Chapter 8 〜 ケビンとモナ


(p208〜216)スティーブンたちは急ぎアルジェに戻る。彼らが帰路に襲われたのと同じ猛烈なシロッコで、アルジェは荒涼とした風景になっていたが、なぜか人々は興奮した様子。残念なことに、港にはサプライズ号もリングル号も姿が見えなかった。

スティーブンは領事に会いに行く。ピーター卿はスティーブンの薬ですっかり元気になっていた。彼の話では、サプライズとリングルはシロッコでマストを失った英国艦の救助に向かい、そのまま曳航してマオンへ行ってしまったと言う。シロッコの酷いところは済んだものの、まだ非常に強い南風が吹いているので、船はアルジェ港に近づけない。スティーブンたちは風が変わるのを待たなければならなくなる。

領事は、アルジェでまたクーデターがあり、暢気に狩りをしていたオマールには暗殺隊が差し向けられたと言う。このクーデターには、裏切者の宰相も一枚かんでいるらしい。

しかしクーデターは宰相の思った様には行かなかったらしく、新しい太守に選ばれたのはアリ・ベイという親英国派だった。領事は早速、スティーブンとジェイコブを伴って新太守に謁見する。

サプライズかリングルが戻るのを待つ間、スティーブンたちはジェイコブの昔馴染みのファティマという女性の営む宿屋に滞在し、アルジェを散策して過ごす。


狩り好きの太守オマールさん、スティーブンが直接会った限りで見ると、悪い人でもない感じでしたが…地元民に対しては、結構暴君な面もあったようです。領事は「若者をたくさん串刺し刑にしすぎた」と言ってますし、太守が変わると知ったアルジェの人々が、怯えて家に閉じこもるのではなく興奮して街を歩き回っているあたりで、それは判ります。

(p216〜221)アルジェの街を散歩していたスティーブン。奴隷市場を通りかかった時、「ああ、お願いだから(Oh for the love of God)」というアイルランド語の声を聞く。見ると、痩せて汚い二人の子供(男の子と女の子)が、片手を紐で繋がれている。

商人がスティーブンに声をかけ、「安くしますよ」と陽気に売り込む。「ちゃんと食べさせれば数年で重労働もこなせるようになるし、今だって楽しみに使うことはできます。」

スティーブンは子供たちとアイルランド語で話す。二人はケビンとモナ・フィッツパトリック、双子の兄妹でコーク郡の小作農の子供。漁師の従兄の所へ遊びに行き、ボートに乗っていたら沖に流されてしまい、海賊船に拾われてアルジェで売られたと言う。

スティーブンが値段を聞くと、商人は「男の子が4ギニー、女の子はオマケにつける」と言う。スティーブンはなるべくビジネスライクな口調で「領収証が欲しい」と言う。


アルジェの奴隷市場を見て、スティーブンは「この上ない悲惨と絶望が、慣習となり、日々のありふれた事実となることによって辛うじて耐えられるものになっている」という感想を持っています。

ケビンとモナは歯が生え替わる時期らしいから、6歳〜8歳ぐらいでしょうか。このような年端もゆかぬ子供が、羊かなにかのように紐で繋がれて売られていること、また商人が事も無げに「楽しみが目的なら、すぐ使えるよ」と言うこと、スティーブンが要求した領収書(後で言いがかりをつけられて取り返されるといけないので)には、モナのことが「保証つきの処女」と書かれていたこと…

どれをとっても、深く考えると、暗〜い気持ちになりそうなほど悲惨なことですが、当時のアルジェの人々にとっては、あまりに日常的なことなのでしょう。

(以下余談)一方で、これを読むわれわれにとっての救いは、これが「昔の話」だということかなー、と思いました。ある程度以上昔…まあ、今生きている人の記憶にある範囲の外、100年ぐらいより前のことなら、どんなに悲惨なことでも、どこかロマンティックなフィルターがかかるというか、「今はこんなことないから」と、あくまで「お話」として読める気楽さがあります。逆に、現代ものでリアルに悲惨な事柄(特に子供がらみ)が出てくると、たとえフィクションでも、他の部分がいくら面白くても、私にとってはエンタテインメントにならなかったりします。

