朝から いらいらした。
混んでる電車は嫌だ。しかし毎日のルーチンなのでなんということもなくやりすごす過ごす。
「タイタニックってなぁ、映画見るまで南極探検の話と思っとったんや、最後遭難するから。ポスター見て、なんで南極に女がいるのかわからんかったーけどー、映画見てわかったわ。普通、タイタニックって知らんやん」
馬鹿モンが。
静かに沸点に近づきます。
ターミナル駅で乗り換えるとき、目に入ったアーミーファッションの太った少女。
うげぇ。なんだろう、このバランスの悪さ。中途半端に入ったメッシュがむかつきを煽ります。
得意げに友人になにかを話しています。可愛さのかけらもない。ひどすぎる。
アーミー自体は、わりと見かけるんで別になんと言うこともないんですが、やはりある程度の「攻撃的性向」「先鋭さ」を私に意識させます。まぁ、しゃべりだしたら止まらない脂ぎった小事業主オヤジとかに多そうかな。オヤジの場合それなりにダルい風景になじむこともあるのでね、概ね、あと、きれいな女の人はぜんぜん可。しかし、馬鹿まるだしの崩れた笑顔で電話片手に嬌声を發っする君は実にじゃまだよ。街の景観を阻害している、確実に。
生きるな、死ね!
今日の作業は、植物の標本整理。野外で採ってきた謎の植物を新聞紙に挟んで押し葉を作ります。まずは、水気を吸い取ってしめった新聞紙を新しいモノに取り替えますが、作業中、古新聞の記事に目が行きます。
日経、つまらん。工事の記事ばかりの建設新聞もパス、電氣新聞に至っては理解不能。やっぱり大手一般紙、朝日でしょうか。
あります、あります、近傍の産廃焼却場からのダイオキシン垂れ流し記事。
地元住民の不安声が載っています。
「高山植物の咲く自然を返して!」の見出付きで”子どものころ咲いていた高山植物が最近では見られません、かけがえのない自然をかえしてー”との40代役場勤務の女性が語っています。
うるせー、だァってろ!どこが環境ホルモンだ?その町のどこに高山植物が生えているんだい?環境ホルモンのイメージだけで適当なこといいやがって。殺す!。
さて、続いて毒矢じゃなくて読者の投稿欄。
最近、ナイフ犯罪がらみでズレた投稿が増えていますが、この日のテーマはリフレッシュ、さぁ、どうくるか?
「みんなで外に出てみては・・・」的な題名で、やはりこちらも同年代の女性。
”最近の教育の現状では、家庭・学校の別を問わず子どもたちも教師も大変です、時間やカリキュラムに追われ、ストレスが解消されることのないまま、元気がなくなっています。”
ふんふん、まー妥当な展開だね、人工衛星のような高い視点で語る姿勢もなく好感が持てます。
”気分転換をはかることから、屋外に出て青空の下授業をしてみては?”
おっ、なかなかいい気分転換だぞ。
”みんなで一緒に輪になって踊れば、悩みやいじめといった問題も吹き飛びます。明るい音楽がいいとおもいます。”
・・・・・・・・・。
本当に”気分転換”なんですね。教育や社会システムやこころの現場の深い苦悩を解決する道を誰もが模索する現在、ゆるゆるですなー。長野オリンピックで単純に感動したタイプとみた。
おいらも欽ちゃん以外よかったですが。
読者投稿で立っているモノは、「現場の声」的な地に足が付いたモノ。しかし、こういった投稿の底の浅さは一体なんなの?やっぱ分別しっかりした人は投稿何かしないのか?普通に社会生活を送っているといちいち投稿していられないのでしょう。ふつふつと脳裏に過去のクズ投稿が浮かんできます。
「私のおとうさんをかえして」
”私の父は銀行員です。子どものころから、いつも忙しく、休みの日もほとんどいません。友人の父は郵便職員で、休みの日にはいつも家にいますし、父親参観にもいつも来ます。どうして私の父が忙しいんでしょう、私の父を返してください”10代女性
いいじゃん、寝言は寝て言え。
薄っぺらな環境ホルモンネタも次第に増えてきて、ますます沸点が下がってきます。
あぁ、標本が腐ってる上に、数匹の青虫が葉っぱを噛んでいる。
標本整理を終えると、学生アルバイトの女の子が珍しく手に新聞をもっています。
「就職活動の面接とかで、最近の出来事、聞かれるから、最近新聞読み出したんよー」
「何新聞?」
「日経。金融ビッグバンとか詳しそうやし・・・・」
また、日経。
おいおい、つい先日兵庫県の西が何県か言えなかった君が、いきなり日経?いきなりビック・バン?。
ふしゅう、ふしゅう、と何かが縮みました。
Become a special friend to an amazing animal and preserve the dolphins future!
