Chapter 7-1 〜 宰相と太守


(175p〜180p)領事が手配してくれたガイドの案内で、スティーブンとジェイコブは太守(※)がライオン狩りをしているアトラス山脈のシャット・エル・カドナという湖へ出発する。当地の習慣に従って、まずは宰相(※)に挨拶するため、彼の待機しているオアシスへ向かって、馬とラクダで荒地を越えて行く。

この辺りの習慣に詳しく、副業で宝石商もやっているジェイコブは、宰相への贈り物として立派なラピスラズリを用意していた。その石を見たスティーブンは、妻と一緒に埋葬したブルー・ピーターを思い出す。


このラピスラズリは、卵ぐらいの大きさと形のカボションカット(丸型)で、きれいな青に金が散っている見事なものだそうです。ラピスはブルーダイアモンドほど高価ではないので、小さい石なら私も持っていますが、「鶏卵ぐらい」というほど大きい石で、全体に均一な青で金が散っているとなると、かなり貴重なものと思われます。

ラピスラズリの青(瑠璃色)は不透明な鮮やかな青で、ブルーダイアモンドの青とはだいぶ違うのですが、それでもその美しさから、スティーブンはブルー・ピーターを思い出しています。

またここで、かつての約束どおり(7巻5章)、ダイアナがブルー・ピーターを身につけて埋葬されたことがわかります。

青って、ダイアナを象徴する色という気がします。彼女の肌と目の色を一番引き立てる色で、今までの巻の印象的なパーティの場面では、彼女はたいていブルーのドレスを身につけていたし…12巻9章で、アヘンのオーバードーズで塔から落ちて生死の境をさまよっていたスティーブンが見た夢…ダイアナが空で死ぬ夢を支配していたのも、不吉に鮮やかな青の印象でした。

ジャックとダイアナの瞳の色はともに「青」ですが、なんとなく、ジャックのは水色に近い薄いブルー、ダイアナのは(それこそラピスラズリのような)深い藍色、という感じがしています。どちらもはっきりした記述があるわけじゃないし、そもそも白人の瞳の色なんか、光のあたり方によってその時々で違うのですけど。

ついでに色の話を続けると…ソフィーを象徴する色はもちろんピンク。ソフィーの瞳はグレイ(これははっきり記述あり)。スティーブンの瞳は、「淡い色」としか書かれていないのですが、なんとなくグレイって気がしています。

閑話休題。ラピスラズリの青からブルー・ピーターを、そしてダイアナを思い出したスティーブン。「お馴染みになった冷たい感触が心を掴むのを感じた…それは、ほとんど全てのものに対する冷淡な無関心だった」と書かれています。

改めて感じる深い喪失感から導きだされるのが、「悲しみ」ではなく「冷たさ」「無関心」というのが、スティーブンらしくてなんだか切ない。この巻の彼は、目の前の仕事に熱中するか、何もかもがどうでもよくなって放り出してしまうか、そのギリギリのところを揺れ動いているんだろうなあ。

スティーブンって意外と…いや、意外なのか意外でないのかも、もはやわからなくなってきたのですが…人生のパワーの源は恋愛、という究極のロマンチストなのかもしれない。いや、こう書くと、ぜんぜん似合わない気もするけど…

※太守(Dey):オスマン・トルコ帝国の、アルジェリアの地方君主。
※宰相(Vizier):イスラム教圏の君主の政治顧問


(p180〜p183)スティーブンとジェイコブ、宰相のいるオアシスに着く。宰相の秘書助手アーメッドが出迎える。スティーブンはジェイコブとアーメッドが、一瞬意味ありげな目配せを交わすのに気づく。

母がフランス出身だという宰相はフランス語が堪能なので、ジェイコブの通訳を介さずにスティーブンが直接面会する。宰相はラピスラズリを見てたいへん喜び、ターバンにつけると言う。

スティーブンの用向きを聞いた宰相は、太守のオマールは正統的なスンニ派であり、そんなシーア派の連中を助けるはずはないし、彼はナポレオン嫌いでジョージ王の忠実な友だ、太守の口から直接聞くといい、と言う。


スティーブンにブルー・ピーターを思い出させたぐらい見事なラピスラズリなのに、オジサン…いや宰相のターバンの飾りになってしまうのですね…なんと色気のない。まあいいか。

またスンニ派、シーア派が出てきてしまいました。1章にも書きましたが、これについては調べたのですが、よく分からなかった…いや、そう言うと語弊があるかな。それぞれの起源とか、歴史とかは簡単に調べることができるのです。(それをここで引用しても仕方ないので、興味のある方はウィキペディアをどうぞ。)分からないのは、それが現在ニュースで報じられるようなあれこれと「どうつながるのか」ということなのですよね。

