幾百の石をめくれ
N島くんから「M谷に鳥を見に行ったとき、沢の石をなにげにめくったら、ブチサンショウウオがいましたよ。後日、知人が探しに行ったら結構いたらしいです。M谷は今年当たり年かも」
という話を聞き、きぃー!うらやましい、と思っていた昨今です。
今日は、家人が奈良で知人の陶芸家と所用ということなので、家人を送った後、ちょっとお時間をいただいてM谷の近くまで足を伸ばし、ブチサンショウウオを探しました。
地形図で良さそうな地形を探して、現地を歩いて沢沿いの石や倒木を起こして成体を探したり、沢の石礫を起こして卵や産卵にやってきた成体を探したりするのです。考えてみれば、普通は、成体や幼生の生息情報があるところで探すのが賢いやり方なのでしょうが、N島君に場所聞くの忘れたんだよね・・・・。
さて、林道を歩いて、14:30ごろサンショウウオがいるんじゃないかなってアタリをつけた沢沿いに到着し、石をめくっていきます。どのくらいで発見できるのか、気になります。N島君の場合は、偶然なのか必然なのか、短時間で発見のようですし、ネットの観察記録ブログなど見ると、多産地では探し始めて数分で発見!などあったりするので、どの程度石をめくれば発見に当たるのか、試しにめくった石を数えて見ました。
・・・・・全然、みつかりません。石を数えるのも160くらいまで数えたとこで、馬鹿馬鹿しくなってやめました。およそ一時間が経ち、めくってもサワガニとミミズばかり。この沢にはいないんじゃないだろうか?、またしても全くの徒労かしら?、温泉に行っておいしいものが食べたいなぁ、とやる気がどんどん底をついていきます。
十数年前、最初の職場の先輩から「石や木は、数百めくって、ようやくヘビやサンショウウオが1匹いるかいないかぐらいのものだと思ってめくりなさい。探そうと思うなら、どんどんめくりなさい。」と教えて頂いたのを随分久しぶりに思い出し、自分をなだめます。
しばらく後、なにげに崩した皿くらいの大きさの石の下に、ちょこんとブチサンショウウオ(成体)が座っていました。
おぉ!
こんな所にいるのか。はじめて成体を自力で発見したのですが、正直、感動よりもなにも「徒労にならなくて良かった」と安心してしまったヘタレです。
バシバシとヘタレデジカメで写真を撮った後、すっかり気を取り直して、同じような場所を重点的に探します。
・・・・・・次なる個体発見が出ません。曇り空の下、森の中は結構薄暗く、いいかげん疲れてきたので、「今、16時22分だから16時30分まで探して切り上げよう。16時30分にはおやつ食べながら帰ろう。」と思いながらヘトヘト。
ラストスパートでも全然みつからない。時間は16時29分から30分へと変わり、よし、もう帰ろう、と思って最後に足元にあった小さな倒木を起こすと、2匹目のサンショウウオがそこにいたのでした、やれやれ、もう少しアップした「徒労に鳴らずにすんだ」安心感。
神様にはまだ会ったことはないけれど、偶然の神というのは何となく存在しそうで、しかもかなり意地が悪いのではないか、と思うのでした。
なんにしても、2時間で2匹という微妙なパフォーマンスでしたが、サンショウウオをようやく見つけたので、ささやかながら前進の一歩と思いたいのでした。
2008/04/11(Fri)
セイヨウカラシナ(西洋芥子菜)
雨の一日。
昨日買った魚を干しているのだけど、雨なので全然乾かない、仕方が無いです。
お腹が空いてご飯を食べようとしたら、家人がカラシナ丼を食べなさい、と昨日野辺を散策した際に摘んだセイヨウカラシナを料理してくれました。この野草は、ヨーロッパ原産のアブラナの仲間で、元々食用として導入されたものが野生化して、関西の河川では大繁殖しています。少しカラシっぽいピリリと辛い味がします。
↑この黄色い花。
昔、淀川の自然観察会で参加者の優しいおばちゃんに「あんた、男の一人暮らしは野菜不足だから」、と成長しきったカラシナの葉をたくさんスーパーの袋につめて頂いたことがあります。帰宅後、煮てたくさん食べたら、胃が荒れて翌日苦しかった思い出があります。
摘んだのは、若い花だったので食べやすく、油炒めやサラダでいただきました。ごま油の味が合い、おいしい。
廉価生活です。