おもろいいきもんと友達になってやつらの未来をまもったれ!ききぃー(鳴声)。
っと訳せばいいんでしょうか。雑誌で見かけた里親制度に勢い申し込みました。
Friends of the dolphinは、オーストラリアの野生のイルカの里親になることによって、イルカ研究に対する経済的援助をするものです。まぁ、おひねりみたいなもんです。
「私たちとイルカの住む環境を守るために、私たちにできる最も身近なことは,
- 薬品や油脂類は正しく処分する。直接排水溝や下水に流さない。
- ゴミの処分を正しく行う。河川や海岸に捨てない。
- イルカ保護活動に参加している組織により捕獲されたマグロを購入する。」
いやぁ(笑)、まったく外人は言うことがストレートだわ、さよならジュピター。しかし、マグロとかも絶滅に瀕してるんじゃないのか?おいらはもらえれば、イルカも食えばマグロも食うけど。閉店前のスーパーでサカナのアラとか買ってるぶんには関係ないかな。わたしゃ青魚も好きじゃよ。
7頭のイルカの中から気に入ったやつの里親になります。名前がかっこいい。
「すばらしい仲間たち モートン島で餌付けにやってくる野生のイルカは、とても大切な友達として親しまれています。その中の何頭かは、この里親プログラムに参加しています。
Rani(ラニ)
若いメス。1992年の前半に生まれた。活発で母親より先に他のイルカと一緒に餌付けの場所にやってくる。
Echo(エコー)
オス。たいてい一番最初に餌付けの場所にやってきて、見物にきている人たちを楽しませる。みなしごだったが、グループに受け入れられ仲間となった。
Shadow(シャドゥ)
ビューティーにうまれた幼いメス。ビューティーが行方不明になるまでよくビューティーと姉のティンカーベルとモートン島の浅瀬で遊んでいた。ティンカーベルに育てられたため、活発なイルカに育ち、たくさんの才能を身につけた。・・・・・・・・」
ふむ、安いモノクロの印刷で小さくそいつらの姿が印刷されています。
おや、一頭だけアヒルのようなへんな間抜け面で写っているやつがいます。こいつは?
「Bobo(ボボ)
若いオス。4〜5歳。どういうわけか孤立していて、なんにちもどこかいってしまうことがある。」
いやー(笑)まいった、まいった。こりゃいいや、こいつに決めた。
飲み会の時に九州の友人におしえとこう。
きょうは「魚派列島 にっぽん雑魚紀行」甲斐崎 圭著をよみました。
穏やかな春のうみべで雑魚料理たべにいきたいすねー。
最近、雑誌の付録に付いてきた「ライフゲーム入門」を意味もなくいじっては見ています。
ライフゲームでは、碁盤みたいな格子が白黒で塗り分けられており、セル(ますめ)のなかが塗りつぶされている場合はセルが「生」、塗られていない場合は「死」を示しています。世代が変わる際、隣接するセル(隣人)の個数が2または3で次の世代生き残り、3で「生」セルが生まれる、4では過密で死ぬ、1ではさみしくて死ぬ、というルールが支配しています。ゲームのルールは簡単ですが、ちょっとした条件の違いでルールがかわってくる複雑さ、豊潤さをもっています(たぶん、らしい)。
んで、適当な線や落書きを書いて、世代を進めると、フィールドの広さにもよるんですが、たいていの集団は増殖をはじめその環を広げていき、やがて少しずつ互いに離れてしまい、さっさと死滅していきます。いくつかは成長していったあとで「人口爆発」を起こしたあと、数個のユニットとなって、安定した状態となります。また、運動能力を持ったユニットも生じることがあり、遠くまで直線移動したあとで別のユニットと接触することもあります。ただ少産設定のせいか、展開上バンバン死滅または安定化してしまうので、うじうじと成長していったあと周囲との連続が希薄になって見る間に衰えていく様は見ていて哀しくなります。もっと陽気な設定ならよいのに。カンブリア大爆発みたいに。
