心配される
最近大事故にあったりといろいろと大変なことが続いて気の毒な方が家人の知人にいらっしゃる。今日は家人とその知人が一緒に病院に検診に行ったのだが、その折りにその大変な知人はたいそう私のことを心配してくださったそうで、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいである(正直、若い時にそんなに女性に熱烈に思われたかったというのもあるかなぁ)。

家人と秋田の殺人事件の母親逮捕ニュースの話題の後、吉岡美穂結婚など最近のテレビ的話題に話が転ぶ。吉岡美穂の旦那と言えば、吉川ひなのの元旦那、吉川ひなのといえば
『牛豚牛鳥豚牛牛(月曜から順に一週間の意)、ひなのの家は毎日肉!肉大好き!』
というデビュー当時の発言が有名である。当時、「納豆ばかり食べててもいいのか!」と口ずさむ昔のピーズの歌がすべてを表す廉価生活を強いられていたワタクシは、この言葉に衝撃を受け、秋元康かだれかがその言葉を持ち上げる雑誌を読んで、いくら可愛くてもこいつだけは許せない、あの街なんか燃えればいい、憎い!と強く思ったものです。しかし今では可愛ければ何でも許します。沃野を覆った濁流は流れ去り、雲が切れ青空がのぞき、人は変わるのです。
「牛豚牛鳥豚牛牛!ときどき鴨雉熊鹿兎七面鳥!ほんとに好きなのは畠のお肉!」負けずにがんばりたい、ホントに大変な人に心配されないように。厄が落ちるよう願っています。
(与→余のマチガイ)
2006/11/13(Mon)  


 memo
木菟びき(ずくびき)は、ミミズクを囮にして、小鳥を捕る猟法です。
http://www24.big.or.jp/~kyusoku/owl_koten.htm#%83Y%83N%83r%83L

この本にも伝統的に捕獲して食べていたところがあったと書いてある。信州の上田では最近までカラスを捕らえて田楽にして食べていた。その捕獲にフクロウを利用していた。
カラスとフクロウは天敵同士で、夜カラスをフクロウが襲う。それを逆恨みして昼間のフクロウをカラスが集団で襲う。これに目をつけた捕獲方法である。
フクロウを広い田んぼなどに囮として用意しておくと、これを見つけたカラスが次々に攻撃をしかける。これに網をかぶせて捕獲する。でもこの猟を受け継ぐ人がいなくなってしまったという。
http://senpou.cocolog-nifty.com/sousen/files/137.doc

(参考:カラスのミートパイ)
http://homepage3.nifty.com/hungryhunter/crowpie/index.html
2006/11/13(Mon)  


 ストーブさん、ありがとう、うおっ、うおっ
晴れたと思ったら雨が降ったりを繰り返す、北側の山のほうに灰色の崩れた雲がかかりっぱなしの冬空の一日。石油ストーブに油と火を入れ、家の中に籠もっている一日。
『そこがいいんじゃない!みうらじゅんの映画批評大全1998-2005』を引き続き読む。
レンタルビデオで家人が借りた『tokyo eyes』と『リリイシュシュのすべて』、私が借りた『宇宙からのメッセージ』と『世界大戦争』を見終わると一日が終わる。
『リリイシュシュのすべて』(作品HPはこちら)は、北関東の農村を舞台にした中学生達の物語。やはり面白かったのですが、ヘビーないじめの物語が現実社会のいじめ問題と重なって見ていて辛くなった。中学生の頃ってイヤだよね。岩井俊二の絵作りと編集の妙、強請にあうまだ子供の表情の蒼井優もみどころです。


『宇宙からのメッセージ』(解説はこちら)は、みうらじゅんの前出の文中にも『オレは、開いた口が塞がらなくなった。ある意味でバンザイ!和製『スターウォーズ』!』とあるので、覚悟してみたが、予想以上にきちんとした映画で拍子抜けであったが、障子の隙間から差す冬の弱い陽光を浴びながらワインをばんばか飲みながら観たので非常にハッピーな映画であった。キンキン声で喋る宇宙暴走族の真田広之、蘇我マチコ・ロボ!宇宙が舞台だけど全然宇宙じゃないし、これって時代劇だし、真夜中の弥次さん喜多さんみたいなカンジである。
『世界大戦争』(画像はこちら)これは職場のMさんに聞いていたのですが、いい話で観ていて涙が出てきました。
下町の住人達のちょっとした会話や演技がものすごくよく、フランキー堺、乙羽信子の夫婦は素晴らしい。
その娘(絶句!)星由里子はめちゃめちゃ美人だし、宝田明はめちゃめちゃかっこいい。そして騒音で騒がしい東京の街でさえ、空が広く緑豊かで美しい。核攻撃の前に一家で囲む食卓に出されたとっておきのメロンに、子役らが役を忘れてかぶりつくのが、さらに雰囲気を高める。そんな”三丁目の夕日”な上に水爆が落ちるカンジです。確か熱核兵器の被害を表現するため、溶鉱炉を街にぶちまけた特撮とかいうやつだったか、炭火を崩す東京壊滅のシーンは熱と重さを伴う迫力である。戦争はいかんですな。