空いた時間に図書館で借りた小松左京の小説「虚無回廊(3)」を読みます。
「長径1.2光年、長さ2光年という人類の技術を遥かに超えた巨大な物体SSが突如、宇宙に出現し、壮大な謎を解明すべく人類はAE(人工実存:さらに進化した人工知能のようなもの)を送り出し、SSとコンタクトを試みる。AEは、みずからの意思でSS内の探査を進め、同様にSSの探査に来た複数の地球外生命体に接触した・・・・」てな物語の最新刊。最新刊と言っても15年前に連載された分で、しかもその後休載中なのでいつ完結の事やら。
10数年ぶりに読んだのですが、いやはや、スケールの大きさは日本一、とにかく壮大な話です、でも楽しい。虚無回廊(1)(2)を以前読んでから、今日までの間に十数年の時間がたっております。その間に有名なSF(ホーガンやイーガン、テッドチャン、デビッド・ブリンなど)を少し読んだりしてますが、改めて虚無回廊を読んで、壮大でSF的だけど楽しい物語だなぁ、と思うのです(15年くらい前に書かれているので、今見るとちょっとおとなしく感じる部分もありますが。)
前世紀、入社面接の際に「今まで読んだ本の中で、特に心に残った作品は?」と定番の質問をされました。なぜか私はうっかりこの作品の名前をあげてしまい、面接者全員の頭に?マークを浮かび上がらせたのが今となっては懐かしい思い出です。後で、「バカだー、島崎藤村の「破戒」にしとくべきだった、雷蔵の映画でしか見てないけど」と自己嫌悪になったものです。懐かしいな。
2008/04/10(Thu)
赤いスズメをみています
パン屋東風さんに社長(家人)と納品したのち。
社長が言つた『汝、櫻を見るや?』私は言つた『ほんの少し』彼女は言つた『我もまたほんの少し也。しかれども我櫻を見たし』。要するに、家人より「職場(家人と私の2人のみ)の花見に行ってないから行こうぜ」と意見が出され、納品の帰りに散り始めた桜を近くの淀川に見に行く。
桜堤の見える橋の上から桜咲く土手を見ると、手前の土手のあたりに、三脚に一眼デジカメ+望遠レンズの野鳥撮影熟年グループが桜に背を向け、なにやら狙っている様子。なんだろう、カワセミだろうか。ぷらぷら歩いて行って、何を撮影されているのですか?と質問してみると
男性「赤いスズメ」
と教えてくれた。赤いスズメ、なんだそりゃ。淀川だからベニスズメか、あるいはニュウナイスズメか、それとも何か別のものか。そういえば昔、「私は赤い鳥を見た」と言って間もなく薬物使用で逮捕されたのは角川春樹、このおっさんもそのくらいの年齢か。。。などとぐるぐる考えてると、男性がしびれを切らしたのか。
男性『やちょう、野鳥』
ふぅー、存じております。仕方ないので、赤いスズメって言うのは、ニュウナイスズメとか、ベニスズメとかのことですか?と聞き直すと、ベニスズメがいた、ニュウナイは堤防の桜の方にいると教えてくれる。おぉ、ニュウナイスズメがいるのなら是非みたい。数年ぶり。
いやはや、素敵な桜でした。
ニュウナイスズメ、雄は普通のスズメのより赤みが強くお腹が白く、スリムです。ほおの黒い模様がありません。群れでせわしなく枝を動いて、桜の花をついばんで散らしています。
「花びらが散ってきれいやね」と言っている奥様方がいらっしゃいましたが、ここだけニュウナイスズメが散らしているのです。たっぷり満喫しました。
原野に生育し春に花をつけるネコノメソウ(ネコの目草)とオドリコソウ(踊り子草)。オドリコソウは、白い花を笠をかぶったキモノのヒトが踊る姿に例えた、とか。
近くに来た河原のイタチとヒバリ。
昼食を食べてから下流の方の河原を歩く。
少し残った枯れたヨシの列にまたもカメラ軍団が並んで、数メートルの距離で何やら激写している。
近づいて後ろからのぞくと、ヨシの根元付近にくちばしと腰が赤くてその他は薄灰色のちっこーい鳥の群れがいて、なにやら盛んについばんでいた。以前見たベニスズメは真っ赤だし、カエデチョウの仲間だろうか、なんだろう、とりあえずデジカメで撮っておくか、とカメラを構えると、オヤジの一人が何やら餌らしいものを鳥の上に相撲の塩みたいに振りまいて、鳥の群れを蹴散らしたため、鳥は去ってしまった。アホだろ、あのオッサン。(帰宅して調べるとベニスズメの冬羽と判明、勉強になりました。)
