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| | 10数年の昔話。 学校を卒業し就職して1ヶ月ほどたったある日、新入社員中で私と寮長(鳥取産)と二人、上司に呼び出された。「まだ業界に染まりきっていない若者らしい新鮮な意見をブレインストーミングで得たい」、ということであった。ダム湖の有効活用をテーマとして、遠慮無く意見を言うようにいわれた。しかし、若者のサンプル抽出としてかなり問題があったのではないかと思う。まず、私で良いか、というのもあるし、寮長も割と不思議な人である。私も寮長も鳥取県出身という点だけでも、それがずいぶん偏った抽出のように思えもする。山陰以外で鳥取の人だけで二人選ばれるって、滅多にないから。 私は、カタイのと軟らかいのを思いついて発言した。 「(1)ダム湖水の下層には冷濁水があると聞くので、貯蔵庫を設けて、ワインなり泡盛なり焼酎なり季節の野菜などを格安で貯蔵し、地域に還元するのはどうか。 (2)全国の動物園で持てあまし気味のカバを一挙に集め、カバランドやカバの老人ホームを作る。 (3)昔、どこかの水産研究室が、クジラのダム湖養殖を研究していると言う記事を新聞で読んだことがある。そこと手を組んでダムでクジラを飼えばいい、ダチョウより儲かると思う。」
2番目の意見を言った時点で、上司の顔にものすごい失望と後悔の色が見えたのだった。 上司「ワインは、もうどっかがやってんだ。ダムの底の泥を肥料にして利用するような、そういう役に立つアイデアがいいんや」 割と地味なアイデアですね、そうですか、天然冷蔵庫はダメですか。 寮長が発言する。 寮長「ダムの湖岸に長い雨樋のような構造物を配置します」 上司「それで(期待の色)」 寮長「流しそうめんをして、観光客を集めます」 私は、それを聞いてやられた!と思った。 上司は、別のことを考えたようである。 *********************************************************** 前出の鯨養殖研究の新聞記事は、バブルの頃である。現在の常識では、マジすか?と耳を疑うような言葉も出てくる。そんなイケイケの時代だったのだろうかと、思うのである。 『研究結果から、例えば牛の胃から草を消化する菌を摘出して培養、鯨に移植し、草食性に変身させればエサも水草でまかなうことも可能なので、時間をかければ解決出来る』 なんて、楽観的というか思いつきすぎるというか、王様のアイデアと評するべきか、ムチャクチャ言ったりしているんだけどフツーに考えても無理だと思う。二つの記事とも、野生動物と人間の関係について姿勢が見えず、今日ほど深く考えていないように見える。文中の研究者(というかエンジニア?)にもメディアにも、野生動物に対する敬意や尊厳の感覚がないのが残念だが、そういう時代だったのか。もしかしたら少しづつだけど私たちの生活する社会は成熟しつつあるのかも知れない。
(過去の報道) 北大グループが夢の“鯨養殖牧場”に挑戦 まずイルカで飼育実験 1988.06.27 読売新聞社 東京夕刊 18頁 ◆将来は鯨の淡水動物化へ◆ 「捕鯨がダメなら養鯨だ」と、北海道大獣医学部の伊沢久夫教授(54)らのグループが鯨の養殖に挑戦することになり、その手始めとして二十七日から、構内二基のプール(直径六メートル、水深一・五メートル)で、体の特徴が酷似しているイルカ三頭の飼育実験を始めた。イルカでメドをつけて、鯨の淡水動物化に移り、湖のような天然の“いけす”で飼えば、観光資源にもなるという一石二鳥。〈鯨王国・ニッポン〉の復活なるかどうか、ユニークな構想が関心を集めている。 伊沢教授は「進化論からいって鯨の祖先は牛と同じ偶蹄(ぐうてい)目。解剖学的にも胃やジン臓が似ており、いわば鯨は足のない水牛。家畜化は十分可能なはず」という。 養殖の方法としては、生後間もない鯨を海水に入れて、次第に塩分を薄めていき、最終的に淡水に順応出来るようにする、いわば育種による品種改良計画。ただ海水に慣れた鯨を、比重の小さい淡水に入れると、新陳代謝のバランスが崩れてしまうことが問題。同教授によると、この研究に参加している学者や専門家は全国で約三十人にのぼっており、研究結果から、例えば牛の胃から草を消化する菌を摘出して培養、鯨に移植し、草食性に変身させればエサも水草でまかなうことも可能なので、時間をかければ解決出来るとしている。 飼育を始めた三頭は今月中旬、同大水産学部と地元漁協の協力で、北海道太平洋岸の噴火湾で捕獲したいずれも体長約一・五メートルのイルカ。当初は海水を利用するが、今後岩塩を使い、塩分濃度を変えながら飼育を続ける。 イルカで成功すれば、日本近海に回遊するミンククジラを捕獲して養殖実験に着手。将来は宍道湖や琵琶湖など、大きくて水草の豊富な湖に放流するなどして〈鯨牧場〉を造りたいとしている。
クジラ家畜化の試み(深海流) 1988.10.14 朝日新聞社 東京夕刊 3頁 北海道大学の研究グループが飼育していたイルカ3頭が今月はじめまでに相次いで死んだ。今年6月から、淡水での飼育が可能かどうかの実験がはじめられ、水槽内での初の越冬をめざしていたものだった。実験の最終目的はクジラの湖水での養殖にあった。海で飼うとしたら膨大な設備が必要。では、湖やダムで飼育したら。クジラはほ乳動物、学術的にはウシの親類だ。時間をかけて徐々に慣れさせていけば淡水でも十分生存が可能ではないか。 背景に国際的な反捕鯨運動による商業捕鯨全面禁止への反発があることはもちろんである。日本の捕鯨は今年3月限りで終止符をうった。しかし、家畜化した養殖クジラなら、野生動物の保護を訴える反捕鯨の世論も文句はいうまい。そんな発想からイルカによる実験がはじまったのだった。 イルカはクジラと同じ仲間。体長4メートル前後を基準として、これより小さいのをイルカと呼称しているだけだ。実験は北大構内に設けられた大水槽で、当初は海水、次いで塩分を徐々に減らす仕組みではじめられた。最終段階では、完全な淡水状態で約1週間飼育できたという。 死因は越冬用の温水装置つきの大型水槽に移し替えるさい、車で長時間運搬したことからくる「ストレスと水質の急激な変化によるものらしい」。しかし、貴重なデータを得た、これを手がかりに来年も飼育実験を試みたい、と研究グループ。 面白いのは、いくつかの自治体から早々と養鯨場誘致の名乗りがあったこと。ダムをつくる予定の道内の町。湖を持つ市。「観光資源としてぜひ」。雄大な自然をバックに潮を吹く姿を見せたい、ということだった。 食用としてのクジラ飼育にせよ、ロマンの対象としてのクジラにせよ、今回の北大研究グループによる飼育実験は、さまざまな反響を呼ぶものだった。「壮大な試みだ」から、「自然の摂理を曲げて、なぜ」まで。イルカが死んだことで新たな批判も予想されるところだ。確かに実験の過程で、性急すぎたのではないか、という疑問は残る。しかし、一連の実験が「ヒステリックなまでの反捕鯨運動に対するアンチテーゼとして生まれたもの」(日本捕鯨協会)と見る向きが一般であるとするなら、1つの可能性への挑戦として理解できることではある。実験されるイルカには辛抱願わなければならないけれども。(土井全二郎編集委員)
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| 2007/02/07(Wed)
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