Chapter 1-2 〜 任務


この巻の題名「百日間」というのはあれですね、ナポレオンの百日天下…最近のニュース聞いてると、いつもの「世界史で習いましたね。」というセリフも言いにくいのですけど(笑)。

第一章の後半では、この巻でのジャックとスティーブンの任務が説明されます。今回は陸戦と関係した任務で、これがけっこうわかりにくいのですが、できるかぎり簡潔にまとめました。(これでも…)

(10p〜16p)クイーニーの後にジャックを迎えたキース卿は、まずドクター・マチュリンの様子を訊ねる。ロンドンから政府の人間が二人来ているが、彼らと会って話をできる状態だろうか?ジャックは、ドクターは以前にも増して熱心に諜報活動している、今はそれが彼を支えているようです、と答える。

その後、キース卿は陸の戦況を説明する。約36万のナポレオン軍に対し、英国・オランダ・プロシア・オーストリア・ロシアの合計61万の連合軍が集結しようとしている。数では連合軍が優位だが、オーストリアとロシアはまだ合流には遠いし、バラバラな国と言語の混成軍ゆえ、お互いに信頼関係も築かれていない。その点フランスは一枚岩だし、率いるのはプロシアやオーストリアを何度も破ったナポレオンだ。

一方、海軍関係では、ナポレオン軍はアドリア海沿岸の多くの工廠で、フリゲートや砲艦など多くの軍艦を急ピッチで建造中である。これらの艦が敵の戦力に加わることは、絶対に避けねばならない。

オーブリーの艦隊の任務は、大きく分けて三つ。アドリア海の新造艦をこちらの味方につけるか、それが不可能なら拿捕、撃沈または焼却すること。同時に、最近活発化している海賊から英国の商船を守ること。それからもうひとつあるのだが、これは後で政府の人間からマチュリンに説明される。


クイーニーもキース卿も、ドクターのことを気遣っていますが…どうも、誰も彼も、ダイアナ自身を悼んでいるというより、スティーブンのことを心配しているだけのような…まあ、ここに出てくる人たちはみんなスティーブンの友達であり、ダイアナとは直接親しかったわけじゃないから仕方ないですけど。

スティーブン自身はと言えば、表面上はいつもと変わらず。復活したナポレオンを倒すことに情熱を傾けていますし、珍しい鳥がいれば熱心に観察するし、チェロも弾くし…

しかし…どうも、うまく言えないのですが…たとえて言うなら、この巻の間ずっと彼の心には、表面にはいつも通り活動している層があるのですが、その薄い層のすぐ下には、深い悲しみに沈んだ層があって、音楽の主調低音のように、薄い絵の具を重ねた下に透けて見える色のように、それは常にどこかで意識されていて、普通に活動しながらも、時々「ふっ」と心がそっちへ行ってしまう…という感じです。

オブライアン氏の書き方が、またすごくさりげないんですよね。本当に長いこと、スティーブンとダイアナにつき合ってきた読者でなければ、まるっきり気づかずに読み飛ばしてしまうこともできるぐらいに。でも気づいてしまえば、かえって心に沁みるような…

(p16〜p25)ロンドンから来た二人の政府関係の紳士が、旗艦ポモーヌ号にマチュリンを訪れる。二人は彼に今回の任務を説明する。

あまり知られていない事実だが、ナポレオンはエジプト戦役の時、戦略的理由からイスラム教に改宗している。と言ってもそれはあくまでイスラム教国に対する宣伝行為で、豚肉は食べるし酒は飲むし割礼はしてないし、まともなイスラム教徒には相手にされていない。しかし、キリスト教同様、イスラム教にも主流を外れた分派というのがあって、シーア派の一部には、ナポレオンをイスラムの英雄と認めている一派もある。

今回の場合問題なのは、トルコ支配下の東欧地域、アルバニア近辺にいるナポレオン支持のグループである。昔から優秀な戦士を輩出していることで有名な一団で、現在は強力な傭兵部隊になっている。この一団を使って、合流が遅れているオーストリア軍とロシア軍の間に楔を打ち込み、双方の不信感を煽って合流を妨害する陰謀が進行中である。オーストリアとロシアの参戦が阻まれたら、連合軍に壊滅的な打撃を与えかねない。

しかし彼らは傭兵なので、金(きん)による支払いがなされない限り一歩も動かない。現在ヨーロッパは金が払底しており、ナポレオンも即時に払える金を持っていない。が、情報によれば、やはりナポレオン支持者であるモロッコのイブン・ハズムという大金持ちのシーク(族長)が、この金を払うつもりであるという。金はモロッコからアルジェリアを通って運ばれ、アルジェから船でアドリア海に届けられる。

つまり今回の任務は、この莫大な金が傭兵部隊に届けられるのを、何としても阻止することである。

今回の任務の助っ人として、ドクター・エイモス・ジェイコブというユダヤ人の医師を呼んである。彼は宝石商の家の出身で、北アフリカやトルコの東欧地域にコネが豊富で、何よりトルコ語とアラビア語に堪能なので、非常に助けになるだろう。