それにしても熟年たちの高価なデジカメ・望遠レンズ・三脚の普及率はすごいなぁ、お金あるんだね。
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ラジオから流れるYUIの不思議な歌やチャットモンチーを聞くが、なんだか毎年毎年似たような歌ばっかりだから、オジさんにはよくわからんよ、でもチャトモンチーは声がかわいいからちょっと好きという感想。家人が、いつの時代もこういうポップスって無くならんのやな、ニーズがあるんやな、だれが聞くんやろと言う。
どういうポップス?、と聞くと
「JUDY AND MARYからはじまって、ヒステリック・ブルー、あと2人組の数曲出してどっかに行ったなんとかサイクルやったけ・・・・・なんとかバス。」
あぁ、いたいた。なんだっけ、ポカリスエットのCMのちょっと妙な曲歌ってたグループ、ヒステリックブルー不祥事事件でエイリアスみたいに出現したんだっけ?その前にいたんだっけ?思い出せなくて居心地が悪い。
えーと、なんとかバス、なんとかバス、リサイクルバス、オリエンタルバス・・・近い気がする。
センチメンタル・バス、これかなぁ。センチメンタル・バス、なんだか変な名前だなあ、センチメンタルを冠するというのがオジさんんには、もはやなんだか、いやはや。
2008/04/09(Wed)
パリの聖火!これはもうアレだよ、ボコスカウォーズ
テレビで北京五輪聖火ランナーフランス大混乱のニュースを見る。熱いな、フランス人よ。でも、中国の動画サイトとかには、ぜんぜんこの手の画像出ないのね。
『警備態勢は、まず聖火ランナーの周りを48台の装甲車が囲み、その周りを100人の警察官がローラースケートを履いて走ります。そして、その外側を消防隊員100人が走ります。最後に、一番外側を合計65台の白バイ隊が走るという、総勢400人を超す警備態勢で臨みます。』
ネットより概要図
お!この配置は、昭和のゲーム「ボコスカウォーズ」に似ているのでは?
うん、似ているよ。
ラショウさん(ゲームをつくったイタチョコのヒト)、どうしてはるのかな。
2008/04/08(Tue)
イサザ(今度は本物) 干し肉の行方 醤油の歴史
Kさんからイサザをいただきました。
朝、宅配便で届いたので早速、ごはんと一緒にいただきます。昨日の謎イサザとは、形がちがいます。大きくて、きれいな飴色です。やわらかく、お腹がきれいにふくらんだ立派な佃煮です。卵の食感がいいですね、いいものをいただきました。
ありがたいことです。
干し肉が完成しましたが、どうも今ひとつの出来でした。
思ったよりも味が強くなく、口に入れると、最初は焼き肉などで誰も箸をつけずに最後まで残ってカスカスになった肉のようなカンジの味・食感ですが、ゆっくり噛んでいると、ゆっくり味が染み出します。ゆっくりです。一方、市販のビーフジャーキーは、どれだけ塩や香辛料、調味料を投入しているのやら、と思わせるあわあわ淡泊具合です。また、脂の少ない肉でしたが、予想以上に脂が強く出ます。アウトドアの本で「自家製では、脂肪部分ががまたオイシイ」ってのが時々ありますが、どうでしょうか。むずかしいものですね。
「日本の味 醤油の歴史」を読む。近世以降の日本各地の醤油産業・醤油メーカーの成立に重点が置かれた内容である。いつろごから刺身や寿司に醤油をつけるようになったのか、どうでもいい点が気になっていたのだが、結局分からない。
刺身は、1489年ごろの料理ガイドでは各種の酢で、1696年の料理ガイドでは、古酒に鰹節や梅干、塩など加えた調味料で食べるとある。醤油はおそらく1500年代には完成し、1640年代頃、1年で製造できる「こいくち醤油」が考案され、江戸中期には関東でも大生産がはじまった。にぎり寿司は、1818-1831年には完成、冷蔵・冷凍技術のないこの時代、酢〆、醤油漬け、火を通す、などの下仕事をしたタネばかりであった。
てな塩梅。
(福岡の甘い再仕込醤油(甘露醤油)ってのを読んで、やっぱり甘いのだと納得)。
2008/04/07(Mon)
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