Chapter 10 〜 ガレー船


ついに第10章。再読して、改めて思い出したけど…この巻は、最初と最後に、気の重い、何と書いたらいいかわからないことがあったのでした。

それで更新が遅くなった…というのは言い訳ですけどね、はい。

(p258〜260)ジェイコブの情報を司令官に報告して許可をもらうため、ジャックは旗艦に出頭する。

バーマス卿はなぜか別人のように上機嫌で、妻がジブラルタルに着いたばかりだと言う。卿の若い新婚の妻(二人とも再婚)は、イゾベル(旧姓)キャリントンという名前で、レディ・キースとジャックの幼馴染だった。ジャックは懐かしい名前を聞いて喜ぶ。

バーマス卿はジャックの出航を許可し、この任務が終わったら、ドクターと君とキース卿夫妻と我々でぜひディナーを一緒しようと言う。


イゾベルさんはジャックの従妹(と、書いてあるけど、本当の従妹じゃなくて遠縁かも)で、彼とクイーニーの幼馴染(たぶんご近所さん)です。年齢はクイーニーではなくジャックと同年代。

バーマス卿が今まで不機嫌だったのは、もともとの気難しさもあるけど、新婚の奥さんがなかなか到着しなかったから、ということもあったようですね。もっともこの夫婦、新婚ラブラブってわけじゃなさそうですけど。少なくとも奥さんの方は。

(p261〜264)月のない金曜日の夕暮れ、サプライズ号とリングル号は出航する。二隻と、ダニエル航海士の指揮するカッターが並走して海峡を見張り、ガレー船を見つけたら信号弾を上げることになっている。

ダニエルのカッターが最初にガレー船を見つけて、青い信号弾が上がる。信号の光を見たガレー船は、海峡を抜けることを諦め、オールで漕いで風上(西)へ逃げ始める。

ガレー船と追うサプライズ号が一直線になった時、ガレーは船尾の迎撃砲を発射する。射程ぎりぎりだったが、弾は運悪くサプライズの艦首砲に命中し、その砲の砲手長であるボンデンと、士官候補生が一人即死する。




……

は……

へ………?

えっ?ちょっと待って、今なんて…?

↑ここを初めて読んだ時の、私の反応でした。



この巻の冒頭のダイアナの死は、書いたように、かなり前からネタバレされて知っていたので、覚悟していました。だから、悲しいことは悲しいけど、あまりショックではなかったのですが…

これは、完全に不意打ちだったのですよ。

8巻のラストで、プリングズが死んだと思った時(幸い、勘違いだったのですが)、「戦争中の軍隊が舞台の話なのだから、部下が戦死するのは仕方がない。むしろ、誰も死なない方が不自然だ」と考えたのですが…このシリーズは、その巻で新しく出てきた人が死ぬことはあっても、1巻からのレギュラーはだれも死んでいませんでした。だから…なんとなく、根拠もなく、「ここまで来れば(?)もう大丈夫」と油断していたところがありました。

だから、信じられなかったのですよ。それこそ読み間違いかと思って、何度も読み返してしまいました。

しかも、ここの書き方も、ダイアナの時とはまた違った意味で冷たいというか…ボンデンが死んだというのに、その描写はその一文だけで、すぐにガレー船追撃の描写に戻ってしまうのです。

いや、それは仕方ないというか、そういうものだと分かっていますよ。敵船を追撃中だから、戦争の行方を左右する重要な任務を遂行中だから、誰が死のうとそれはとりあえず置いておいて、目の前の仕事に戻るというのは…今までも、戦闘中に死者が出たときはそうだったし。

でも、バレット・ボンデンよ。1巻からのレギュラーよ。特別扱いしてくれてもいいじゃないの〜

…とは、思ったのですが。

でも、この書き方そのものに、ジャックの立場が表れているような気もします。戦死したのが最近会ったばかりの水兵でも、長年苦楽を共にしたオールド・シップメイトでも、悲しむために立ち止まることはできない。追跡は続けなくてはいけないし、決断を下さなければならないことは山ほどあるし。

(p264〜269)サプライズの砲撃でオールを損傷したガレー船は、漕ぐのを諦め、帆を上げて何とかか逃げ切ろうとする。サプライズ、追跡に入る。

追跡は翌日、翌々日と続く。ジャックはボンデンと士官候補生を失った悲しみがだんだんこたえてくる。

しかしその後も追跡は続き、射程ギリギリで撃ち合い、互いにダメージを与えながら、追いつきも引き離しもせずに、追跡は大西洋を西へ西へと続く。

ある日、風が完全にやんでしまい、ガレーがオールを出して漕ぎ出すのを見ながらサプライズは立ち往生する。とても暑い日だったので、ジャックは凪の間、帆を海にひたして乗員に水浴びをさせる。スティーブンとジェイコブはトップに登り、ガレーを望遠鏡で見る。ガレー船では、鎖をつけられたままの漕ぎ手(奴隷)たちが生きたまま海に放り込まれている。