ドクター・ジェイコブはスティーブンの古い友人であり、表向きスティーブンの軍医助手として同行することになった。


シーア派とかスンニ派とか、ニュースではよく聞くけど実はなんにも知らなかったなあと思って、ちょっと勉強しようとしました。(ウィキペディア読んだだけですけど。)でもやっぱりよくわからなかった。まあ、キリスト教のカトリックと新教についてだって、世間にはけっこう間違ったイメージを持っている人も多いだろうなあと思いつつ、簡単に説明しろったってやっぱり難しいし…それと同じようなものかな、と想像するしかないのですが。

ナポレオンがイスラム教に改宗していたなんて、このシリーズで読むまで知りませんでした。そういえば、17巻のラストでもスティーブンが言っていましたね。ジャックとキース卿が「ナポレオンは本当にちゃんと改宗しているのか?」という話をしていた時、キース卿が「私は彼の魂のことも、ましてやプライベートな部位のことは知らんが…」と言っていたのがおかしかった。(<割礼の問題ですね。)

(p26〜p30)任務をうけて、ジャックは艦隊の編成替えに頭を悩ます。とりあえず、アドリア海の任務にはサプライズ号に旗艦を移した方が好都合だと思う。

またジャックは英国に手紙を書いて、リード航海士とリングル号を呼び寄せることにする。リードにはこちらに来る前にウールコムに寄る時間があるので、スティーブンは彼に、ブリジッドにおもちゃの輪を買ってやることと、昔ジャックにもらったイッカクの牙を持って来てくれるように頼む。

スティーブンはポモーヌの軍医グローバーと話す。グローバーは以前、シエラレオネで総督夫妻の主治医だった。彼は総督は不能で、彼らは夫婦とは名ばかりだったと言う。


あ、ここでジャックの艦隊の編成を紹介しておきます。

・新旗艦サプライズ号(海軍に復帰済み)28門フリゲート艦 艦隊司令官兼艦長:ジャック・オーブリー
・ポモーヌ号 38門フリゲート艦 艦長:ポンフリット
・ドーバー号 32門フリゲート艦 艦長:ワード
・ブリセイス号 フリゲート艦 艦長:ハリス
・ギャニミード号 コルベット艦 艦長:カートライト
・レインボー号 コルベット艦 艦長:ブローレー
・リングル号(予定)テンダー 指揮:リード航海士

17巻のベローナ号の時よりはずっと小規模な艦隊で、ジャックも今度は旗艦艦長のいない「セカンドクラス」の艦隊司令官です。

それにしてもグローバーさん、いくら「医者同士の話」とは言え、そんなことまで人に話していいのかな。でも、こういうことは黙っていてもバレバレになるらしくて(植民地の英国人って噂話が最大の娯楽って感じだし、特に総督夫妻となると現地では一番のセレブだから)、冒頭で出てくる半給海尉たちも、この噂は知っているようでした。クリスティーンが解剖学に熱中していることも、それと結びつけて噂されたりしてるんだろうなあ。ちょっと気の毒。

リングル号とリードくんは、すっかりペアで扱われてますね。リードくんが、彼女の扱いが最高に上手いからこそなんですが。

スティーブンがブリジッドに買ってやってくれとリードに頼んだ「輪」は、よく昔の絵なんかで、子どもが棒で転がして遊んでいるやつですね。ブリジッドちゃんはそういうの上手そう。なつかしいイッカクの牙は、これから寄航予定のポート・マオンに住んでいる高名な物理学者に見せたいので、持って来てもらうみたいです。これは詳しくは後で。

(p30〜p35)ジャックは軍法会議に出席する。ポモーヌ号の二等海尉が戦時条例29条違反(男色の罪)で裁かれることになっているので、ジャックは憂鬱である。

スティーブンは上陸して、旧友のドクター・ジェイコブに会う。友人の顔色の悪さに気づいたジェイコブは、病気ではないかと心配し、スティーブンは妻の死のことを話す。ジェイコブは肩にやさしく置いた手だけで彼を慰める。二人はジブラルタルの巨岩に登って任務のことを話し合う。スティーブンはナポレオンに関して、「あの邪悪な男に、ほとんど感謝してもいいぐらいだ。」と言う。

二人が港に戻ると、旗艦での軍法会議は終わっていた。スティーブンは海尉が同性愛で裁かれることを知っていたので、桁端で絞首刑になる人がいるのではないかと心配するが、それは起こらなかった。ジャックが「実際の行為(の証拠)がなければ男色にはあたらない」と主張したので、彼は「目に余る不品行」で除隊になるだけで済んだのだ。しかし海尉は「海軍の昔からの習慣」に従って、格子蓋に乗せられて陸へ追放され、残されたポモーヌの乗員たちは艦の名に着せられた不名誉と嘲笑に耐えなければならない。


このシリーズには海軍における同性愛の話、けっこうよく出てきますね。つまり、実際、よくあったのでしょう。17巻のステートリー号のダフさんは、軍法会議まで行きませんでしたが…軍法会議になってしまうと、本当にシャレにならん事態のようです。

エイモス・ジェイコブさんは初登場ですが、この巻では大活躍です。スティーブンよりちょっと年下で、パリで一緒に医学を学んだ仲。昔からの友人で、しかも医者だから、スティーブンの顔色を見ただけで様子がおかしいのがわかるのね。しみじみ…

ナポレオンがエルバ島から脱出して、スティーブンに「他に考えることができた」のは、ある意味幸いなことだったんでしょうか、いまの彼にとって。