Chapter 4-2 〜 アジアの任務


ジャック、海軍省に出頭した後ブラックスへ行く

海軍省で提督から艦について説明を受けた後、ジャックはブラックスに行きました。ここで、スティーブン、サー・ジョセフと、今回の任務の全権特使となるエドワード・フォックス氏を招いて食事する予定です。

ジャックがクラブに入ると、大勢のメンバーが来て彼の復帰に心のこもった祝福をくれたので、彼は感激しました。

ジャックたち、外交官のフォックス氏と食事する

余談:12巻の「エドワード・ノートン」同様、「エドワード・フォックス」と言うと、やっぱり俳優を思い出してしまう私。特に今度は年恰好も同じ(あ、「ジャッカルの日」とかの代表作に出た頃のね)だし、どうしてもあの渋い風貌が浮かんでしまう…

それはさておき。このフォックス氏は、すらりと背が高く、かなりハンサムで、流行の上等な服を着た有能そうな40歳位の男でした。彼は礼儀正しく、名高いオーブリー艦長に会えて光栄だと言い、ドクター・マチュリンには「南シナ海は博物学者にとって非常に興味深いところ」だと語りました。

フォックスは外交官であると同時に、東アジアと仏教に詳しい学者であり、当時のジャワ副総督スタンフォード・ラッフルズの友人でした。

…また出てきましたね歴史的有名人が。ラッフルズについて、私は「シンガポールの総督で植物学者で、ラッフルズホテルの名前の由来」ぐらいの認識しかなかったのですが…それだけではなく、時代に先駆けた叡智を持った偉大な人物であったようです。まあ、彼は後で、名前だけではなくご自身が登場しますので、詳しくはその時に。

4人で話すうち、ジャックたちが前回アジアに行った航海(3巻)と、気の毒なスタンホープ氏の話になりました。フォックスは「国王の全権大使は13発の礼砲に値するするので、良い家柄であるか、よほど有能な人物でなくてはならないが、スタンホープ氏のような年配の人物を送るのは馬鹿げていた。現地でラッフルズが対応した方がよかった」と言いました。(3巻の感想で、私も似たような事を書いていたような…)

ここでさりげなく(?)題名由来が出ましたね。私はここを読むまで、てっきりこの題名は「ジャックの海軍復帰を祝う礼砲」のことかと思っていました。13発は、海軍では少将(Rear Admiral)または艦隊司令官(Commodore)に対する礼砲なので、そっちの方かと思った方もいらっしゃるかも。外交官に対する礼砲のことだったとは、ちょっと肩透かしのような気も。ま、「13巻だから」という単純な意味なんでしょうけど。

3巻の航海についてスティーブンは「もう少しでスンダ海峡(スマトラ島とジャワ島の間)の向こうの『博物学者の天国』へ行けるところだった」と回想していますが…ドクター、その旅ではもう少しで別の天国にも行くところだったけどね(笑)。

フォックスはプロ・プラバン島について、詳しく話しました。サルタンを始めとして、島の人口のほとんどはマレー人でイスラム教徒だが、山の中に仏教の聖地があり、尊重されていること。地理的にも面白く、火山の作り出した巨大なクレーターがあり、その中に湖があること。その湖のほとりが聖地で、オランウータンがたくさんいて、サイや象もいるらしいこと…

「すばらしい。」スティーブンが言いました。「思い出したのですが、プロ・プラバン島といえば、オランダの高名な解剖学者ヴァン・ブーレンが住んでいるところではありませんでしたか?」ヴァン・ブーレンはスティーブンの古い友人でした。「あいにく、その方のことは存じ上げませんが、ラッフルズに聞けばわかるでしょう。」

楽しく話していた4人ですが、レッドワードの話が出たとたん、それまで穏やかで感じのよかったフォックスが激しい怒りと憎しみを表したので、3人は驚きました。単に国家を裏切った卑劣漢だから許せないのか、それとも何か個人的が恨みがあるのか…しかし彼はすぐに元の社交的能力を回復し、ディナーは楽しく終わりました。

