Chapter 5 〜 燃えるアドリア海


↑おおっ、海洋小説っぽい題名だぞ!(<おばか)

アドリア海に到着したジャックは、まず最初に、クリスティ=パリエール艦長の情報にあった、熱心なナポレオン党の艦長が指揮しているフリゲート艦(アルダン号)を何とかしようと考えます。

クリスティ艦長によると、このアルダン号は、ナポレオン党のアルジェリア船二隻の支援を受けて出航準備を整えているそうで、この艦がアルジェリア船と一緒にアドリア海を暴れまわったら、今は日和見を決め込んでいる各艦が、「ナポレオンが勝ちそうだ」とみて一気にそちらへ傾きかねないからです。

しかし、ここに至ると、フランス海軍というのはもうバラバラなんですね。ナポレオンは元々陸軍出身だから、陸軍はまとまりやすいのでしょうけど。

たしかに、海軍というのは広い範囲に展開しているし、情報が届くのに何週間も何ヶ月もかかるようなところにいるのに、それより速いスピードで指揮系統がコロコロ変わられたら、日和見にもならざるを得ないってもんでしょう。

(122p〜p129)ジャック、ラグサ・ベッキオの砲台に対処するために、少し離れた浜から海兵隊を上陸させる。港へ行くと仏フリゲート艦とアルジェリア船二隻が見える。

ジャックはサプライズ号を近づけ、スティーブンに通訳を頼んで仏艦を誰何する。「帝国海軍のアルダン号だ。」仏艦の乗員達から「皇帝陛下万歳!」の声が聞こえる。「サー、フランスは現在、ルイ18世陛下が統治している。しかるべき旗を揚げて、マルタまでご同行願いたい。」「残念ですが、それは私の義務に反します。」「承知いただけないなら、力の行使をせざるを得ません。」「英国の紳士方、最初の砲撃はあなた方からどうぞ。(Messieurs les Anglais...tirez les premiers.)」

どちらが先に撃ったか明確でないうちに、激しい砲撃戦が始まり、アルジェ船はサプライズの砲撃に耐えられないのを悟って逃げる。砲撃戦の間に、砲台からの砲撃が止むのが分かり、サプライズとポモーヌの乗員達は「海兵隊がやったな。」とにやりとする。サプライズの砲弾が仏艦の火薬庫に命中し、大爆発が起こる。マストやヤードの破片が雨のように降り注ぐ中、アルダン号はあっという間に沈没する。

ジャック、ボートを出して数少ない仏艦の生存者を拾い、海兵隊を回収して、リングルと待ち合わせをしているスプリトへ向かう。


ここでフランスの艦長が言った「英国の紳士方…」というセリフは、オーストリア継承戦争の、フランスが大勝利した1745年のフォントノワの戦いでフランス軍のダンテルロシェ将軍が言ったセリフらしい。オーストリア継承戦争全体では、フランスはどちらかと言えば負けたのですけど。

こういう一言のセリフで、このナポレオン派艦長が誇り高く、教養の高い人だと分かるのですね。(あっというまに戦死してしまいますが。)でも私も、もしこのセリフが英語だったら調べもしなかったし、これが引用だということにも気づかなかったでしょう。つくづく、奥が深い。

(129p〜136p)スプリトへ到着したサプライズとポモーヌ。先に到着して待っていたリングル号から、さっそくジェイコブが帰艦し、クタリで集めた情報をスティーブンに伝える。

スティーブンの手紙の効果で、クタリの人々はジェイコブを温かく歓迎し、惜しみなく情報をくれた。「傭兵部隊からの使者はすでにモロッコへ向かって出発した。アフリカ帰りの巡礼者から、イブン・ハズムが既に金を用意しているという噂が届き、ダルマチア地方のナポレオン党イスラム教徒たちは勢いづいている。」

一方、このスプリトにもフランスフリゲート艦(セルベル号)がいるが、こちらの艦長はナポレオン党ではなく、連合軍(王党派)に投降してもいいと思っている。しかし面目上、ただ降伏することはできない。ジャックは「サプライズ号とポモーヌ号がセルベル号と空砲で撃ちあった後、フランス艦が降伏したことにして一緒にマルタへ向かう」という提案をする。ジャックが手紙を書き、スティーブンが使者としてフランス艦に持ってゆく。フランス艦長は同意する。