2006/11/12(Sun)  


 映画『デスノート・ザ ラストネーム』、DVD『塀の中』 
朝7時半に目が覚めるが、雨だし2度寝3度寝4度寝を繰り返すうちに、昼になる。

夜、近所のシネコンのレイトショーで映画『デスノート・ザ ラストネーム』を観た。予想以上に話がまとまっていてよかった。もっとぐずぐずの結末を予想していたので、よくがんばった、えらいぞ、と誉めてあげたい気持ちになった。2作目になり、役者が慣れたカンジが良かった。藤原竜也は相変わらずむくみっぱなしだが、一方、鹿賀丈史は安定感があり感心した。女性の方にはエル役のひょっとこ松山ケンイチをおすすめする。観終わった家人が、『松山ケンイチ、かわいわー』とボンクラ男視点では想像すらしないことを言って驚かせた、恐るべしはデートムービーである。私的には、上原さくらのヨレヨレ感増した姿がうれしかったが、それもデートムービーの策略であろうか。


レンタルDVDで『刑務所の中』を観る。原作コミックを上手に映像化していて、さすが崔洋一監督です。邦画有数のバイオレンス監督なのですが、クィールにしてもこの映画にしてもしっかり作ていて、職業監督ってすごいんだなぁ、と感心します。デスノートの金子監督もだけど。
2006/11/11  


 MEMO
ウスターソースの起源(暮らしの手帖15号より)
『ウスターソースは、イギリス、ウスター地方で生まれたものです。作られるようになったのは、19世紀後半からと、歴史は新しいのですが、その誕生物語は諸説あって、よくわかっていません。有名な説は、「ある家庭の主婦が野菜くずに香辛料を入れてつぼにいれておいたら、偶然できた」というものと、「植民地のインドから現地のソースの作り方を持ち帰ってまねようとしたら失敗した樽の中で偶然出来た」の二つ。
 しかし、「偶然できた」というのは、事物の起源話しによくあるバターンですし、もっともらしさに欠ける感じがあります。この記事の監修者の磯部晶策氏は、イギリス現地のソースメーカーの経営者や郷土史家との交流から、独自の説を導きました。それは、ウスターソースは、当時、ヨーロッパで人気のあったしょう油をまねて作られたものではないか、という推理です。
 じつは17世紀後半から、しよう油は長崎の出島からバタビア(現在のインドネシア)、インド、ヨーロッパヘと輸出されていて、料理の味を高める隠し調味料として珍重されていました。江戸時代を通じて、しょう油はオランダ貿易の重要な商品のひとつとなり、輸出用のコンプラ瓶(写真)は、最盛期には年間四十万本も作られていたほどでした。
 フランスではルイ十四世の食卓にものぼり、ディドロ編纂『百科全書』には、料理の風味を引き立たせ、深い味わいを与えるとして、手ばなしで賞賛されています。ヨーロッパのグルメには、よく知られた貴重な調味料だったのです。
 当然、自国で同じものを作ろうと考えた人はいたようですが、当時はしょう油の主な原材料である大豆がヨーロッパでは栽培されていませんし、製造に麹を用いる発想がないため、うまくいきません。ドイツでは、そら豆を使ってしょう油を作ろうと試行錯誤した記録が残っています。
 イギリスのウスターソースメーカーの古いレシピの中には、原材料にしょう油を加えるものもあるそうで
す。ウスターソースが作られるようになったのが、江戸時代の後期に当たることなとからも、しょう油をまねて作る課程で生まれたものではないか、という推測ができるのです。
 つまり、ウスターソースは里帰り食品です。『その数奇な来歴は、ちょうど浮世絵が西洋の画家に影響を与えてジャポニスムを起こし、ルノワールやゴッホ、ロートレックなどの作品として来日し、日本で広く受け入れられたように、不思議な共通点があります ウスターソースは、調味料のジャポニスム食品なのです。』
2006/11/11(Sat)  




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