Chapter 3 〜 リスボン


スティーブンが特定の願い事のために祈ったのは、7巻11章に続いてこれで2回目。(どちらも「普段は個人的願い事のために祈るのはよくないと思っているが」という但し書きがあったので憶えていた)7巻ではダイアナの無事を、ここでは昔の仲間が自分の船から逃げ切ることを祈ったわけですが…どちらも叶えられました。

私、一応「ジャックがスティーブンの様子から相手を捕まえて欲しくないことを悟り、わざと逃がした」という可能性も考えてみたのです。でも、やっぱりそれはありえないという結論に達しました。超人的な勘で風の変化を予測できたとしても、乗員に知られずに「肝心の時にマストが落とす」なんていう細工は不可能だろうし、もし出来たとしても(乗員にとって)危険すぎるから、絶対やらないだろうし。

サプライズ号乗員たちの様子あれこれ

・何にせよ、サプライズの乗員にとっては、最初の拿捕船を逃がした事には変わりないわけで。縁起かつぎの彼らは「航海のしょっぱなにケチがついちまった」とがっかりしています。そんな彼らのストレス解消も兼ね、船長は毎日砲撃訓練しまくり。

・リスボンまでの海は荒れ、船内唯一の初航海者・スタンディッシュ主計長は船酔いで伸びていました。

バイオリンの腕だけで彼を雇ったことを、ジャックは後悔していました。彼は高慢で、自分の事ばかり喋り、水兵にもガンルーム仲間にも嫌われていて、主計長としては無能この上なく、確かにバイオリンの腕は抜群だけど、その分合奏相手の腕に不満らしく、マーティンやスティーブンにうるさく指導するので(船長には今のとこ遠慮してるけど)一緒に弾いていて楽しくないのです。

今は寝込んでいるスタンディッシュをマーティンが看病しているので、ジャックとスティーブンは前のように二人で演奏しています。二人の腕は同じぐらいで、お互いをとことん理解しているので、即興演奏を会話のようにやりとりすることもでき、二人だけの方がずっと楽しいことに気づいたジャック。

ふ〜ん、やっぱりね(微笑)。…というか、今ごろ気づいたんかい!というか。

・ある時スティーブンは、机に暦と紙を広げて、何やら熱心に計算していました。「いつ貿易風を捕まえられるか計算しているのか?」「それは君に任せるよ。僕の娘がどの聖人の日に生まれるか計算しているんだ。」「どうしてダイアナが娘を産むと決めているんだい?」「他に何を産むっていうんだ?

ジャックとは反対に、スティーブンは女の子が欲しいみたい。いや、欲しいっていうより、なぜか最初から女の子だと100%決め込んでいて、他のもの(「他のもの」って…)が生まれる可能性は考えてもいないみたい。ほんと、男が生まれたらどうすんだろ。ジャックもそう思ったようですが、スティーブンは娘の誕生を本当に楽しみにしている様子なので、言わないでおきました。

・キリックはといえば、前章でも触れた通り、パディーンに代わってスティーブンのサーバントを兼任しています。スティーブンはリスボンで代わりを探そうと思っているのですが…ジャックは「キリックはもう君を自分の所有物と見なしているから、そんなことをしたら怒るぞ」と忠告しました。

サプライズ号、リスボンに入港。スティーブン、サムのために総大司教に面会する

スティーブンはリスボンで、一つ用事がありました。11巻1章で書いた通り、ジャックの息子サムはカトリックの司祭を目指しているのですが、当時、私生児が叙階を受ける(司祭になること)には特別の許可が必要であったようです。リスボンの総大司教(Patriarch)に面会し、その許可を頼むことが彼の目的でした。

リスボンに上陸し、総大司教との会見も首尾よく終わったスティーブン。しかし、例の直感で「誰かに見られている」という嫌な感じがしていました。「諜報員が生き残って子孫を残したら、頭の後ろに目があるように進化するだろう」などと考えながら歩いていると、身なりのいい男が現れ、帽子を取って「ドクター・マチュリンでいらっしゃいますね」と挨拶しました。スティーブンは「確かに、マチュリンは私の名です」と言いつつ、足は止めませんでした。

