた。
同時に来るべきPCR時代の夜明け前の先端部にいた。
それが分かって私は急いで書きすぎて鉛筆の芯を折ってしまった。
2の10乗は1024だ。思わず笑えてきた。
この反応を10回行なうだけで、DNAの一部を1000回コピーできるのだ。30回行なえば、
10億個以上だ」
それはDNAポリメラーゼ連鎖反応、略してPCRといわれることになる。
自動化の進んだ現在のPCR装置では1時間で数千万倍に増やすことができる。
この装置は、遺伝子診断、DNA鑑定やゲノム解析などさまざまな研究分野で利用されている。
マリス博士はPCRを開発して1993年にノーベル化学賞をもらって一躍有名になった。
PCRを思いついた1983年にはCDというメディアが発売された。
博士の 開発したバイオCDという、情報トラックの溝にそった毛細管に血液サンプルを注入した、
DNA情報のチップにもなるソフトも2000年に特許を獲得している。
個人の健康状態が低コストのバイオCDに記録され、プレイヤーのレーザーを使って読み解ける。
遠隔地どうしの処方がインターネットに入力され、医療の世界へ変革がもたらされるだろう。
2004/5/5
『ミツバチの文化史』 渡辺孝著 (筑摩書房)
エジプトのパピルス、ギリシアの哲学書、聖書や神話など、古代よりミツバチは様々な国で
語られる。近年の健康ブームで評判になった、プロポリスの存在と効能などはすでに詳しく、
アリストテレスのミツバチ研究にも記載されている。
蜜蜂の歴史は約1万年前、スペインの岩窟に彫刻されたものが発見されている。
日本では平安時代に国産蜂蜜の献上記録がのこされているそうだ。
人間にとってミツバチは、永い付き逢いのある社会性のある昆虫である。
養蜂行為は、ひょっとして産業という以前に、文化であり翅のある叡智 かも知れない。
2004/4/4
『NHK人間講座いまを生きるちから』五木寛之 (日本放送出版)
乾いた心に命の重さを取り戻す生へのリアリティが実感できない時代。
乾ききった心に湿度を取り戻し、命の重さを実感することが必要という。
日本の神仏習合や多神教にみられる寛容の精神こそ、世界が共存する鍵を探る。
長調を「陽旋律」といい、短調を「陰旋律」と呼んだときから、音楽世界のねじれは生じている。
マイナーコードと云われる音階で、アラブ、イスラム世界では前向きの音楽、喜びの歌も
唄われてきた。
牛や鳥や魚などいろんな形で食品にまで問題が起きている、それとは無縁ではないねじれの
境界にある日本人の生きるエネルギーが急低下していること。
日本の神仏習合や多神教にみられる寛容の精神こそ、世界が共存する鍵を探る。
2004/3/17
『 表の体育 裏の体育―日本の近代化と古の伝承の間に生まれた身体観・鍛練法 』
甲野 善紀 (PHP文庫)
壮神社より1986年発行された 著者の処女作 初版へ加筆修正して、復刊となった。
現代、世に流行るイメージ法の多くは、なまぐさい現実主義を匂わせた無反省、無節操なものが
多すぎるように思われる。そのため、このイメージ法を志向する人達は、いつの間にか、
マイホーム、入試、恋愛、結婚などの表面的欲望のロボットになってしまうおそれがある。
生命という非常に微妙で、かつまた適応力のあるものを考える場合、○×式の単純な
目で見てはならず、全体を把握観察できるより深い視点が望まれる。
生命の構造は微妙な多重構造をしているため、ごくあたりまえのことでも、観る角度と
理解力のレベルで、極めて奇異にみえることがある。
「武術を例にとると、私が研究している武術の技法は、相手との接点圧力をフェードアウトして
ゆくことによって、相手と一体化し、相手を崩すものであるが、これは一般の格闘技の常識から
みれば理解しがたいことかもしれない。普通一般の武術、武道では、相手との接点圧力を急激に
増加させたり、突然抜いたりして、不意打の原理で技が成り立っているからである。
勿論これはたしかに有効ではある。この原理を使った技は習得しやすいため、技に馴れてくると
お互いに技がかかりにくくなり、そうなると後はパワーアップをする、という方向にむかって
しまうようだ。
これに対して、相手が抵抗する気が起こらないように、こちらの誘導に合わせて来ざるを得ない
ようにする。接点圧力を消失させていく技である。演劇の舞台照明を思い出していただければ、
フェードアウト、フェードインの効果が心理的にいかに強い誘引力を持っているかは納得がいく
と思う」(文書より)
こういう学校教育とははずれた鍛練の理念は、スポーツや介護にとどまらず、
あらゆるジャンルへの応用が可能である。
多くのエンターティメント作品は、○×式パワーアップの体育の方向に属しているから、
音楽やドラマの発想などには、この技には予想外のヒントを抱くはずだ。
2004/3/10
『噂の真相』休刊号
噂の真相編集部からの休刊後の最新スタッフ事情を報告!