スプリト(イタリア語表記スパラートSpalato、現クロアチア)とは、ダルマチア地方最大の都市。この写真で見ただけでも、美しい街ですね〜。クロアチアでも、ここかドゥブロヴニクかと言われるほど有名な美しい港だそうです。もちろん当時は、オスマン・トルコ帝国支配地域。

ダルマチア(ダルメシア)地方とは、現在のクロアチアのアドリア海沿岸地帯。「百一匹わんちゃん」のダルメシアン犬で有名ですね。8巻でも、ジャックがこの犬と「スポテッド・ドッグ」と「スポテッド・イーグル」にひっかけたジョークを言って、自分で大笑いしていましたね。でも本当は、8巻では正確にはダルマチア沿岸にいたわけじゃなくて、もうちょっと南の方だったのですけど。19巻のここでサプライズ号がいるのは、まさにダルマチア沿岸です。

余談:私が使っている世界地図は、高校の地理の授業で使っていたやつなので、東欧各国はまとめて「ソ連」とか「ユーゴスラビア」になっていたりするので、ある場所が現在どこの国なのかは、結局インターネットで調べています。いいかげん、新しい地図買った方がいいかな…

思わず「このへん、コロコロ国が変わるので分かりにくいわ」とか思ってしまいますが…でも、当地の人々の意識では、自分の国はもともとずっとクロアチア、ずっとモンテネグロ、なんでしょうなあ。

(p136〜p142)その夜、ジェイコブがセッティングしておいたカルボナリとの会合のため、スティーブンとジェイコブはスプリトに上陸する。長い交渉の後、くたくたになって帰って来たスティーブンはすぐに寝るが、夜明けに凄まじい轟音に叩き起こされる。サプライズ号、ポモーヌ号、セルベル号が至近距離で空砲を撃ちあっているのだ。大騒ぎになったスプリトの街を後に、三隻とリングル号は出航してマルタへ向かう。

ポモーヌ号とセルベル号はそのまま一緒にマルタへ向かうが、スティーブンの提案により、サプライズ号は傭兵部隊の件を優先してアルジェへ向かうことになる。可能なら、途中で傭兵部隊の使者の乗った船を阻止する。それができなければ、アルジェリアのデイ(太守)を説得し、問題の金がアルジェを通過しないようにしてもらう計画だ。


「カルボナリ」については3章をご参照ください。「傭兵部隊の件」については1章-2を。

ドクターたちが夜中にスプリトに上陸し、何時間も後に、ほとんど足腰立たぬほどくたくたに疲れて帰って来たのを見た水兵たちは、すっかり誤解してニヤニヤ笑っています。「まあ、上陸したくなる気持ちもわからあね。みんな人間ってことさ。」とか言っています。「聖人にロウソクを捧げに行くんだろう。」と言ったボンデンに、ジョー・プライスが「えらくお上品な言い方だな。」と答えているのが可笑しかった。いや、ボンデンは、素直な意味で言ったのだと思いますけどね、たぶん。

9巻のローラ・フィールディングの一件以来、シップメイトの間ではすっかり色事師(<我ながら古めかしい表現…)扱いされているスティーブンですが、そう誤解されていた方が諜報活動には都合がいいので、あえてそのままにしているようです。でも今回は、ドクター・ジェイコブまで巻き込んじゃいましたけど。

ちなみに、ドクター・ジェイコブは独身ですが…後で分かりますが、意外と「隅におけない」タイプらしい。(<またしても、古めかしい表現…)

(p142〜p145)その朝、朝食の途中でスティーブンがジェイコブに呼ばれて行くと、スプリトでのカルボナリとの話し合いの最初の成果が出ていて、沿岸の工廠から火の手が上がり、半分完成していたフランスのコルベット艦が燃えている。スティーブンは望遠鏡を持ってメイントップに登り、ダルマチア沿岸のあちこちの小さい工廠から火の手が上がっているのを見る。

そこへ、スティーブンのサーバントの少年(実際はキリックの使い走り)が、困りきった様子で上がって来て、「今日は艦隊司令官がガンルームでディナーをとる日で、紳士方はもうお揃いなのに、ドクターはまだ汚い格好だってミスタ・キリックが怒っています」と告げる。

慌てて下りたスティーブンを、キリックは盛大に文句を言いながら用意させるが、ジャックが珍しく時間ギリギリに来たため、何とか間に合う。ジャックは、望遠鏡が見つからなくて探していたので遅くなったと言う。それを聞いてスティーブンは青くなる。彼は勝手にジャックの望遠鏡を借りて、しかもそれをトップに忘れて来てしまったのだ。


何のかんの言ってもスティーブンには大甘のジャックでさえ、よっぽどのことがない限り貸してくれないのが、命の次に大事にしている高性能望遠鏡。それを断りもなしに持ち出すとは、スティーブンもちょっと甘えすぎかな?