男は彼を追いながら「突然ですみません、サー・ジョセフが郊外のキンタ(荘園)にいらして、お送りするように馬車が待っています」「そうですか、次にロンドンに行った時お会いしましょうとお伝え下さい。さようなら」氷のような冷たい目できっぱりとそう言われて、男は二の句を告げず、彼がすたすたと歩み去るのを見送るしかありませんでした。

「フランス諜報員にのどを掻き切られるために、のこのこ呼び出されると思うか。」彼がそんなことを考えていると、ジャックが現れ、ソフィーへのお土産に名物のタフタを選ぶので手伝ってほしいと言いました。「任せてくれ、僕は目利きなんだ。青いのがあったら、僕もダイアナに買おう。」絹とデニムの区別もつかない(5巻参照)スティーブンが布の目利きだとはとても信じられませんが…ともかく、ふたりは愛する妻へのお土産をかかえて船に戻りました。

スタンディッシュ、船を降りたいとスティーブンに相談する。スティーブン、手紙を受け取る

スティーブンは総大司教との会見のために一張羅を来ていたのですが、そこはスティーブンなので、しっかり汚してしまい、帰るなりキリックに怒られます。こうやって怒るのもストレス解消なのかな。だからブツブツ言いながらも、スティーブンの面倒を見る仕事を手放したがらないのかも?

スティーブンは、キリックの好物・ポルトガル名物のお菓子マジパンを(賄賂として?)差し出しました。…キリックってあんなに大酒呑みなのに、お菓子も好きなんですね。

それから、スタンディッシュがマーティンを通じて「船酔いに耐えられないので、船長の許可があれば辞職したい。ドクターから船長に聞いてくれないか」という相談があり、スティーブンは「問題ないだろう」と答えました。ジャックはむしろ喜ぶでしょうが、また主計長がいなくなっちゃうね。まあ今までも、いてもいなくても同じだったのかな。ほんと、ソフィーが主計長になれればね〜(無理)

この翌日、スティーブンには手紙が4通届くのですが、その内容がまた全部、ストーリーと関係あるので…箇条書きにしてみました。

差出人:ダイアナ
内容:バーラム・ダウンズ買っちゃった!
スティーブンの反応:思わず「何て頑固な女だ!」と叫ぶ

差出人:スティーブンの取引銀行
内容:彼の問い合わせに対する回答だが、慇懃無礼で要領を得ない文章。全然答えになっていない
スティーブンの反応:この銀行のサービスの悪さ・無能さに以前から不満だった彼は、銀行を変える事を真剣に検討する

差出人:リスボン総大司教
内容:サム・パンダ氏の司祭叙階を許可する
スティーブンの反応:大喜び
ジャックの反応:息子のためには嬉しいが、息子がカトリック司祭になった事にはちょっと複雑

差出人:在リスボン英国大使館
内容:可及的速やかに出頭されたし
スティーブンの反応:……(以下を参照)

スティーブン、ミサの後、大使館へ

翌日、スティーブンはカトリックの乗員たちを連れて上陸しました。当地の教会に、パディーンのためのミサを頼んだからです。…ミサが終わり、皆でパディーンの無事を祈って蝋燭を捧げた後、スティーブンは彼らと別れて英国大使館へ行きました。

大使館でスティーブンは「キンタ・デ・モンセラート」という郊外の荘園の場所を教えられ、馬を借りました。ひとり馬を駆り、荘園に着くと…そこにはサー・ジョセフが待っていました。

サー・ジョセフ、緊急の知らせを持ってポルトガルへ来ている

「マチュリン、いきなり部下を差し向けたりしてすまなかった。スペインからひどい旅をしてきたところで、疲れきって頭が働かなかったようだ。」「なぜ船でいらっしゃらなかったのですか?」「馬車の方が確実だからな。それに、私はひどい船酔い体質なんだ。」二人は荘園の、小川の流れる草原の木陰に腰を下ろしました。