ガレー船は水平線に見えている無人島に向かっている。ジャック、すぐに水浴びしている乗員を引き上げてガレーを追う。


ここで、スティーブンがトップに登ろうとすると、水浴びをしていた士官候補生たちが、すっぱだかのまま飛んできて、手伝ったりアドバイスしようとして、スティーブンをイライラさせる、というシーンがあります。

ユーモラスなシーンなのですが…スティーブンが危なっかしくマストに登る時、飛んできて助けてくれるのはボンデンの役回りだったのになあ、と思うと悲しい。

ボンデンのことを「守護天使みたい」なんて書かなければよかったかなあ、と言っていたのは、実はこういうわけだったのです。意識して「天使」と言ったわけじゃないのですけど…

(p269〜271)無人島についたガレーは、浅い湾に隠れてしまい、喫水の深いサプライズは入って行けない。サプライズ号は島を一周する 植物も水もない火山島で、一方が切り立った崖になっている。

サプライズ号の乗員にマクロードという水兵がいて、彼は岩登りの名人で、センタウル号のフッド艦長がダイアモンド・ロックを征服した時に、崖に砲を上げるのを手伝ったと言う。

ジャックは彼の力を借りて、崖に砲を釣り上げて上から砲撃する作戦をとることにする。

ジャックとスティーブンたちは、垂直に近い崖を素手でロッククライミングするマクロードを感心してながめる。マクロードが頂上でロープを固定して投げ下ろし、それを伝って、もっと多くの水兵達が登り、まもなく砲を釣り上げるための滑車装置が完成する。


ダイアモンド・ロックというのは、カリブ海はマルティニーク島(当時フランス領)の港フォール・ド・フランスの南方にある、高さ173mの岩山のある小島で、1804年に英国海軍艦隊司令官サミュエル・フッド卿がこの岩山に砲を吊り上げて要塞化し、15ヶ月にわたって港のフランス艦船を妨害したそうです。(このへん、ウィキペディア丸写し)

ダドリー・ポープの「ラミジ艦長物語」に、この出来事をモデルにした巻があるそうですが…邦題で言うと「タイトロープ」と「眼下の敵」かな?私は読んでいないのですが。

…って、そんなことはどうでもいいのよ。それよりボンデンが…(泣)

(p271〜276)砲が一門、崖の上に吊り上げられる。ジャックは警告として、近くの廃屋に撃ちおろす。ガレーの乗員たちは状況が絶望的であることを悟り、船長を引きずり出して「我らの罪はこの男の首に」と言って彼の首を切り落とし、「水を恵んでくれたら、船も金も差し出す」と言う。

まもなく、白人の奴隷たちがよろよろと出てきて、ロンドン訛りの英語で「ジョージ国王万歳、我々は商船から捕まった英国人です。水を下さい。」と叫ぶ。

ジャックは英国人の奴隷たちに乗員の武器を集めさせ、乗員の手を縛って連れて来させる。

ガレー船を拿捕したサプライズ号。黄金の詰まった重い箱をいくつもサプライズ号に積み込み、捕虜をアフリカに上陸させた後、ジブラルタルへ向かう。ガレー船は英国人の元奴隷たちにジブラルタルまで運ばせる。

莫大な拿捕賞金を確実にして、意気揚揚と凱旋する三隻。ジブラルタルに近づくと、あちこちで火が燃えているのが見える。近づくと、それは勝利を祝うかがリ火であるのがわかる。ワーテルローで連合軍が勝利し、ついにナポレオンは敗れたのだ。


ワーテルロー(英語読みだとウォタールー)の戦いは1815年6月18日、ナポレオンが連合軍に最終的に敗れ、「百日天下」に終止符を打った戦いです。

この重要な陸戦については、次の巻にまた出てきますので、詳しい説明はその時にするとして…私が気になったのは、「サプライズが黄金を乗せた船を追っている間に、ワーテルローで連合軍が勝利してしまったのなら、結局、ジャックの任務とボンデンの戦死は、大局から見れば無駄だったってこと?それとも、アドリア海に向かうガレー船の動きを妨害して大西洋に追いやったことは役に立ったのかな?」ということなのでした。

そこで、史実における連合軍の動きと、サプライズ号がガレー船を追跡していた時期をつき合わせて検討しようとも思ったのですが…すみません、結局、よくわかりませんでした。