じつは、この手のゲームは種や文明の興亡をイメージさせるのみでなく(「ループ」、「ブレインバレー」にそれ的な話がでてきました)、さらには、その形作られたユニットによりANDゲートやORゲート、記憶素子等を実現する可能性も言及されているそうです。なんのこっちゃ。
そういえば、雑誌SIaSの先端科学連載に似た話があったような、あれは人工脳か?人工知能だったか?と立花隆の「100億年の旅」を購入し読み直しながら、焦げ茶色の電車で京都にむかいました。
中年の男と若い男が広く空いた席のなかを寄り添うように座り会話をしています。
あの「てっぽううち」にひきずられとるやろ、おまえは。きいつけないかんぞ。
おれはどうでもええんやけど、おかんがものすごいしんぱいしとるねん。
おかんを説得せんといかんで。
おれはどうでもいいんやけど、きょうもスキー、勧誘がすごくて。
スキー?なにするんや?ジャンプか?
剣道部や野球部はやめておけ。
なんだ、ガキとオヤジかよ。期待させやがって。よのなか心と体に栄養が足りているようです。
![]()
DoGAは、アマチュアのコンピューターグラフィック文化の振興をはかる団体で毎年CGのコンテストを実施しています。今日は第10回大会の入選作品の関西地区上映会です。CGといえばもっぱらテレビで目にすることが多いのですが、ここはアマチュア、かなりの嗜好のかたより(味)もあります。機材等はホームユースのパソコン等といえど、大画面で見て遜色ないので驚きです。げぇー、こんな事までできるの!!
ーよかったのが、CGのキャラクターがきちんと役を演じている作品があったことですね。けっこうただ動いてせりふを流すだけのモノになりがちですが、キャラクターがキャラクターとしてきちんと立っている実力の作品もあり、感心しました。画面構成、カメラ操作自由自在。すごいなぁ。
驚き感心した作品の作家は、たにぞうよりはるかに若く、ちょっとショック。
帰り際、学生の時の先輩に会場前であいました。5年ぶりくらいでしょう。近況を交わす雑談のあとで
たにぞう「これからお暇でしたら、どこか行きましょうか」
せんぱい「京都に来たので京都タワーにのぼってみたいんですが」
うぉっ、思わぬ展開。
盆地いっぱいに構造物が広がっているところが、地方都市の光景と大きく異なっている。奥に黒く四角く見えるのは御所。まるでライフゲームの安定化して増殖しない集団だね。ここ数日の晴天で、透明度のよくない空気が西の光をうけて白く影をつくっている。縦横に格子のように道路が走る。屋上に洗濯物が干してある。西から南から細長く走ってくる電車。でも単純なライフゲームとちがって、雑多なモノが重なりきらら様に層をつくっている。くたびれた古い住宅、ビルの間の国宝、山の切れ目、おぉ、東本願寺にバザーが出ている。いろいろなものがゆっくり動いて見える。沖縄時間スリランカ時間トウキョウ時間カゴシマ時間ジャマイカ時間、ここは京都時間、いまは日曜日の夕方ナリ。
「平安京ってこの辺でしたっけ?」
先輩に聞くと、しばらく考え込んだあとで
「わたしも九州出身でよくはしらないのだが、多少はずれるんじゃないかな」
「応仁の乱とかありましたしね」
「大きな門に泊まると、老婆が死体から服を剥いでいるとか」
「鬼が屋根の上で琵琶をひいているとか」
ーきょうとのまちは、ふうすいでせっけいされとるんやー
げへへと、陽気に解説するじいさんがいる。荒俣先生もご満悦でしょう。
風水ー竜脈ー竜脈が地に吹き出す「ドラゴン・ヘッド」の巨大な穴ー穴はうめないとー穴は掘ったら埋めろ、後始末はきちんと、格子の街、安っぽいCGーけびいし、平安京エイリアンってあったなぁ、穴を掘ってうめて。穴を掘ったらうめろ。そういえばホリプロのCGアイドル「伊達きみこ」(?)って消えちゃったのか?
