|
|
|
|
| | ニュースをにぎわす兵庫18歳少女首輪監禁事件の24歳無職犯人の親御さん援助に成り立った豊かな生活が話題となった。だいたい、アダルトゲーム1000本押収って、1つ5000円としても、500万円相当かいな。社会にでて10年も立つのに年収すらそのゲーム代に遙か遠い30代所帯持ちとしては、うらやましいことです。
もう、ずいぶん前に読んだ宮台真司だったか誰かの本にあったか無かったか忘れたが、例えば街でいえば一部の風俗産業や娯楽産業やサービスのような、一種の裏モノ的な存在が、街で生活する人々のまっとうには満たされない(しばしば性的でもある)心の欲望だの欲求だのといった部分のひずみを緩和(処理)し、バランスを保つ機能を有している側面がある、とかいうのを目にした気がする。多くの成人男性向けの商品の場合、合法的であれ非合法的であれそういう要素がある。 ただ、最近の犯罪の報道を見て思うことは、「欲しいという欲望」と「手に入る」「手に入れる」という間が近すぎる気がする、間に何もない。もしも、対象を「手に入れる」のがほとんど困難という認識があれば、代償としてのサービスなり商品なりによる緩和もそれなりに機能するのだろう。 監禁事件の犯人は、欲望と入手が近い中で小さな時から成長してきた生い立ちであったと想像できるが、エロゲーム1000本の果てに見たものが何だったのか、はなから「手に入らない」を認めないのか。
あぁ、とはいってもお金は欲しい、マイ・ライフ。どうも先日購入したPC初期不良みたいだし、先日、踏んづけて壊した眼鏡だって買いたいの。
CD『真心covers』購入
| |
|
| |
|
| 2005/05/13
|
|