で、例によってガンルームのご意見を聞いたのですが…そこで読んだのは、「19巻のジャックとスティーブンの活動は、当時の航海の所要時間を考えると、とうてい100日間には収まらないし、それ以前にそもそも、当時のアドリア海沿岸はオーストリア軍ががっちり抑えていたので、この巻に出てくるようなことは起こり得ない」というご指摘でした。

それを読んで、私はかえってほっとしました(笑)。てことはつまり、好きに考えていいってことですよね(<勝手な解釈)。何しろ「1813年が10回以上ある」世界の話ですから、たかだか数ヶ月の矛盾に目くじらを立ててはいけないのです。サプライズ号の活躍は、あまり全体の戦局に当てはめようとせず、それはそれとして読めばいい…のではないかと。

それに、戦死については…(現実の戦争のことを言い出すとややこしくなるので、ここではフィクションの中に限ったこととして読んでほしいのですが)、読者感情としては、そのキャラが死んだ戦闘が勝利だったかとか、全体の戦局の中で重要だったかどうかなんて、あまり関係ないですね。ただ、死んでしまったことが悲しいとか、あっけないとか感じるだけで。

(p276〜280)黄金とガレー船を持ってジブラルタルに凱旋したジャックだが、バーマス卿のところへ出頭すると、アルジェの新しい太守が、ガレー船と黄金は自分のものだと主張していて、外交上引き渡さなければならないと聞かされる。もちろんジャックはがっかりするが、提督の取り分を貰い損ねた卿も不機嫌である。

ジャックとスティーブンは、バーマス夫妻とキース夫妻のディナーに招かれる。ジャックはバーマス卿夫人になっている幼馴染のイゾベルと再会する。ジャックは彼女と話がはずみ、テーブルの下でこっそり手を握り合ったりもしている。バーマス卿はますます不機嫌になり、ジャックに「戦争が終わってもう仕事がないのだから、さっさとチリに測量に行きたまえ」などと言う。

食事の途中にジェイコブが、アルジェの太守がまたしても殺され、新しい太守は「ガレー船に対する前任者の『馬鹿げた要求』を取り下げる。15万ポンドの借款を認めていただけば、船の積荷は英国国王のものと認める」と言っていると伝える。

それを聞いてジャックはもちろん喜ぶが、提督の取り分が貰えることになったバーマス卿も、たちまち機嫌が良くなる。


実は今まで、船乗りって、提督から平水兵まで、拿捕賞金次第でコロコロ上機嫌になったり不機嫌になったり、ちょっと意地汚いというか、ゲンキンだなあと思っていたのです。

しかし今回、6章で拿捕賞金の価値を細かく計算してみて、それはまったく無理もないことだと思い直しました。上は上なりに、下は下なりに、人生ががらりと変わるほどの額なんですよね〜。

…って、そんなことはどうでもよくて。それよりボンデン…(涙)

(p281)キース卿とバーマス卿は、拿捕賞金を即座に精算し、超スピードでサプライズの装備を整えてくれたので、まもなくチリへ向けて出航の運びとなる。

乗員はワーテルローの勝利を祝って飲んだくれていたので、大半はまだ酔っ払っている。

出航するサプライズ号を、キース夫妻とケビンとモナが見送りに来る。クイーニーは「神の祝福を」、キース卿は「チリを解放して、早く英国に戻って来いよ」という言葉でジャックを送り出す。ケビンとモナは元気よくハンカチを振る。

サプライズ号が出航する時、埠頭の端には一人の若い女がメイドを連れて立ち、ずっと手をふりつづけていた。


この、埠頭の端で手を振り続けていた女は、名前は書かれていないのですが、前後を考えて、バーマス卿の奥さんのイゾベルではないかと言われています。

…って、そんなこと、ほんとはどうでもいいの。えーん、ボンデーン…(号泣)


19巻蛇足:おくやみ

えーと…19巻については、もう一言しかないですね。

最初にダイアナ、最後にボンデンと、重要キャラクターの死にブックエンドのようにはさまれた悲しい巻でした。

前に、ガンルームだったかノートンの掲示板だったかで、どんな文脈だったか忘れたのですが、「ボンデンの幽霊が…」というフレーズを使った人がいて、「それはネタバレじゃないのか」と突っ込まれたのですが…他の人が「いや、どっちにしても、このシリーズのキャラクターがこの21世紀まで生きているわけがないのだから、『今は死んでいる』という前提で書いてもネタバレとは言えない」と返していました。

まあ、それはその通りなのですけどね。でも、どんなに昔の話であっても、シリーズが終わるまで生き残っていたキャラクターというのは、読者にとっては、永遠に生きているような気がするのです。

だから、生きていてほしかったなあ…ダイアナも、ボンデンも。

ジャックと違って、読者には時間があるから…立ち止まって、ゆっくり二人を悼みたいと思います。