「そういえば、京都で開いてる国連の平和会議のうえに爆弾落とすのって「家畜人ヤプー」でしたっけ?」
閑話休題
「全国タワー協議会加盟タワー」
はっ、入り口の横の壁のポスターに控えめに書いてあります。
「世界大タワー連盟! なんという素敵な響き!」(「東京タワーさんは最近はどうですか?」より;利重剛:街の声を聴きに)
世界大タワー連盟に比べると、どうしてもその音のよさで負けているぞ。京都タワーは世界大タワー連盟に入れなかったのか?つまり、”タワー世界(業界?)”には、世界的組織と国内的組織の別があり、国内では札幌のテレビ塔とか横浜のマリンタワーとか水戸のタワーとか、香川のゴールドタワーとか梅田の空中庭園(←こいつはタワーか)とか福岡のタワーが集って、課題について協議するんですね。
「キレる修学旅行生をどうするか」とか、「携帯電話は禁止にするか」とか。
「ハトをどう追い払うか」とか。
今日は、職場の人の誘いで蘆(アシ)原の広がる河川敷での春の植物の観察会に参加しました。
地元の愛好家の会やいくつかの団体による総勢20数名の観察会です。植物に詳しい先生や唐招提寺の薬草園の方をゲストに晴れた日のなか、観察会が行われました。河原の土手は、菜の花で一面黄色です。そして広い河原には国内有数のヨシ原が広がっています。この川のヨシ原は国内でも指折りの大規模なものですが、近年乾燥化が進み衰退が危惧されていました。そこで研究者を中心に川の水を動力であげで流し込み、湿地を保護する試みが始まりましたー。そんな背景も知らず、のそのそと参加したたぞう、枯れたアシ原に火を放て!名付けて火の海作戦!!とか呑気なことを考えていました。
観察会の最初は、食事の準備。用意された豚汁のほか、季節の炊き込みご飯、そこらへんで取ってきたカラシ菜の和え物、そこらへんで取ってきたよもぎの入った団子、なんだか知らないけど、焚き火であぶられたそこらへんのヨシの若芽なんぞがまわって来ます。持ってきたカロリーメイトは食わずにすみました。川面に浮かぶ流れゴミを見ながら食事をしているとき、ビールをもって来るべきだったと後悔しました。まぁ、そのうち、日本酒やふきのとうの味噌が回ってきましたからよかったんですけど。
参加者は中高年層が主体ですが、保護活動を行う若い人の姿もあります。メンバーの多くは常連のようで、食事をしながら歓談が続きます。
「ここに景がある」拾ってきた河原の石の見方について語る人。
「黒檀でつくりました。水に沈みます。」自作の箸を語る人。
「環境ホルモンで世界が狂ったら、貧しい時代を生きた我々は強いぞ」環境と社会を語る人。
「あの鳥は・・・」とありふれた鳥を熱心に見る人。
みんな視線が熱を帯びています。うーっむ、熱いなぁ。やれやれ。
さて、食事もおわったあと、いよいよ観察のはじまりです。野草に詳しい方から簡単な解説がされます。
「たべられる・れない」については、重要なポイント。そこは忘れずに解説が付きます。
ははん、そうかいな、と手当たり次第にいろいろと噛んで試していきます。
むむぅ、にがい、まずい。
アシ原が切り開かれた広い草地に、黄色い花が咲く草むらが広がっています。
近県では、生育地が一カ所のみとなった絶滅寸前植物が、ここでは広く広がっています。これだけの規模のモノは国内でも、おそらくここだけ。
「あまり食べられるという話を聞きませんし、名前も「ノウルシ」なので、おそらく食べられないのでしょう。」
薬草園の方が、そう説明されます。そういわれるとねぇ、たべとかないと・・・・。と適当に葉をちぎり、口に含む。
・・こりゃ、まずい。ちょっと脂分が多いかなぁ。
腹こわしそう。