(p216〜221)スティーブンはふたりの手を引いて、ジェイコブと待ち合わせていたコーヒーショップに連れて行き、パンとヨーグルトを食べさせた後、ファティマのところへ連れて行く。ファティマは二人に同情して、親切に風呂に入れて新しい服を着せ、食事させてくれる。子供たちは見違えるように元気に子供らしくなる。

スティーブンは二人を領事館に連れて行き、領事夫人のレディ・クリフォードに「アイルランドの親元に送り返す手配ができるまでニ、三日預かってくれないか」と頼むが、「夫が子供嫌いだから」と断られる。スティーブンは彼女の不親切さに驚き、子供たちを宿屋へ連れ帰る。彼は領事館のディナーを断り、宿屋で子供たちと楽しく食事する。


子供を預かると言っても、ケビンとモナは庶民の子(どころか、現在の正式な身分は「スティーブン所有の奴隷」なのですが)だから、実際には住むのも面倒を見るのも使用人たちの領域で、夫妻が直接顔を合わせるのは、挨拶の時ぐらいなわけです。スティーブンが夫人に頼んでいるのは「しばらく我が屋敷の中にいてもよろしい」という許可だけなので、「夫が子供嫌い」なんていう理由で断るのは、あまりに冷たいし、ヘンなのですけど…

領事夫妻は、奥さんがピーター卿の病気を優しく心配していたし、とても仲が良い愛情深い夫婦に見えたのですが…奥さんがこう言っているということは、子供はいないのでしょうね。そして子供がいないことで、少なくとも奥さんの方には、普段は人に見せない深い葛藤があるのかもしれません。

当時は「自分の意思で」子供を作らないというのは難しいから、多分子供は「できなかった」のでしょう。だとしたら、当時の常として、それは自動的に奥さんの方に問題があると思われたでしょう。それで卿が奥さんに気を遣って「子供は嫌いだから」と言って、そのために奥さんは余計に気にしてしまっているとか…あるいは本当に、卿が子供を「作らなかった」(つまりセックスレス)か。あるいは、卿には他所に子供がいるとか。最後のが一番ありそうかなあ。まあ、わからないのですが。

少し前に、何かで「女性にとって子供というのは、たとえ生まなかったとしても、常に意識のどこかに『いる』」というのを読んで…いや、ほんとにそうだなあ、と思ったのです、私の実感としては。ちょっとそれを思い出しました。

子供たちは結局、宿屋のファティマさんが親切に世話してくれて、その方が子供たちもリラックスできたし、食事も美味しいし、結果的にはよかったのですが…

どうしてスティーブンは最初からそうせずに、領事館で預かってもらおうと考えたのでしょうか。多分、子供たちはムーア人の世界でひどい目に遭ってきたので、早くそこから離れて、少しでも故郷に近い所にいさせてあげたかったのでしょう。(領事館の中は実質「英国」なので。)でも、小作農の子供で根っからの庶民のケビモナ(<もう略してるし)には、ファティマのちょっと怪しげな宿屋の方が、ずっと我が家に近くて馴染みやすい雰囲気だったようです。

モナちゃんなど、翌朝夜明け前に起きて、「乳搾りをする牝牛はいる?」とスティーブンを起こしに来たぐらい。まだ小さいのに、家では乳搾りが彼女の仕事だったのでしょうね。

3巻のディル、15巻のサラ&エミリーに続いて、また助けを必要とする子供と縁ができてしまったスティーブン。でも、ケビンとモナには貧しくても親がいて、親元に送り返すのが一番良いのは明白なので、そこがディルやサラエミの場合とは決定的に違う点ですね。

(p222〜229)翌朝、ジェイコブの知り合いの海賊船長がガレー船を見せてくれると言うので、二人は子供たちを連れて港へ行く。数日来吹き続けた強い南風が少しおさまり、空は晴れてきていた。視界が開けて、水平線にリングル号が間切って来ているのが見える。

