Chapter 9 〜 ジブラルタルへ


(p237〜239)キース卿に代わって新しく司令官になったバーマス卿は、ジャックが航海士だった頃の彼の艦長だったが、二人は折り合いが悪かった。しかし表立って仲が悪いというほどにはならなかったので、後に艦長になったジャックが、バーマスの息子を自分の艦の士官候補生として預かったこともあった。バーマスの息子は甘やかされた暴君だった。ジャックの艦を離れた後、海尉になって小さい艦を指揮したが、たちまち反乱を起こされ、それ以来任官できないでいる。

バーマス卿は、表立ってはこれをジャックのせいにすることはなく、今でもクラブで会ったら挨拶する程度の仲だが、とても友人とは言えない。このことを知っているスティーブンは、金を積んだガレー船を追跡する役目をバーマスが他の艦長に与えてしまうのではないかと心配する。


莫大な金を積んでいると分かっている船の拿捕となると、もちろんとびっきりの「Plum(美味しい仕事)」。できることなら、気に入らない部下には与えたくない…昔も今も、軍も民間も変わらぬ上司の本音ですね。

でも、バーマスの息子が自分の性格の悪さのせいで指揮艦に反乱を起こされたのを、バーマスがジャックのせいにしたら、それこそおかしいと思うけど。やたらに水兵を鞭打ち刑にしたがるバカ息子を、ジャックは精一杯矯正しようとしたのに。父親が偉かったりすると、上官の指導にも限りがあるのよね。

話変わって、ここで前章のケビンとモナの話に補足。

二人の住んでいた村は、アイルランドはマンスター地方の南西端コーク郡の、そのまた南西端のバリードネガンという海辺の村です。この村からさらに沖へ出たところにダーシー島という小島があって、ケビンとモナはここに住む漁師の従兄のところに遊びに行っていて、ボートで流されたらしい。

それで、私はなんとなく、二人のボートがかなり遠くまで、つまり海賊が貿易船とかを狙ってクルーズしている海域まで流されてしまって、そこで偶然拾われたのかと思ったのですが…そうではなくて、海賊船は獲物を狙って、アイルランドの沖合いすぐ近くまで来ていたのですね。

貿易船を狙うなら地中海か、英国のインド貿易船の航路(もうちょっと南の方)へ行くはずだけど…アイルランドの方にも貿易航路があったのかな?と思ったのですが、そうではなくて、彼らの獲物はずばり「人間」だったようです。まあもちろん、主たる狙いはケビンやモナのような子供ではなく、すぐにガレー船の漕ぎ手とかにできる大人の男だったのでしょうけど。

「キリスト教徒の奴隷」というのは、ムーア人の海賊に襲われた船から捕まった船乗りが多いのですが…私、海賊の獲物は貿易船、狙いはあくまで積荷で、生き残った乗組員を奴隷として売り飛ばすのは「ついで」だったのかと思っていました。しかし実際には、ヨーロッパ人の奴隷は「白い黄金」とも呼ばれ、それ自体とても高い価値のある獲物であったようです。

16世紀から18世紀末ごろまで、北アフリカの海賊が、奴隷や人質を捕まえる目的でイギリス・アイルランドまで出張して、沿岸の村や沖合いの漁船などを襲うのは、よくあることだったそうです。さすがに、19世紀初頭のこの頃になると、イギリス南西部の海岸は英国海軍によってがっちり固めてられていたでしょうから、そうそう海賊に襲われることもなかったでしょうけど…アイルランドの方は、そうでもなかったのかもしれません。

不幸にしてその犠牲になってしまったケビンとモナですが、運良くスティーブンに「買われ」、今ではすっかり元気になっています。

(p239〜240)ケビンとモナはたちまち艦になじみ、片言の英語を話すようになる。ポルは二人にキャラコの下着を作ってあげるが、着心地が悪いのか、モナはすぐに脱いでしまって、シャツだけで走り回るのでポルは手を焼いている。スティーブンはボンデンに頼んで、薄手の帆布でズボンを作ってもらう。子供たちはこれは動きやすくて気に入ったらしく、誇らしげに着てマストに登るようになる。

かつてのサラ&エミリー同様、幼い子供独特の適応力で、たちまち海上生活になじんでしまったケビン&モナ。サプライズ号にはアイルランド人水兵もいるので、サラ&エミリーの場合と違って最初から少しは言葉が通じるのですが、これまた小さい子供独特の記憶力で、どんどん英語を憶えています。

ケビンとモナが何歳かは、「乳歯が抜けている」年頃というだけで、正確には書かれていないのですが…モナが裸同然のカッコで平気で走り回っているところなんか見ると、まだ5歳か6歳ぐらいかなあ。

(p240〜245)サプライズ号、ヘニッジ・ダンダス艦長のハマドライアド号と行き逢い、ジャックはヘンを夕食に招待する。ヘニッジは引退したキース卿夫妻が、英国の天候がよくなるまでジブラルタルのコテージで静養していると話す。ジャックは彼に、ジブラルタルの艦隊にフリゲート艦がいるかどうか訊き、いないと聞いて少し安心する。