ネットだけを残してすべからく休業体制に向けて準備は着々!
ネットは連休明けよりリニューアル!とかとか
http://www.uwashin.com/
2004/3/9
『至福千年』石川淳 (岩波文庫)
幕末の騒然とした江戸を舞台に、幕府転覆をねらう怪しげな隠れ切支丹の一派とそれを
阻止しようとする一派が死闘を演ずる伝奇小説。
地上の楽園を夢見て、秘術をつくす登場人物たち、表向きは稲荷神社の神官、実は白狐を使う妖術者。
さらに妖術者の元へ「千年王国」の夢を実現せんと立ち上がる乞食達の群れ。
変身自在の術をあやつる元盗賊やら、旗本くずれの道楽者の俳諧師たち。
なんとも不思議な生命力に満ち満ちた破天荒の小説である。
「此世というやつは顛倒させることなしには報土と化さない」(『普賢』より)
石川淳の『狂風記』が天王洲アートスフィアで舞台となった。
現代と古代、幕末と近未来、地下と天上、政治家と乞食、そんな境界を通り抜ける、
狂いまう風たちが記されているものが、どのように舞台化されるものか。
2004/3/3
『帝都東京・隠された地下網の秘密[2]』秋庭俊(洋泉社)
地下の真実はなぜ隠されているのか、秘密の核心に迫る図版満載の第二弾。
関東大震災の復興事業として、政府は首都の地下に、地下道、地下室を五百キロほど
国民には知らない施設を作り続けているのか?。
「地下鉄地帯」に残された物証から調査していくと、巨大な計画の地図や地下鉄の謎が。
江戸からある幕府の地下施設の断層、明治政府も帝都東京の地下道やトンネルを掘り
捲くっていて、戦前の政府の地下鉄五百キロも実は?
帝都の先あることを思うと夜も寝れなくなる。
そのような深く潜行する巨大な怪魚の鱗上に、
「われわれ都民の日常」はあるのだろうか。
本書に転載されている「大東京市復興計画」の東京近郊の地図には、
蜘蛛の巣の図形のように帝都の要所を結ぶ路線が 描かれて、
現行の地図と見比べても色々と想像されるだろう。
幾層にも無数に更新され、違う意味を持った地図たち。
それらが交わり重なった上に、現実は交差しているようだ。
秋庭俊のWEBでは書物に発表できない記事も増殖中
http://homepage3.nifty.com/norikoakiba/
「きみは知らないだけだよ」GHQが知っていた東京
http://diary.nttdata.co.jp/diary2003/10/20031014.html
東京アンダーグランド
http://2.pro.tok2.com/~higashi-nagasaki/d_b2003/Db01-105_1.html
東京些末情報ではインベーダーが地図で観測
http://www.demeken.co.jp/~etv/clip4/tokyo/62_index_msg.html
2004/1/19-2/6(ラジオで聴いた話)
「ミスター・ヴァーティゴ」原作:ポール・オースター(新潮社)
1927年、セントルイスで両親を亡くした孤児は、街で小銭をせびるような悪童で
魔法使いのようなペテン師の胡散臭い男と出会った。
「君は後三年で空を飛べるようになれる」と怪しげなシルクハットの師匠に見詰めら
れる。我執を去って本気で泣いて笑え、人生、他に何があるのだ。そこを悟れば重力
は消えるのだと。 母親代わりジプシー女のマザー・スー、兄代わりの黒人の天才少
年イソップと暮らしながら、予想できない体験を超えて、三十三段階の修行階段を昇っ
てゆく。空を飛べるようになる少年の飛翔と失墜。それをショウビジネスにして、全
米に興行する。手品ではなく、魔術のような術を少年に教えた師匠は謎のユダヤ人だっ
た。実在の魔術師の名前が、少年に記されているのは偶然かな。ヴァーティゴ
(vertigo)とは「目まい」の意ごとく、ファンタジィの枠を超えている物語だ。
やがて師匠は死ぬ。別れの日が来て浮揚の力も失せてしまう。往年のスタアは過去を
隠して全米を放浪、その老境に書かれた自伝が本書というわけだ。