「マチュリン、どうして帽子をそんな風に抱えているんだ?」「途中でこれを捕まえたのです。」彼は草の上にハンカチを広げ、帽子から昆虫を出してのせました。「これは…」「サガ・ペドです。」「そうか!絵は見たことがあるが、標本を見たことはない。まして、生きている個体など…君、彼女を逃がすつもりじゃないだろうな?これほどの珍種を?」「逃がすつもりです。私も迷信深いので…これからの幸運を祈るために。」緑の昆虫は、アンバランスな長い肢でゆらゆらと揺れながら、草むらに消えてゆきました。「あなたがわざわざリスボンまでいらしたということは、よほどの緊急事態が起きたのでしょうから。」「まさにその通りだ。天が落ちてきた。

ちなみに、この昆虫(Saga pedo)は和名を「ペドドウナガキリギリス」といって、こういう虫のようです。可愛い…かな?

サプライズ号の目的がスペインにばれて、まずいことになっている

疲れきった様子のサー・ジョセフは、靴とストッキングを脱いで小川に足を浸し、話を始めました。

「天が落ちてきた」というのは、スペインから英国に厳しい抗議があったことでした。「わが国の植民地において『独立主義の反逆者ども』を支援するため、英国がサプライズ号という船を派遣したと聞いた。共にフランスと戦う同盟国であるわが国に対し、英国がこのような陰謀を企てているというのは真実か?」

英国側は、とんでもない、サプライズはただの私掠船で、アメリカの捕鯨船やフランス船目当てに巡航に出るだけだ−独立主義者の支援は、まさにフランスがディアンヌ号で企てていた事で、情報が混乱したのだろう−と答えました。スペイン側はそれを完全に信じたわけではないが、確信が揺らいだようで「それなら確かな証拠を示してほしい」と要求しているそうです。

「スペインに情報を漏らしたのは、サプライズ号の目的について知っている少数の人間のひとりであることは間違いない。相当に高い地位の人物−レイとレッドワードの仲間だ。」

スペインの疑惑をかわし、かつその情報源の信憑性を失わせるために、サプライズ号は予定を変更しなければならない、とサーは言います。サプライズ号は予定通り南米へ向かい、表向きの目的どおり、独立派とはまったく接触をせず、私掠船としての活動をする−プリングズ艦長の指揮で。オーブリーとマチュリンは別の船で別方面に行き、別の任務につく。

フランスは(おそらく同じ情報源から)英国が東南アジア方面に弱いことを知り、南シナ海のプロ・プラバンという島のサルタンに使節団を送った。

プロ・プラバンは広東へ行き来する東インド会社船のルートにある、海賊の多い島。フランスの目的はサルタンと同盟を結び、船大工と砲を渡して、今は小さなボートでささやかな海賊行為をしている彼らを本格的に武装させて東インド会社の船を襲わせ、英国の中国貿易の息の根を止めること。

「フランスの大使はデュプレーという男だが、実際にこの作戦を仕切っているのはレッドワードだ。レイも行くが、彼の場合はパリが厄介払いしたかったのだろう。もちろん、こちらも対抗して使節団を送る。大使にはエドワード・フォックスという優秀な東アジアの専門家を任命した。敵がサルタンと同盟を結ぶ前に追いつかなければならないが…フォックスの話では、東南アジアではこの種の交渉は数ヶ月かかるそうだし、英国はスンダ海峡をおさえているから、彼らより短いルートで行ける。

「オーブリーの復帰は、海軍の対面を考えて、どこかの勝利の知らせと共に発表するつもりだった。しかしこの際、すぐ発表した方が国の利益になると考えた。オーブリーはすぐに海軍に復帰し、ディアンヌ号(海軍が購入して軍艦になっている)の艦長に就任し、フォックスと君を乗せてアジアへ出発する。それが、君たちが南米へ行かないことの証拠になる。

「その後、サプライズ号とディアンヌ号はどこかでランデブーし、西から南米へ行って、君は予定の活動をする。これが、私の考えた計画だ。」

「素晴らしい計画です。私は賛成です。オーブリーが何と答えるかは分かりませんが…」「私は君ほどよくオーブリーを知っているわけではないが…彼の答えはほぼ間違いないと思う。」