でも、目的がいつものように鳥を見ることじゃなくて、作戦行動に大きく関係していることだから−という意識があったのかな。

(146p〜p147)スティーブン、ディナーの後で正装のままトップに望遠鏡を取りに行くが、ブリーチと正装用の靴が窮屈で登りにくいため、落っこちそうになる。そこへ、ボンデンがどこからともなくさっと現れて、スティーブンを支えてトップに押し上げ、甲板に落ちていた片方の靴を渡す。

スティーブンがボンデンに感謝して「望遠鏡のことはジャックに言わなくていい、自分から言うから」と言っていると、本人が現れて「おれの望遠鏡だ」と言う。スティーブンは珍しくしどろもどろになりながら言い訳し、謝るが、ジャックは聞き流して望遠鏡を念入りにチェックする。傷ついていないことを確認すると、彼は「君が目的のものを見られてよかった。きっと、ダルマチアの双頭の鷲なんだろう。」と言う。


私、以前に、ボンデンのことを「スティーブンの守護天使みたい」と書いたことがありますが、その時はこのシーンのことが念頭にあったのだと思います。

でも今は…あんまり「守護天使」なんて言わないほうがよかったかなあ、と思ったりも…あ、いや…

(p147〜149p)スティーブンはジャックに、工廠に労働者が火を放ったことを説明する。「君の好む形の戦争ではないと言う事は分かっている。栄光はない。しかし、効果的なんだ。」「おれが流血好きだと思わないでくれ、スティーブン。栄光か死かの英雄タイプじゃない。少年水兵がひとり死ぬか大怪我をするより、一等級の戦列艦が喫水線まで燃やされるほうがずっといい。」

それからサプライズ号は、アドリア海のダルマチア沿岸をドゥラス(イタリア語表記ドゥラッツォDurazzo、現アルバニア)まで南下しながら、毎晩のように、沿岸に点在する小工廠が火の手を上げているのを見る。ドゥラスでは、7つの工廠から同時に火の手が上がり、フリゲート艦とコルベット二隻が炎を上げて夜空を焦がしていた。

ジャックはスティーブンに、「君の同盟相手は岸をすべて片付けてしまったようだな。栄光はないし、莫大な拿捕賞金をもらいそこねたが、大いに時間の節約になった。」と言う。


ジャックが最初に燃えているのを見た工廠は、サン・ジョルジオ岬(英語読みだとセント・ジョージ)というところにあり、スティーブンはその名を「吉兆」だと言っています。ドラゴン退治で有名な聖ジョージは、英国の守護聖人だからですね。

3巻でスティーブンがサー・ジョセフに、「彼ら(3巻の場合カタロニア独立派組織)は、火を放つのが実に好きですな。」と語っていましたが…カルボナリも同様のようです。(まあ、名前が「炭焼き党」だし…)もっとも、(英国諜報部が銀行家に手を回したために)工廠から何週間も給料が支払われていない、という重要なポイントがなければ、自分たちの手でせっかく造った船に火をつけたりはしないでしょうけど。

スティーブン自身は、こういう扇動戦術に対しては、効果的であることはわかっているけど、どこか恥じているというか、内心忸怩たるものがあるようです。

でも、ジャックをはじめとするサプライズ号の士官たちは、この結果におおむね満足そうです。でも、海尉の一人は(釣り好きの人だったのですが)「これはまるで、技術を駆使して川から魚を釣り上げる代わりに、魚屋で買うようなものですな」と、うまいことを言っていましたが。

ジャックの「少年水兵がひとり死ぬより…」というセリフが好きです。前にもあったけど、つまるところ、彼は英雄というより「プロの軍人」なのだなあ、と思います。