子供たちはガレー船を見ると怯えてしまい、スティーブンの手を握りしめる。リングル号は逆風に阻まれてなかなか港へ近づけない。スティーブンは、ガレー船でリングル号の方へ行けば数時間節約できると言う。ジェイコブは船長と交渉した後、急いでファティマのところから荷物を取ってくる。

子供たちは海賊におびえて、スティーブンにぴったりくっついたまま船に乗る。子供たちが離れようとしないので、三人は船首に座り、スティーブンは子供たちの気を紛らわすために望遠鏡を見せる。

リングル号が近づき、キャプテン・リードの右手のフックが太陽に光る。スティーブンが立ってハンカチを振ると、リードは手を振り返す。二隻が軽く接舷すると、リングル号はドクターのために渡り板を渡す。「ドクター!お会いできてよかった。艦隊司令官が喜ばれます。マオンで心配なさっていました。」

リードは今までの経緯を話す。嵐の中、マストを失ったライオン号を救おうとしていたサプライズ号は、オランダ商船に衝突され、艦首に穴があいてしまった。荒天の中ポンプをこぎながら、なんとかマオンまで辿り着き、今そこで修理をしている。幸いリングル号は損傷が軽かったので、艦隊司令官の命令でドクターを迎えに来た。


ここでジャックたちが救助した英国艦は、皮肉なことに「ライオン号」という名前でした。最初に読んだ時は、この細かい冗談(?)に気がつかなかった。スティーブンがライオンを狩っていた頃(正確には少し後だけど)、ジャックは「ライオン」を助けようと必死でがんばっていたのですね。

ケビンとモナがくっついたまま離れてくれないので、手をつないでカニ歩きで渡り板をそろそろと渡るスティーブンがかわいい。

リード君、切断した右腕にフックをつけているのですね。明朗快活な美少年と、海賊のような片手のフック…このギャップが、なんとなくカッコいいです。

(p229〜236)リングル号がマオンにつくと、すでにサプライズ号は新品同様になっていて、ジャックはボートで修理の仕上げを指示していた。リングルに気づくと、ジャックはボートで飛んで来る。「よく帰ってきてくれた!これほど早く戻れるとは思っていなかった。」

リードは「アルジェ沖で、ドクターたちと『ドクターの奴隷たち』」が乗った船に会ったと説明する。スティーブンはケビンとモナをジャックのところへ連れて行って「コモドーにご挨拶しなさい」と言う。

不機嫌顔のキリックが来て、もうすぐ提督を招待したディナーがあるので着替えるように言う。スティーブンは子供たちをキリックに預け、「ポルに面倒を見るように言ってくれ、英語は喋れないが親切にするように」と言う。キリックはむっつりしたまま、子供たちの手を引いてゆく。

スティーブンはディナーの前に、傭兵部隊の金がモロッコからガレー船に乗せられることを説明する。ジャックは「この嵐で、我々同様その船もジブラルタルには近づけないはずなので、焦ることはない」と言う。スティーブンはそれを聞いてほっとする。

ディナーにはライト氏も招待されていて、修理の済んだイッカクの牙を持って来てくれていた。牙は修復の跡もわからないほど完璧に復元されていた。「一角獣の角」が元通りになったという噂はたちまち艦中に広まる。これで艦に幸運が戻ったとみんな上機嫌になり、キリックの立場も回復する。


ジャック、なんと65ページぶりに、ようやく再登場。

まあ私は、あえてどちらかと言われれば、スティーブンびいきであることは確かなのですが…それでも私は、ジャックとスティーブンの「組み合わせ」が好きなので、できればオブライアン氏がもうちょっとジャックを出してくれると嬉しいのだけどなあ。うん。

それはともかく…艦隊司令官という偉い立場でありながら、スティーブンの乗ったリングル号の姿を見るといそいそとボートで駆けつけるジャックは、相変わらずかわいいです。

「一角獣の角」が元通りになってよかった(キリックのために)。しかし、なんというか、船乗りってみんなゲンキンだよなあ。いろんな意味で(笑)。