スティーブン、ジャックと初めて会った頃の日記を読む

グレープス亭に戻ったスティーブンは、カッターで考えていた通り、1800年の日記を取り出して読み返しました。彼の日記、グレープ亭の火事で焼けちゃったかと思っていたのですが…この年のは無事だったようです。

スティーブンが「ジャックと初めて会った頃」の日記を読み返すこのシーンは、1巻に別の光を当てているようで、併せて読むとすごく面白いです。今更ながらふむふむと納得するところがあったり、ますます疑問が湧いたり…(ので、長めに引用。)

「あれだけ時が経った後でも、私は完全に茫然自失していた。悲しみ以外に何の感情もなく、その悲しみさえも灰色にぼやけていた−生命を感じさせるのは音楽だけだった。」

そうだったのか!それで、コンサートで隣に座った男に音楽鑑賞を邪魔されてあんなに怒ったのかな。時が経ったと言っても、ジャックとの出会いは1800年4月−反乱の鎮圧から2年経っていないのだから、悲しみが癒えていなくて当然か。

「確かに、ディロンにあんなこと(前項参照)を言えた人間から、今の私は変わった。しかしそれは変化と言うよりは、凄まじい打撃からの回復、以前の状態への回帰と言った方が近い。」

そうだったのか!あのディロンとの会話の時点では、スティーブンは本来のスティーブンではなかったのですね。キャラクターが初めに登場した時点で「本来のその人ではなかった」と後で知るというのは、「そんなあ…」という感じもしますが…確かに、2巻以降のスティーブンの行動はこの時の会話とは矛盾しているし、性格も変わってきているような…

「実際、ジャックの変化の方が注目に値する。あの頃のわがままな、かなり気まぐれな、規律を気にしない、浪費家で拘束を嫌うジャックから今のキャプテン・オーブリーを予想するのは、どれほど先見の明があってもほとんど不可能だったろう。」

1巻のジャックって、そんなにひどかったかしら?たしかに、あの頃に比べたら成長した感じはしますけど。

彼はページをめくり、海軍情報部との最初の接触のところを飛ばし読んだ−親愛なるジョン・サマーヴィル、バルセロナ商家の四代目、祖国に対するスペイン(カスティリア)の抑圧と戦うカタロニア人の結社、ゲルマダ(Germadat)のメンバー…モンセラート(※)を焼き、カタロニアの町々、村々、人里離れた山中の農場までを蹂躙し、破壊、レイプ、殺人の限りを尽くしたフランス軍へのカタロニア人の憎しみ…1797年にカスティリア人が英国同盟を放棄しフランスと同盟した時、ゲルマダはこれを完全に拒否し、そしてボナパルトの軍事行動の恐るべき成功に、スティーブンは英国の勝利こそがヨーロッパにとって唯一の希望であり、それは海で勝ち取らなければならないこと、その勝利が、カタロニア自治とアイルランド独立の必要条件であることを悟った。

日記には、ソフィー号に乗艦してしばらくした頃、サマーヴィルと彼のイングランド人上司に接触したことが記録されていた。その上司は、フランスでの無残な死まで、ブレインの最高のエージェントの一人だった。日記にはその頃のことがあまりに詳しく記されており、この暗号が解読されたことはなかったとは言え、今だに彼の背筋を凍らせた。諜報活動というものの本質をまだ理解していなかったこの頃は、なんと狂気じみた危険を冒していたことか!

「スティーブンって、1巻ではそんなこと全然言ってなかったのに、2巻でいきなり諜報員になっていて、一体いつの間に?」という疑問は、誰もが抱いていると思うのですが…

どうやら、昔から関わっていたカタロニア独立運動の同志から、サー・ジョセフ・ブレインに繋がったようですね。「ソフィー号に乗艦してしばらくした頃」に接触があったとすれば、1巻7章でカタロニアに上陸した時しかありえないわけですが…あの時の、カカフエゴ号の情報源は実はこのサマーヴィルなのでしょうか。彼はサマーヴィルに会うために上陸したのでしょうか、それとも偶然の再会?…うーむ、ここのところ、ヒントがあるのはありがたいけど「もうちょっと詳しく!」と言いたい…

わからないなりに、勝手な推測をすると…1798年の打撃から人にも世の中にも積極的に関わる意欲をなくしていた彼が、再び理想のために活動するまでに「回復」する力となったのは、やはりジャックとの出会いと、ソフィー号での日々なのではないかという気がします。

「狂気じみた危険を冒していた」とは、「諜報活動のことを日記に書いていた」ことだけを指しているとも読めますが…まあ、全般に無茶をしていたのでしょうね。で、「諜報活動というものの本質を理解した」のはいつなんでしょうか。やっぱり3巻?