ひとつ明らかなのは、それを理解するには、ネットでざっと調べただけではダメだろうということです。それどころか、本をいっぱい読んでもわからないかもしれない。でも、こういう簡単な調べ方でもメリットはあって…少なくとも、「シーア派とスンニ派というのは、どちらが戒律に厳しいとか、どちらがより過激とか反米的とか、一概に言えるものではない。」ということだけは分かったからです。

キリスト教だって、プロテスタントとカトリックで、どちらが厳しいかユルいか、どっちが平和主義的でどっちが戦闘的か、どっちがリベラルでどっちが保守的か、どっちの信者が熱心か、などなど…本当にもう、一概に言えないのです。まあ何につけても、よく知らない人ほど簡単に割り切ろうとするのでしょうけどね。(これは自分の反省も含めて。)

この本との関連で言えるのは、当時もシーア派とスンニ派の対立はあったということですね。ついでに、このへんを読んでいて感じたのは…ユダヤ人のジェイコブがオスマン・トルコ帝国の各地とこれほど馴染んでいることからして、当時はユダヤ人とイスラム世界は必ずしも対立していなかったのだな、ということです。やっぱり、こじれたのはイスラエル建国からなのか?いや、そのへんはますます難しいし、この本とは関係ないので、突っ込みませんけど。

(p183〜p190)翌日、宰相のつけてくれた狩猟係イブラヒムの案内で、スティーブンとジェイコブは太守の狩猟キャンプのある湖畔へ向かう。道中、スティーブンは猛禽の観察に夢中になってジェイコブをうんざりさせるが、そのジェイコブも、湖の美しいフラミンゴの群れには喜ぶ。猛獣では、木の上で昼寝しているヒョウが見られ、またライオンの吼え声も聞こえてスティーブンを喜ばせる。

ダイアナのことでふと虚無感に襲われたりしながらも、それはそれとして、久々の動物観察を楽しんでいるスティーブンです。いつか彼女をハヤブサに喩えていたスティーブンですが、やはり猛禽類には特別の思い入れがあるようで…

会話を中断しては、いちいち「あっハゲタカだ、ヒゲワシだ、バーバリハヤブサだ!」と叫ぶスティーブンにうんざりのジェイコブさんですが、美しいピンクのフラミンゴが群れている光景には感動して、「これが鳥類学なら、私も興味がある」と言います。シロウトとしては共感できる感想かも。

そういうジェイコブさんも、イスラム教やユダヤ教のマイナーな宗派や民族グループの話なら、回りをうんざりさせるほど延々と続けたりするのですが…興味の方向はそれぞれ、でもオタク体質は共通、なのね。

(p190〜p197)スティーブンとジェイコブ、湖畔の狩猟キャンプで太守オマール・パシャに謁見する。スティーブンは領事からの挨拶を伝えた後、用向きを説明するが、オマールはナポレオンの名を聞くと不機嫌になり、「そのような陰謀が成功しようと失敗しようと、あの犬の息子は必ず滅びる、運命に書いてある。」と言う。

しかし狩猟大好きのオマールは、スティーブンが銃と狩りに詳しいと聞いて喜ぶ。明日の夜に「マーマッド」という名で呼んでいる雄ライオンを待ち伏せするつもりだが、一緒に来ないかと誘う。

翌日の夜、スティーブンたちは太守のテントで羊肉のシチューをご馳走になる。その後、太守とスティーブンは、人間の匂いを消すためにヤギの血に足をひたし、月明かりの中を銃を持って出かける。

二人はライオンの通り道の側にある小さな洞窟に二人で座り、息をひそめてライオンを待つ。


ライオンは普通、雄1〜2頭、雌3〜6頭、子供多数の「プライド(群れ)」で暮らすそうですが、この「マーマッド」には、「妻」と、巣離れ直前の子供たちがいる、と書かれています。たまたま、一夫一妻のライオンなんでしょう。

太守とスティーブンが狩るこのライオンは、生息地域が合致していること、サバンナでなくアトラス山脈の森林に住んでいること、また後で「体長9〜10フィート」と書かれていることから、19世紀末〜20世紀はじめごろに絶滅した亜種「バーバリライオン」ではないかと思われます。

バーバリライオンはライオンの中で最も大きい亜種で、雄のたてがみが立派なのが特徴。古代ローマのコロッセウムでトラやグラディエーターと戦わせたり、キリスト教徒を食べさせていたのはこの種だと言われています。

で、そんな昔に絶滅したのに、何でカラー写真があるのかって?野生の純血バーバリライオンは絶滅したけど、その血を引くライオンは各地の動物園に残っているからだそうです。