NHK-FMドラマ「ザ・ワンダー・ボーイ」という題で放送されたのを全15回に渡って聞
いた。
http://www.nhk.or.jp/audio/
(今月2月はスタンダール原作「赤と黒」を放送しています)
http://www003.upp.so-net.ne.jp/takasaki-world/
ワン公のラジオドラマSFコレクションというのが、また奥の棚深くあります。
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ポール・オースターは1947年、ニューヨーク近郊生まれ。
ユダヤ系中流階級の家庭 に育つ。コロンビア大学院を中退して石油タンカーの乗組員となり、
メキシコ湾で働いた後にフランス移住。ボヘミアン的な 暮らしを4年間経てアメリカ帰国。
硬質な言葉で綴られた現代詩創作。
翻訳、エッセイ執筆、編集等の仕事に従事、現代文学作家として問題作を発表つづける。
映画『スモーク』『ルル・オン・ザ・ブリッジ』という異色の脚本と制作にも関わっている。
映画『偶然の音楽』には端役として出演して、ジャンレノをソリッドにした男前を披露。
難解な詩から、ハードボイルド、現代文学、映画まで多才な活動は魔術的である。
父の存在が欠落した少年性が描く、外側へ向う行動のアラベスク。
『孤独の発明』は自伝的な寓話。小説としては第一作にあたる。
唐突に亡くなった存在が感じられなかった父親。 幼い頃に亡くなった私にとっての祖父の
死因を、狩猟事故で亡くなったとも梯子からの落死だとも戦死したともいう。
遺品となった文面からまだ見ぬ父の真実、不在の人である原因を読み取る。
他の翻訳された作品が装丁写真入りで、紹介されています
http://www.cafebleu.net/book/auster.html
2004/1/1
「ニュー・アトランティス 」フランシス・ベーコン/川西進:訳(岩波文庫)
実のない抽象論に陥っても現実世界の解明に役立たない神学論争に終止符を打ち、
ベーコンは学問を現実世界の探求に向かわせ、自然法則の発見が発明工夫に応用されれば、
人類の生活は飛躍的に向上すると考えパラダイム・シフトさせた。
「実験と観察にもとづく帰納法的学問こそが、これからの人類に利をもたらす」
そこから急速に近代科学は進歩を遂げ、現代の巨大な科学文明を生み出した。
テクノロジィによって地上をユートピア化させようという、その意図は一応の形状としての
実現をみたように見える。
ベーコンの「知は力なり」とは有名な言葉だ「実験や観察を通して事実を集め、事実から
共通する自然法則をつかみ応用していけば、世の中を変えていく力となる。
これら知識の力は大いに活用してよい」「哲学を少しばかりかじると、とかく物事を
第二原因のせいにして神の存在を忘れがちになるが、哲学を深く極めると再び宗教に戻る」
ベーコンの魂は今から一万年昔、大西洋に浮かぶ大陸に生まれたことがあるという。
現代とは異なる構成による科学文明を有していたが、仏神を否定する科学万能に陥って、
その反作用から海に沈んだとプラトン派によって伝えられた。アトランティス文
明の末期に生きていた人たちが、そのまま現代にも転生してかどうかは疑問だが。
太古にあった科学の力を知覚して、西の大陸に再びその力が集まることを予言していた。
物質より起こる巨大変革が、歴史に及ぼす影響力の大きさを直感的に知っていたのだろうか。
「全ては何に起因し何に由来しているのか、科学が根本にある自然と経験とから
遊離していたからだ」
政治を営みつつこう発言したベーコンこそソロモン王の転生であったという説もある。
ユートピアとサイエンスの進歩の夢と予言たる本書は、国家政治不信の現代への
警世の書物かも知れない。序文と解説は、驚くなかれ魔術師W.ローリーであった。
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