※モンセラート(Montserrat):バルセロナ西北方の岩山にある修道院。1811年、ナポレオン軍の襲撃・略奪を受けて焼失、修道僧全員が殺された。(ここのスティーブンの思考は必ずしも時間軸を追っていないようです。)

ジャックの弟フィリップ、兄の艦に乗りたがって学校を脱走する

二人がロンドンでの用事を終えてアッシュグローブに戻ると、オーブリー家の全員(+ダイアナ)が家の前で出迎えました。が、ソフィーとミセス・ウィリアムズが、なぜか心配そうな蒼い顔をしているので、ジャックは不安になりました。「ひどいことが起こったの」ジャックと二人きりになると、ソフィーは言いました。「フィリップが学校から逃げ出して、どうしてもあなたと一緒に行くって言い張っていて…」

「なんだ、そんなことか」ジャックはほっとしました。彼はフィリップを呼び、「面識のない部下ばかりの艦に、艦長が自分の弟を士官候補生として乗せるわけにはゆかない。あと1年もすれば、ダンダス艦長がオリオン号に乗せてくれる。戦列艦なら、同じ年頃の士官候補生が大勢いる」と言い聞かせました。

その言葉に、兄を慕うフィリップ君は泣きそうになっていたのですが…そこはまだ子供。兄と甥姪たちとゲームを楽しんでいるうちに、元気を取り戻したようです。

ジャック、ディアンヌ号に赴任する

ディアンヌ号ですが、この任務が急に決まるまでは、ブッシェルという艦長の指揮で西インド諸島へ行く予定でした。つまりブッシェルさんは、ジャックに艦を乗員・装備・任務もろとも奪われた形。

ジャックはせめてもの埋め合わせにと、丁寧な手紙を書いて彼を食事に招くのですが、ブッシェルは「先約があって伺えませんが、明日の3時半に艦に来ていただければ士官を紹介します」と返事をよこしました。招待への礼も「行けなくて残念です」の一言もなく、彼よりずっと先任であるジャックに対して出頭時間を指定してきて、しかもボートを迎えによこすわけでもない−これはずいぶん失礼な返事で、ジャックはちょっとむっとしたのですが…

でも、ジャックとしても、出航直前に艦を奪われたブッシェルの気持ちはよ〜く分かるので、指定の時間に行ってあげることにしました。ジャック自身、艦に足を踏み入れて任命書が読み上げられるまでは、海軍に戻った気がしないので…

翌日、ディアンヌ号に乗艦し、ブッシェルから士官の紹介を受けたジャック。ブッシェルは不機嫌そのもので、事務的に士官を紹介した後、早々に去りました。

オーブリー艦長の任命書を読むため、副長のフィールディングが乗員を集合させている間、ジャックはディアンヌ号の不思議に懐かしい艦尾甲板を眺めていました。前にこの甲板を見たときは、おびただしい量の血が流れていた−彼自身の血も含めて。

乗員たちの前でフィールディング副長の読み上げる任命書は「…国王陛下の御世53年、5月15日」と締めくくられました。

英国でも、正式書類では日本の元号みたいな数え方をするのですね。当時の国王ジョージ三世の在位は1760年〜1820年。日本の年号と同じ方式なら、「ジョージ三世53年」は1812年ということになりますが、これは1813年なので、「在位53周年を迎える年が53年」(戴冠した年は「0年」)という数え方なのでしょう。

珍しくはっきり日付が出てきたついでに、もう一度触れておきますが…これは、POBファンの世界では「長い1813年」と呼ばれる年の「何周目か」(笑)に当たります。6巻4章からここまで、ずっ〜と1813年なのです。最終巻までずっと、というわけではないのですが…まだ当分「13年」です。