ジャックとヘンさんは、よく行き逢いますね。16巻でホーン岬の帰りに遭遇したのとは違って、ここでは同じ地中海艦隊所属だし、航路もだいたい決まっているのでしょうから、それほど凄い偶然ということはないのでしょうけど。

ジャックがフリゲート艦のことを訊いたのは、海峡で例のガレー船を待ち伏せする任務をできそうな艦が他にいないかどうか気にしているのですね。

(p245〜250)サプライズ号は、途中で訓練中の艦隊に遭遇し、ジャックは旗艦インプレーサブル号に出頭する。バーマス卿はジャックに「ここで何をしている?」と聞く。ジャックは、キース卿から命じられたアドリア海の任務の経緯と、イスラム教徒傭兵の件の状況を報告する。

バーマス卿はアドリア海での成功には一応お祝いを言うが、早く報告書を提出するように、君のところの諜報関係の人間(スティーブンとジェイコブのこと)を旗艦によこすように、と素っ気なく命令する。それから、ジャックの艦隊は解体してサプライズ号とリングル号だけになってしまい、フリゲート一隻とテンダーだけではもう艦隊とはいえないので、単独艦の艦長に戻ってブロード・ペナントを降ろすようにと命じる。

司令長官の明らかに冷たい態度から、ジャックはガレー船を待ち伏せする役目は、彼のお気に入りの他の艦長に与えられるのではないかと心配する。が、バーマス卿の政治顧問と面会してきたスティーブンは、政治顧問は政府の重要人物でキース卿の親友であり、バーマス卿も彼の意見には逆らえないので、キース卿の意向に反しジャックが軽んじられる心配はないと言う。ジャックはそれを聞いて安心する。


案の定、バーマス卿に冷たく迎えられたジャック。

不思議なことに、ここでジャックは卿に、リングル号のことを「うちの軍医の所有物です」と言っています。リングル号は、ジャック自身のものだった筈ですが…

リングル号はとっても使い勝手のよい艇なので、オーブリー艦長の私物ってことになると、召し上げられて使われてしまうからかな?実際、この巻の初めにジャックの艦隊がジブラルタルにいた時は、キース卿がかなり便利に使っていたようです。ジャックも、他ならぬキース卿に「貸してくれ」と言われると断れなかったようですが。

(p251〜254)ジブラルタルで時間ができたので、ジャックとスティーブンは帰国前に静養中のキース卿夫妻を訪ねることにする。スティーブンは、そのために街で正装用のカツラを調達してくる。彼はついでに買ったチョコレートをモナとケビンにやるが、二人はスティーブンを見ると「髪がちがう」と怯える。スティーブンが「ただのカツラだよ」と言ってカツラを取ると、二人はますます怯え、泣き出してしまう。

レディ・キースに会った時、スティーブンは彼女に子供たちがカツラに怯えた話をする。彼はケビンとモナを買った経緯を話し、アイルランドのコーク郡にいる知り合いの神父に手紙を書いて、二人を両親の元へ帰すつもりだと言う。レディ・キースは「よければ、コークへ向う適当な英国艦が見つかるまでわが家で預かる」と申し出てくれる。


以前、「カツラがないと裸のような気がする」と言って、無人島でもカツラをかぶっていたスティーブン(14巻)ですが、アルジェをうろうろしていた時(ケビモナを買った時)は、さすがにかぶっていなかったようですね。目立ちすぎだものなあ。ケビモナがおびえるぐらいだから、その後の艦の上でも、かぶっていなかったのかしら。スティーブン、ちょっと習慣変わったのかな?

当時の男性のカツラは、紳士としてのファッションの一部だったのですが、この頃にはすでに、多少すたれ始めていて、かぶらない紳士も増えていたようです。(強制徴募された元カツラ職人の船乗りを主人公にした「トマス・キッド」シリーズにも、そんな話が出てきていました。)地毛を短く切って前へとかした、あの映画のマチュリン先生のスタイルは、最新流行のヘアだったようです。原作ではどちらかと言うと古風なスタイルなのに、映画ではずいぶんトレンディにしてもらっていたのですね(笑)。

ケビンとモナは庶民の、しかも田舎の子なので、身近な人がカツラをかぶっているところはあまり見た事がなかったのでしょう。一世代前のお嬢様育ちのクイーニーなどは、父親がカツラを取るのを見たのは海水浴に行った時だけだった、なんて言っていますけど。

スティーブンがカツラをぱかっと取ると、子供たちが泣き出すというのは可笑しいシーンですが…子供たちにしてみれば、頭が取れたみたいで怖かったのでしょうね。色々、トラウマになりそうなことを経験してしまったであろうケビンとモナですが、カツラまでトラウマにならないといいけど…

アルジェの領事夫人とは大違いで、さすがに親切なクイーニー。まだ若い娘のころ、ジャックを息子のように(?)可愛がっていたほど、母性本能に溢れた人ですものね。

(p254〜257)ジェイコブはジブラルタルのアフリカ側へ渡り、情報を仕入れてくる。例のガレー船は今タンジールにいて、月のない金曜日にタリファで潮の変わるのを待った後、海峡をすり抜ける気だと言う。他に二隻のガレー船を囮として使うが、本物はヨーロッパ寄りの航路を取る。ジェイコブがこれをジャックに報告すると、ジャックは貴重な情報だと喜ぶ。